2話 例のもの

 事務室の前を通ると、伍川先生お手紙が届いてます、という声がして、佑志は事務員からB5大の封筒を受け取る。礼を言って踵を返すと、千早から自宅宛てにしろという声が聞こえてきた。
 なら、桔槻家宛にしておこうかというと、千早が盛大に呆れ返った。それを軽く笑うと、足早に佑志の部屋とも言える音楽準備室へ向かった。

 部屋に着くと佑志はカバンを無造作に机に放り投げ、封筒を開けた。その中から冊子状の物が出てくる。
 ―――『スプリングフェスタ アーティスト参加案内』。そう表紙に書かれていた。

「とりあえず、届いたみたいで何よりーだね」
「そうね、これが無いとスプリングフェスタ招待されてても行けないしねー」

  そう沙那が言うと思い出したように佑志は振り返り、千早に言う。

「あぁそういえば春フェス関連でーだけどさ、千早ー」
「残念だが新曲は書き終わってない」
「…やっぱりか」

  溜息混じりに千早を睨みつける佑志。この二人は仲が悪い、というわけではないのだが傍からすれば仲が悪そうに見える。

「ジャンル外書くとなると難しいものだもん〜。仕方ないよ〜」
「無謀なことやらすなよなー、佑志。徹夜だから眠いったらありゃしねぇ」

  ふぁあ、と千早は欠伸をすると、佑志から参加案内を受け取って、ざっとアーティストのリストをみた。今年は新人アーティストが多いらしい。
 ヴィジュアルバンド「ZiON(シオン)」、今にしては珍しいシンガーソングライター「ほしざきさつき」など、今年に入ってメジャーデビューしドラマの主題歌等で一躍有名になった新人アーティストたち。
 新人アーティストがこのフェスタにこれほどの数出ることは滅多に無い。

「でも去年、俺たちも新人だったよな〜」
「去年はそうだね」

 だが、今は違う。町を歩けば人だかり。今をときめくバンド『Stells』。佑志がそう言ってしみじみしていると、最年長が何を言っているんだと指摘された。
 興味本位で周りを誘って、やりだしたバンドがここまで発展するなんて思っていなかったのだ。
 佑志本人は高校〜大学にかけてインディーズ活動を行っていたが、メジャーデビューの誘いを受けたことが何度かあった。それでも、メジャーになろうとは思わなかった。メンバーの違いなのだろうか。

「そもそも曲のジャンルが飛んでるからねぇ。ロックとかポップとか色々やってるからなー」
「聖も今度曲作ってみない? 軽音部で作詞作曲してるんでしょ?」
「してるにはしてるけど…、売りに出せるようなものじゃないよ絶対〜」
「いや、やってみないとそれは判らないって」
「まぁ機会があったらやってみるよ〜」

 その会話を横目に、ぱさり、と千早は机に参加案内を置く。それを見た佑志が口を開いた。

「今回、結構高レベルなフェスタになりそうだね…。さて、うちの新曲はどうするか」
「この前の話だと明るいポップス、だろ?」
「そうだね。でもまだ発表もして無いから内容変わってもいいかなー。千早も限界みたいだし」

 軽く溜息を吐きだして、佑志は千早が持ってきていた歌詞を書きなぐった紙を見ていた。

「んじゃ、沙那、宜しくねー」
「あーうん判ったー」

 このジャンルなら沙那に任せるのが一番だ。そう思って声をかけると、 沙那が了承した。それから、机の上にあった書きなぐられた歌詞の中から、1枚を手に取って言った。

「ねぇ、佑志。この歌詞弄ってもいい?」

 そうして沙那が示したのは千早が書いた歌詞の1つ。沙那の得意分野、青春ラブソングの部類の歌詞だ。

「それは書いた本人に聞いた方がいいと思うけどねー」
「あ、そっか。千早、これ改変しちゃってもいい?」
「あぁ、別に構わないけど」

 これでよければ。そう言う千早に有難うと言って早速その辺りの椅子に座りボールペンを片手に弄り始める。

「さて、とりあえず…、俺は聖を水守に戻してくるよ」
「あぁ、いってら。朝のホームルームで居なかったら適当にルーム長に進めて貰うよ。なんか重要なことってあるのか?」
「あー、あれだ、個人調査票の提出期限今日だから集めて俺の机置いておいて」
「りょーかい」

 その千早の声を確認すると、佑志は聖を連れて準備室を出て行ったのだった。

2006/09/07,2009/11/21