18話 修羅場の蛻

「死んでる佑志さーん」
「…ん…、誰…だよ」
「声で判らない?」
「…あ…、さつ、き…、か…」

 ぐで、とソファーで寝転がる佑志に皐月は笑う。そういえば夜中、彼は朝方まで曲を作っていたのだったか。

「珈琲でも淹れる?」
「おー…ちょっとカフェオレ飲みたい」
「はいはい」

 未だソファーに伏す佑志を見て、皐月は苦笑しながら珈琲を入れる。カフェオレが良い、と言っていたからミルクも入れる。自分のには角砂糖を2個ほど入れて。
 出来上がったカフェオレを差し出すと、うっすらとクマの出来ている佑志が体を起こす。体を起こしたことで生まれたスペースに皐月も座った。

「大丈夫? 本業疎かにしちゃダメだよ」
「んー…もう本業がどっちか判らないな」
「先生が本業でしょう」
「んーもうどっちでもいいや…」

 そんな投げやりな、と言って自分のものに口をつける。

「さつきーィ、ちょっとそっち頂戴」
「甘いよ、これ」
「それでもいいから」

 甘いのを飲みたがるなんて珍しい、と笑いながら皐月は自分のカップを佑志に差し出す。きっと甘いといってつき返してくる。

「うげ、甘い」
「いや、だから甘いって言ったじゃん」
「いつもこんなの飲んでるのか…」
「あんまり苦いのはダメだからね」
「珈琲飲む意味無い」
「ありゃ、佑志に言われちゃった」
「…でも、嫌ではないかな」

 そう佑志が口にしたと同時、腰に手を回され体を寄せられる。それから有無を言わさずに口付けられた。

「……ん、っ…」
「…本当、甘ったるい…」
「…こんの馬鹿っ!」

 ドカ!! と鈍い音が鳴って「あうち!」なんて声が聞こえる。余り痛くは無かったらしい。

「…ひっどーい」
「きもーい」
「…、それ、すげぇ傷ついた」

 しゅん、となる佑志に思わず笑ってしまう。27歳のはずの彼が、どこか幼く見えた。

「…目、覚めたでしょ?」
「あんまり」
「…もう一回、今度は平手打ちでも喰らいたい?」
「…それは遠慮したい。でも食べたい」
「…何を」
「言わなくても判ってるでしょう…?」

 目が据わるのが判る。その艶やかな目付きに皐月は動きを止めた。
 軽く肩を押されただけでソファーに倒れこむ。そのまま皐月の上に覆いかぶさるとにっ、と笑う佑志。その笑顔に血の気が引きそうになる。

「皐月…、食べて良い?」
「…っ、この変態がっ!!」
「い…ッ! 何も本気出して叩かなくても!」

 平手打ちが炸裂して佑志は嘆いた。容赦を知らない皐月は、全力で殴りに掛かってくることが多い。

「…だって、ここ、学校でしょ」
「ん、そうだけど」
「生徒、来るでしょ。佑志、担任だし…」
「それが?」
「それが、って…ちょっと」
「こんなお祭り騒ぎで滅多に人なんて来ないよ。来るとしたら千早か沙那ぐらいだ」
「っ…、そう言いながら噛み付かないでよ…。そんなの家に帰れば…」
「じゃあ、今晩家に来る?」

 その言葉を聞いて皐月は、しまった、と思う。口を滑らせなければ良かった。

「…い、きます」
「ん、宜しい」

 ちゅ、とわざとらしく音を立ててキスをする佑志にもう一度思い切り平手を入れておいた。―――なんていうのは、事実か否か。

+++

「…そういえば、聖がそろそろ来るって言ってたけど」

 沙那の声に、千早は物思いに耽っていた意識が戻ってくる。暫く意識が浮遊していたようだ。

「あ、そっか。一応最後のあわせしないといけないしな」
「うん、今回のは特に頑張らないとね」
「あー…終わったらゲーセン行こうかなー…」
「最近収録だなんだで行ってなかったねー…」
「そうそう。その間に全解禁したらしくて」
「え、うっそ」
「まじ。条件無しで全曲出来るから久々にやろうかと思ってさ」
「結城さんの曲?」
「良く判ったな」

 結城さん、と沙那が言った人。それはアーケードゲームの「DJ Sound」というシリーズで楽曲を提供している人の名。結城みつるという名前で親しまれる人だ。
 パッと見はヴィジュアル系だが作る曲は多種多様。まるでそれは佑志みたいだ、と思う。色々な曲を作れることが、だ。

「さてー、音楽室行くかな」
「だね!」

 そう言って千早と沙那は音楽室まで走り出した。

2007/06/10,2011/03/24