20話 クライアント

 7月中盤。ドラマの主題歌を作ってくれという依頼が着てから、早数日。どうするものかと唸る千早に、沙那は冷たいペットボトルを千早の頬に当てた。

「っ、めた…!?」
「そりゃ冷たいわよ。自販機から買ってきたばっかりだし」
「驚かせるなよ…まったく…」

 考え事をしている千早は、周りのことなんて何も考えていない。頭に1つのことしか浮かんでいない。完全にマイワールドにトリップしている。
 だからこそ、誰かが切り離さなければいけないのだ。

「そうえいば、今日のミュージッククラフト、佑志出るんでしょ?」
「あー、SACRIFICEで、だけどな」
「お邪魔してみる?」
「そうするか…」

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 それが、数時間前の会話。今は、関係者以外立ち入り禁止の楽屋の廊下を歩いている。

「…あ、君、StellsのChihayaでしょ。お隣はSanaちゃんかな」

 突然声が聞こえて驚く。あれ、この声何処かで、なんて一瞬思うが突然現れたその人物に千早は動きを止めた。
 そこには黒髪の青年が居た。後ろにギターケースを背負っているのだからどこかのギタリスト、だろうか。

「さっきYu-Shiさんから聞いたんだよ。俺の曲いつもやってくれてるんだって?」

 俺の曲、と彼が言って何かやったっけ、と千早は考える。何だろう、何が、だろう。

「あ…ごめん。俺は結城みつる」
「っなぁああああ!?」

 悲鳴にも似る声に結城みつると名乗った人物は驚く。千早の叫びに、沙那も驚いた。

「…えーっと、ご本人ですか?」
「? そうだけど…。あ、驚いちゃった?」
「そ、そりゃ驚きますよ…」

 結城みつる。DJ Soundで担当曲は数知れず。確か、メジャーデビュー云々の話が出ていた気がする。
 千早が好んでやる曲は結城みつるの曲。だからこそ驚きを隠せなかった。

「えぇと、佑志先輩に宜しく言っておいて」
「え…先輩?」
「あ、うん、大学の先輩なんだよ。俺は中退してるんだけどさ」

 大学を中退している、という事実に驚いた。大卒で就職をしたわけではなかったらしい。

「じゃ、今晩のMクラの応援宜しく〜!」

 そう言ってみつるは走り去ってゆく。その状況に、千早はぽかん、と口を開けたままで居た。

「…千早、大丈夫?」
「…あ…あぁ…」

 結城みつる本人に会えるなんて思いもしなかった。しかも、彼は佑志の大学での後輩。意外と、近い関係だった。

「…とりあえず、楽屋行こう、楽屋」

 気を取り直して、千早と沙那はSACRIFICEの楽屋へ足を運ぶのだった。

うちの高校にペットボトルの自販機が入ったんですよ。
2007/07/27,2011/03/24