どの世界であっても、今日という日は女の子にとっては大事な日であるらしい。台所で頑張るトリシャさんを見てそう思った。
手作りだとか、義理だとか、まあいろいろあるわけだけれど。
でも私は、興味がない。というか、渡す対象がいない、が正しい。
以前なら、日々の感謝を込めて、『友チョコ』をマコトたちにあげたりもした。もちろん、不器用な私が女の子の可愛らしいお菓子を作れるわけもなく、買ったもの。恋人なんていう存在もいない―立場上作れない、が正しいのか―ので、真心込めた手作りチョコをあげた経験なんて皆無に等しい。
それはそれで、別に困らなかった。って言うと、今困っているように聞こえてしまうかもしれない。今だって困っていない。困ってるのは、ただ一つ。
「さっきから、やめてくれない?」
自称(他称でもいいんじゃない?)変態の、無言の視線。
「なあ、ちょうだい?」
「普通そういうのって、言わないんじゃないの?」
呆れをめいっぱい込めて、言ってみたりする。
「あ、言わなかったらあげるとかでもないから!」
とりあえず、言われる前に言っておく。不毛な会話は避けたい。
「日々の感謝にくれないわけ?」
「そうね、確かに、感謝を込めてあげるわよね」
「じゃあ!」
私はそこで、にっこりと笑う。半分皮肉のつもり。
「アルトのお父さんと、お母さん。あと、ケーリッド姉妹に、トリシャさんに……」
「ちょっと待て、俺は!?」
「感謝、でしょ。感謝するところなんてあった?」
「あるだろいっぱい」
「迷惑の方が多いんだけど」
変態だし、とお決まりの言葉を呟けば、お馴染みの表情を浮かべていて。
勝った、と思った。思ったのに。あげなくてもいい口実を、見つけられたと思ったのに。
「ふーん、じゃ、俺からあげる」
「え」
心の中が負けたと叫ぶのには、まだ早い。
「知ってるか?今年は、『逆チョコ』ってのが流行ってるんだってさ」
「そ、それは知ってるけど」
だから、何なの。そう目で問いかけてみれば、にっこりと笑うアルトがいた。
嗚呼、嫌な予感。
「だから俺からあげる。日頃の感謝を込めて、イーザに、俺を」
「感謝を込めて、はいいんだけど、……チョコじゃないじゃん」
「じゃあ、チョコレート使う?」
「いやいやいや、ちょっと待って!使うって、何に!?今日は普通のバレンタインデーでしょ!」
「俺たちが関わった時点で、普通じゃない。いや、むしろイーザが関わった時点で」
「いいの!そこは、イベントくらいは、普通でいいの!って、私!?」
何かをあげるイベントで。いや、もらうイベントで?私が関わったせいで、ルールが例外的に進化する。どこかで聞いたような、聞かなかったような。
そこで私の記憶をほじくり返すかのごとく、アルトが跪いた。
「さあ、イーザお嬢様。どうぞ御自由に私をお召し上がり下さい」
「それ、もしかして、ハロウィンの……?」
「どうされましたか、お嬢様。お恥ずかしいならば、お部屋までお連れいたしましょうか」
語尾に疑問符がついていない。強行軍でやられる。
そう理解した時にはもう、アルトの腕の中で。
「ちょ、待って……っ」
「楽しそうですね、お嬢様。これから私がめいっぱい可愛がってあげます」
「もらったの、私じゃないの?私に権利があるんじゃないの?いっやーっ!!」
そして、恐怖の時間がやってきた。
鳴葉ゆらゆさんからアルイザです。10本目ですよ…!5万ヒット本を入れると11本目…って凄すぎる…!
アルトは私の頭の中でもイーザに対しては強硬手段にばかり出ます。鳴葉さんが書いてくださったハロウィンしかり。
絶対執事じゃねえこの執事!でもこれでこそアルト!(笑
…英国紳士もあいた口がふさがらなくなると思います(笑