3話 当たり前になって来た

「千早くんお早うー!」
「沙那ちゃんお早うっ!」

  教室に戻ろうと廊下を歩いていると、毎度声をかけられる。所謂「Stells」のファン、だ。その数を内心数えて、人数が減ったところで互いに数を打ち明ける。千早は131、沙那は84、と挨拶される数をよく数えていられるものだ。

「あー、と、そろそろ予鈴なるからまたお昼ねー」

 そう言って沙那はC組へと走っていった。それから千早も教室に向かい、多数の女子に挨拶をされるが適当に返しておく。
 これが、日常だ。

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「…あー、そーだ。伶都ー!」

 千早は思いだした、とでもいうように少年の名を呼ぶ。千早に名を呼ばれた怜都という少年は、屈託のない爽やかな笑みを湛えながら、「おおーなんじゃいベーシストさんよー」と千早のことを呼んだ。その呼び方はやめてくれ、と千早が苦笑いしながら言葉を返す。

 千早が苦笑しながら言葉を返した相手は、大津 伶都(おおつ れいと)という。千早の在籍する2年E組のルーム長を務めている少年だ。

「いやいや、ノリでだよー。いつもは千早って呼ぶじゃんかー」
「あぁ、まあ確かにそうだが。ベーシストなのはStellsで、だからさ…。学校じゃ普通の高校生だよ」

 学校では普通の高校生でありたい。それはStellsにいる高校生が全員思っていることだった。芸能人だからとちやほやされる生活は、あまり好きじゃない。

「んで、佑―――伍川先生から伝言。この後ホームルームに先生が間に合わなかったら、個人調査票集めて先生の机に置いておけってさ」

 その言葉に、怜都はまたか、と言うように笑って、了承する。担任がいないことが多いのにどうして許されるのかとたまに考えることがあるが、深く考えたところで答えが出ない。

  結局、佑志は朝のホームルームに戻ってくることがなかった。沙那の話に寄れば1時間目の音楽の時には居たらしい。つまり、聖が学校に到着した時点でぎりぎりだったということだろうか。急ぎの余り事故を起こしていなければいいのだが、と千早が従兄を心配してしまうのはいつものことだった。

「ちっはやーん」
「その呼び方はやめろ沙那」

 昼のチャイムが鳴ったと同時に、沙那はE組の扉を勢い良く開けた。沙那を呼びとめる黄色い声の旋風が起こるのだが、それを思い切り無視して千早のところに駆け寄る。

「佑志がお昼ご飯持参で音楽準備室だって」
「また何かあるのか?」
「んー、何でも曲が仕上がったみたいで。歌詞乗せてもらってとりあえず千早にも聞いて欲しいって。あ、聖は明日にでも聞かせるってさ」
「なる。」

 千早は、ぽむ、と手を叩いて、弁当の入っているカバンを手に取り歩きだす。捨て台詞のように、「今度の新曲はどうなるかね」と呟いて教室を去った。

 その呟いた言葉を聞き逃さなかった者たちは、千早と沙那が教室から居なくなり、我に返ったと同時に騒ぎ出した。新曲の発表を公式サイトでしていただろうか、ミュージャンという音楽雑誌のマキシシングル一覧に記載が合ったか、といった話で盛り上がる。
 最終的に春に行われる音楽の祭典、スプリングフェスタでお披露目になるのだろうという結論が出て、そのチケットを取れなかった、行きたかった、テレビで見るしか、という言葉が教室中を圧巻した。

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「…もうちょっとこの辺りベース入れるべきか?」
「あー確かにそうだね。もう少しこの辺りでどーんといった方がいいか」

 佑志が 曲が出来た、と言って聞かせてくれる。そのデータを楽譜化して、それぞれが担当するパートを弾く。
 この曲のチェックの時点で、これは難しいのではないか、無理なのではないか、という討論も行う。今回は少しベースを足して新曲が完成になる。この状態の楽譜を、後日、聖を交えて練習することになった。

2006/09/13,2009/11/21