10話 サクリファイス

「水守に乗り込んできました」
「おー良くいってきた」
「誰かさんのせいで昼飯抜きになったけどな」

 じっとりと佑志を睨む千早に、沙那が苦笑する。それから結果は?と尋ねると、結論的には可能だと返ってきた。
 ただ、と千早が聖の予定を確認するように言葉を紡ぐ。

「6月はスパティアの方で忙しくて無理っぽいけど、7月なら可能って言ってた。で、ちょっと無理やりに約束つけて、歌詞出来たら佑志のパソコンにメールで送るように言っといた」
「うわ…結構こじつけて急いできたね、千早」
「7月入ってからだと困るからなー…。作詞先にやって、それから音つけて…とは思ってるんだが」
「だが?」

 何か考えるように言った千早に、佑志が聞き返す。それから千早はうーん、と一度唸って、言葉にするのを躊躇っているようだ。早く言え、と佑志が急かすと、漸く口にした。

「いっそ、アカペラってのはどうかな、と思ってさ」
「で、誰が歌うんだよ?」
「全員。」

 すっぱりと真顔で言い切る千早に、顔をしかめたのは佑志。ぱっと笑顔になったのは沙那だ。両者全く持って対照的である。
 千早が名案だ、とでもいうように目を輝かせながら、言葉を紡いだからなのかもしれない。その明るさに佑志の顔が歪んだのだろう。

「良いと思わないかこれ? ソプラノ、アルト、テノール、バスって感じでさ」
「ソプラノは沙那として、アルトはどうするんだよ?」
「んー、俺かなー…。聖ってハスキーだろ? だからテノールのほうがいいかもなーと。で、残る佑志はバス、かなぁ…?」
「…まぁ、声域で決めるのは難しいだろうけどね…」

 なんでまたアカペラ、と愚痴を零す佑志に千早が苦笑する。
 折角七夕祭という名の祭りでやるライブなのだ。だからギターやドラムの音を掻き鳴らしているより、アカペラの方が綺麗にまとまると千早は思っていた。

 それを口にすると、確かにそうだけど、とあまり納得のいっていない佑志の声。どうすれば納得してくれるだろうか、と千早が模索する。アカペラがダメならば、バラード等の静かなものが良いのではないか、と意見が纏まって、それを提案すると佑志が余計に唸り出す。

 まぁ、そのあたりは佑志に任せるよ。そう千早がはにかんで見せると佑志は項垂れた。盛大に溜息を吐き出した。それに呆れながら、千早は、別のことを佑志に尋ねた。

「皐月さんとのユニット名って決まったのか?」
「あぁ、一応…。まぁ、事務所が一緒だったから話は早くできたけど」
「…一緒だったんだ」

 事務所が一緒であったことに感嘆するように沙那が言い、それから佑志が続ける。

「『SACRIFICE』。生贄を意味する―――それぐらいはお前らでも判るだろ?」
「よりによってなんでそんなユニット名になるかなー…」

 曲名としてはありなのだろうが、それをユニット名に持ってくるとは思わなかった。そんなユニット名でもいいのか、と逆に不安を覚えた。

「生贄って…なんか専ら千早の専門みたいな感じがするのは気のせいなのかな…」
「まぁ、あれだ、結構暗いっちゃ暗いんだけど。曲自体は暗くないんだよ。歌詞は、ってヤツ」
「もう、佑志がやりたい放題できるならいいんじゃないか?」

 そう笑う千早に沙那も笑い、佑志は空笑いするだけだった。

2006/12/13,2010/01/02