5話 春フェス 1Days 1

「ぬぁあああああ!!!」
「奇声を上げるなドラマー」

 奇声を発していたドラマーことYu-shiの頭を、ベースを持ったまま譜面で殴るベーシストことChihaya。何があったと聞いても、何の反応も帰ってこない。楽譜を今から変えるとか?と聖が聞くと、そうでもないと返ってくる。
 佑志は、ううむ、と唸りながらAメロの部分を超高速に叩く。それがふと止まってまた唸りだす。それの繰り返しをしていた。

「…何があったんだか」
「…何か来た時ほしざきさんに絡まれてたのよねー」

 その言葉と、かっかっ、とヒールの音を響かせて、ライブの衣装に着替え終わった沙那が現れる。「ほしざきっていうと…あのほしざきさんだよね…?」と聖が疑問符を浮かべた。
 シンガーソングライターのほしざきさつきのことを誰もが連想して、何故だろう、と首をかしげてしまう。首をかしげたまま困っていると、扉が開いて見慣れた顔がそこにいた。

 姿を現したのはStellsのマネージャーを務める伊倉 東吾(いくら とうご)だった。彼の後ろに2つ、聖が知る姿があった。

「りゅーごー!たっくん!来てくれたんだね〜!」
「聖、口調がアホくなってる」
「あ、やば」

  沙那に注意をされて聖はあはは、と苦笑い。Stellsで活動をしている際の聖は、普段のほわんとした喋り方をしない。ライブの前だから気をつけろ、という意味合いでアホくなってる、と指摘をしたのだ。聖にはいい意味でオンオフが効いているらしい。

「紹介するよ。こっちが大瀬龍冴、うちの軽音部のドラマー」
「ども…、佑志さんと千早さんとは初めてってわけじゃないですけど」
「んで、こっちが南方拓海、軽音部のベーシスト。1年生だよ」
「は、初めまして…!」
「直接話したことは無いけど、顔見知りではあるから初めましてって訳でもないけどね」
「おお、ヘタれの佑志が復活なさった」
「千早お前黙れ」
「事実ヘタれて上の空でAメロ超高速に叩いてたくせに」

 そう 沙那に言われて佑志は撃沈する。いいもんいいもん、なんて言いながら床に『の』の字を綴る始末だ。その姿を見た拓海は「あの…、佑志さんていつもあんな…?」と聞いてきた。今日は特別にヘタれてる、と告げると佑志がヘタれ言うな!と起き上がってきた。

「…まぁ、原因は何となく判ってるからあえて言わないでおくよ」
「…判ってるのか…?」

 千早はすぱん、とそう言い切ると、佑志の表情が凍る。その原因が判っているとは、思っていなかったらしい。

「…えー、えーっとー…の『ほ』の付く人?」
「そう。だって元から顔知ってるし」
「そうだお前は知ってたんだった…!」

 まるでこの世の終わりの様な顔だ、と千早は心の中だけで呆れた。千早が知っているという言葉を発した途端にこの表情をするものだから、全員が対応に困ってしまった。特に、龍冴と拓海は驚いていた。普段見るとき、こんな人ではなかったからだ。

「どうせあれだろ、あの人に何か言われたんだろ?」
「…あぁ」
「で、何言われたんだよ」
「アイツの方のピアニストが今日熱出したらしくて、代わりにやってくれないか、って」
「たったそれだけならやればいいだろ」
「昔だったらやったかも知れんが今は無理だ! アイツもそこそこ有名だし俺もそうだし…。あぁもう!どうすればいいんだよ!」

 だー!とその苛立ちをドラムにぶつける佑志に、千早は呆れながら「本番前にぶっ壊すなよー」と言う。その言葉に全員が苦笑いをして、その後に言葉が続くなんて思っていなかった。

「そうだよ佑志ー、壊しちゃったらStellsのドラマー失格だよー」

 千早の後に続けて言った人物の声に、全員が動きを止めた。その声に一番驚いていたのは、言わずともがな龍冴と拓海だった。
 佑志が嫌そうに顔を引きつらせながら来やがったと言うと、訪れた人物はにこやかに衝撃を受ける発言をした。

「何佑志、幼馴染にそんな顔しちゃって?」
『幼馴染ぃいいいいいいいいいいいい!?』

 絶叫は聖、それに龍冴、拓海、沙那の4名。

「良くぞ来やがった『ほしざきさつき』」
「さっき頼んだこと、やってもらえるのかしら『Yu-Shi』?」

 誰か、と思えばシンガーソングライターほしざきさつきが現れたのだ。しかも彼女は佑志の幼馴染だという。その事実に驚かなかったのは、千早だけだった。

「幼馴染っつってもこいつは中学の時に九州に転校したっきり会ってなかったんだけどな」
「幼馴染じゃない。昔から良く遊んでたし?」
「勉強を教えさせたのは誰だったかな?」
「さぁ誰でしょうね?」

  ふふふふふ、と両者黒いオーラを漂わせながら言葉がギスギスしている。そこに入り込めず、別の空間に放置されたかの様な5人は表情が凍ったままだった。

「問答無用で私の曲のピアノ、担当してもらうからね!」
「それはいじめってんだぞ。本番当日いきなり代打なんてな!」

 うがあ、と佑志が吠えるように言い放った後、一つ溜息をしてさつきに『幼馴染』としてなら出る、と告げる。その声音はいつもとは違う低い声音だった。
 さつきに『Yu-Shi』としてではないのかと聞かれると、佑志はピアノは本職じゃないと言った。ただそれだけの理由だと。

 一つ溜息をしてから、佑志のさつきに対しての声音が普段の高めの声音から、低めの声音に変わったように思えたのは、千早と沙那だけだったようで、2人は顔を見合わせて、目の前の幼馴染コンビを見ることにした。

「…さっさと楽譜を寄越せ。お前の方が先に出るんだろ、『皐月』?」
「言われなくても渡しますよーだ」

 ぱすっ、と軽い音がして、佑志目掛けて楽譜が投げられたのが判る。それを何事でもないように受け取って、佑志はぱらぱらとめくり始めた。

「しかも伴奏がピアノソロの曲だ、なんて。本当に地獄だな」
「いや、もう意地悪だなんだ言われてもいいわ。『幼馴染』として本気でピアノソロお願い」
「昔は愁傷な態度をよく取っていたのにな…、今じゃ大違いだ」
「それは九州で育ったからって事にしておいてよ」
「……そうしておく」

 そうしてピアノを弾き始める佑志を見て、さつきは自分のリハーサルがあるようで、部屋を出ていった。それらを横目に、氷が解けたように表情が落ち着いた5人は溜息を吐き出した。

「もうそろそろこっちも最終リハになるから、あとはライブでな?」
「おうよ、しっかーりと見てるぜ聖!」
「俺らに穴が開かない程度に宜しく頼むよ」

 苦笑気味に千早が言うと、その言葉に皆が笑い出した。

 さぁ、春の祭典の始まりだ。

2006/09/16,2010/01/01