** 一章 冒険の始まり **

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「開発局の奴ら、今度は何に手ぇ出してんだ?セイジ、お前知ってるか?」
「【ビリアルの種】について引き続き調査中だそうだ」
「長ぇよ。いい加減に他のことやれよな…」
「そうもいえないだろう。今のところ、アレを早く解決する事が最善策なんだからな」

 ため息を交えて言うセイジに、アージェンもため息を吐き出す。研究者の集団である開発局は、何をしているのか良く判らない。

 中佐、とセイジを呼ぶユエスのはっきりとした声に、呆れ返っていた顔が厳しくなる。

「なんだ、ユエス?」
「進行方向反対に未確認物体を発見しました」
「……狙ってんのか…あいつら…」

 誰にも知られぬようにこの車にはいくつかのデータが積んである。それはどれもとても大切なデータで、他の惑星の者に渡せるような内容の物ではない。

「どうなさいますか」
「とりあえずは…攻撃されるまで待ち、だな」
「了解しました。問題ありません」

 とりあえずはオートで運転をさせておいて、本当に狙っているのはあのデータたちなのかを確認する。

「…未確認物体を旧式エルステンタントと認識。敵機は当車体を狙っている模様」
「…旧式エルステンタントだと? それはもうとっくに解体されて使えなくなってるはずじゃないのか?」

 ロボットに人間が搭乗して操っている機体の種類でエルスタントと呼ばれているものがある。それには旧式と新式があり、今一般的に使われているのは新式だ。旧式は解体されて、使われなくなっているはずなのである。
 だが、ジャンクで引き取り、それを再度組み立てることのできる技術を有している存在がいたらどうだろうか。組み立てて、パワーアップすることもできたら? そう考えていると、アージェンから一部残っている地域がある、と言われる。彼の言葉に、セイジは思考を急速に回転させる。

「そうか…まだ残っていたな…。その発祥地、ヴァリアスか!」

 そういい終わるなり、車体は大きく揺れた。

「ちっ…!」
「…やっぱ、このデータどもが狙いのようだな!」

 アージェンが銃を二丁構えると、上のガラスを割った。そしてバランスをとりながら敵機に弾丸を撃つ。

「ユエス、座標MD-CX2008までマニュアル操作、速度を上げて運転しろ!」
「了解しました」

 セイジはその服の何処から出てくるのか判らない銃を構える。大きさ的にはウィンチェスターあたりか。

「…今俺はとんでもなく不機嫌なんですけどね…」

 眼鏡をつけても居ないのに、そうして連射された弾丸は敵機を貫通する。それを見て、アージェンが口笛を吹き鳴らした。
 セイジは眼鏡をかけているときは本音を言わないのんびりとした面倒くさがりの青年だが、眼鏡を外すと人が変わってしまう。どちらかというと…そう、狂犬タイプに変わってしまうのだ。本性はこっちらしい。この攻撃からして、彼に眼鏡はあってもなくても構わないようだ。

「…まだ他にもいるみたいだな」
「弾切れちまうよ」
「後で補充すればいいだけだ!」
「お二人とも、少々揺れます!」

 ユエスの声に構え、そして、車は切断された道路を越えて奥へと進む。

「何処が少しだ!」

 とっさにつかまなければたぶんこの下にある街のところに落ちていただろうと思いつつ、その恐怖を身で感じながらアージェンは再度銃を構えなおす。

「ち…数が多すぎだぜ…」
「…さがってろ、アージェン」

 じゃこっ、と音がして、ああそーゆーことね、とアージェンが納得する。セイジはその銃を構えると、片手に霊素を凝縮し、その霊素を弾丸と共に敵機へ発砲した! その攻撃は見事に貫通し、敵機が退くと同時、ユエスはまた、速度を上げた。

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「…何処で情報洩れが起こるのでしょうか」

 運転をしながら聞こえてくるユエスの小さな呟きに、銃弾を入れ直し、アージェンは答える。

「スパイか…或いは、洩らしているヤツがいるかしかねェだろ」
「それが妥当なのですが」
「それ以外にも、不正アクセスで情報洩れする場合も存在する。俺の管理下は万全の体制のはずだが、俺がすべてを見ることは出来ない。よって…どこかで『ちぎれ』が生じるということだ」
「…ふんぞりと言い張りおったな、お前」

 脚と腕を組みふんぞりとしているセイジにアージェンは呆れ混じりに言った。それから暫く無言が続いて、ユエスの到着したという声に、その場は一層の緊張感を増した。

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「…ようこそお越しくださいました、セイジ中佐」
「正確にはもう中佐ではないんだが…」

 講義の声も、どこか遠くに飛ばされていった。まだ新米であろう研究者はセイジをその場へと案内する。そこには、局長・エリアス=リギュルスが居た。

「…なあ、俺の抗議は構いないのか?」

 そういうと、彼女は苦笑する。

「階級返上して退職したとしても、貴方が連邦軍にいるからじゃないの」

 その言葉に、ふとセイジは瞳を曇らせた。彼は、他の場所にいけるはずがない。彼の持つ力を毛嫌いし、人はみな離れてゆく。唯一認められるのはこの連邦軍の中でのみ。だから、壊された故郷に帰る事も出来ず連邦軍に属される事になっているのだ。

「…帰る場所がないんだ。仕方ないだろう」

 その言葉に、エリアスが愁いを帯びながらセイジを見る。だが、目付きは変わる。

「…中佐」
「だから俺は中佐ではないといって…「仕事です」

 言葉を遮断され、どすっと手に資料が渡される。その量にセイジの顔が青ざめる。

「…ちょっと待て」

 抗議も何もあったもんじゃない。この資料の多さは一体なんなんだ。問おうとしたが、エリアスは話を続ける。

「その資料は未解読の新資料です。【ビリアルの種】についてですので必ず目にお通しになられてください」

 バカに丁寧なその言葉遣いは、彼女が『仕事』だと認識をしている時だ。こんな時は何を抗議しても茶化さない。

「―――判った」

 これ以上の講義は無駄に終わるわけだし、と判断を下し、仕方なくこのバカ律儀な研究者のために解読してやろうとその資料を持った。それから案内役に案内され、個室で数日過ごすことになったのだった。

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(…十二年前…地球の文明は滅んでいる…)

 彼がこの地に追放された時より少しあと。地球は、何処からかわからない存在の侵略を受けて滅んだ。予測としては、地球人という種族で生き残っているのは彼ぐらいだろう。あの時旅行にでもいっている人なんてそうそういないだろうから、地球を追放された彼ぐらいしか、生きていないはずだ。

「俺の…世界を滅ぼしかねないこの力…」

 左の掌に刻まれた二重円の紋様。それが、彼の、全ての力の証。

「…一体…どうすればいいというんだ…」

 人間離れした特殊な力。訓練もなしに霊素を扱え、己自身が魔法道具であるかのように、彼は自由に魔法を使役する。この時代にまだありえないだろう存在。

「…さて俺はこのあとどうやって生きてゆくべきなのか…」

 山積みの資料。これを解読する事が出来るのも、この掌に記された二重円の紋様が関係するのかもしれない。最近ではそう思うようにすらなった。

「…セイジ」

 ノックの音もなしに扉が開いて声がした。それに驚いて、冷や汗が背筋を伝う。あんまりにもセイジが驚いてしまったため、「何もそんなに驚かなくても」と言葉を発したのは他の誰でもないエリアスだ。

「…ノックがなければそれぐらい驚くに決まってるだろ!まったく…」

 山積みの資料を解読し終えれば、また平凡な日が続いてゆくのか…。そう思うと、この解読をゆっくりとしたいものだ。つまらない日々より、何か考え事の出来る日があるほうが幾分かマシだ。

「ご飯、食べてないでしょ?」
「いつの」
「昼と夜」

 答えられて、はっとして窓の外を見る。真っ暗だった。夜空に星が煌々と輝いている。

「熱中するのも大変結構なんだけど、栄養分取らないと、やせちゃうわよ?」

 そこまでやせる事はありえないと思うが。だが、さすがに空腹になる。エリアスの手にあるトレーの上に色鮮やかな野菜や魚などが乗っている。つまりこれを食べろと。

「和食の方がいいって聞いてるから」
「…何処でそんな情報を」

 ずず、と味噌汁をすすりながら目を細めて視線だけエリアスに向ける。

「噂だけど?何…もしかして本当だったの?」
「…」

 セイジは言葉を失う。噂がどうしてそうやって出回るんだと思いながら、箸を手に取る。

「でも、和食ってそもそもどーゆーものなの?良く判らないのよ…っていうか、今までの料理、気に食わなかった?」
「料理はいつの話だ。もう覚えちゃいないよ。そーいやお前はミンディシア生まれのミンディシア育ち…ミンディシアンだったんだな…」
「うん」

 和食といえば日本だ。彼の出身もそうだ。日本なのだ。だから、というわけではないが、イタリアンやアメリカンより日本食が体に合う。

「簡単に言えば、漬物とかそういう類。オードブルとかは俺の好みではないから」
「お魚のソテーとか?」
「それなら生魚の方がいい」
「えっと、それってなんていうんだっけ…」

 名前が思い出せなくて唸って考える。すると、セイジは漬物を箸で器用につかみ、口へ放り込みながら言う。

「刺身だ」
「そう、それ。生で食べるのはちょっと信じがたいけど…」
「刺身があるのは地球の日本だけだ。もっとも、今は滅んでブラックホールになっているがな」

 ふと表情を曇らせたセイジにエリアスは同情の笑みを向ける。

「…大爆発の証拠ね」
「…何者かの侵略によって、太陽系は全壊した。だが、あれは既に崩壊を始めていたから、いつどうなってもおかしくなかった。それが、少し、早まっただけだった…」

 そう呟くように発しながら、ぶすっと卵焼きに箸を刺す。しっかり挟め、日本人。

(そう…早まっただけ…)

 言い聞かせるのも、それはそれで辛かった。追放されたはされたが、やはり故郷に未練はあるものだ。思い返せば青い星が、目に焼き付いている。

「…さて、解読再開だ」

 箸をそろえて置くと、そう小さく強く呟いた。

「じゃあ、頑張ってね」

 空になった食器をエリアスは運んで消えていってしまった。
 昔から、彼女には迷惑をかけてばかりだった。彼が十二の時、リギュルス博士にこの地で拾われ、それ以来世話になり、二歳しか違わない妹のようなエリアスに家事全般任せきりだった。血のつながりはないが本当の兄妹同然だ。

 セイジはため息をついて資料を動かし、残りの資料の解読を進める事にした。夜も明け、けれども彼は解読を進める―――。

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「…あら」

 朝ご飯だから、とノックをしたのだが、返事がなかった。部屋に入ってみると、机に伏して、彼は寝ていた。

「…風邪ひいちゃうわよ?」

 問い掛けてみても、反応はなかった。机の上を見てみると、それはもうとても多い資料が散乱している。だが、それは元の量の半分ほどだった。机の周りを見れば資料は無造作に放り出されている。そこは、いつもの彼の仕事場のように。
 エリアスは笑みをこぼすと疲れて寝てしまったセイジに毛布をかける。

「…お疲れさま、兄さん」

 彼女は人前では決してそういわない。血のつながりがないからとかいろいろあるけど、そうして呼ぶことによって『セイジ』を『兄』としてしか認識できなくなってしまうから。とても頼りがいはあるけれど、どこか諦めモードが漂う義兄。
 義理でも、彼女にとっては大切な家族だから、心配する。

「…おやすみなさい」

 あいているもうひとつの机に食事を置き、エリアスは部屋を後にした。

 セイジが開発局の開発区域に姿を見せたのはそれから三日もしなかった。あれだけの資料をすべて解読したというのだからその頭脳に驚かされる。

「…これで終わりですが、何か質問はありますか」

 文献の解読を終えてわかったことを議会で伝える。すると、その場は沈黙の後、喝采が沸く。

「さすがだよ!君がなくしてはこの文献は解読できなかった!」
「これほどのものを一週間足らずで解読してしまうとは…驚きだ!」
「軍人にしておくのがもったいないくらいだ!」

 そう誉め言葉を言ってくれるのはいいのだが、今はコンタクトレンズも何もないから姿がそこまでくっきりと見えていない。声だけで識別しようにも、聞き覚えのない声ばかりだ。

「それでは、本部に戻らせていただきます」

 連邦軍の本部に。彼は資料を揃えると部屋を出た。それぐらいは眼鏡やコンタクトレンズがなくても大丈夫だった。一応散らかした荷物を片付けるために借りていた個室へ行く。そして扉を開けると、セイジは沈黙してしまう。
 少々ぼやけてはいるが、ぼやけていても散らばっている事がわかったはずの部屋に資料の散乱は一つもなかった。

「あ、中佐。遅いじゃないですか!」

 その明るい声に一瞬耳を疑った。その声の主は、リノスだったのだ。

「リノス…か?」
「声で判断しちゃいました? 当然の結果ですかー…。眼鏡ないんですものね」

 その言葉に、壊したのはお前だろう、と少々むっとしてリノスらしき姿を見る。

「ええと、眼鏡なんですが今なんか、システムがオーバーロードしてるみたいで。頼んだんですけど早くてもあと二ヶ月近くかかるそうです」

 二ヶ月という言葉にセイジは手に持つすべての資料を落としそうになる。

「それでですね、さすがにずっとそのままは辛いだろうと思いまして…」

 そう言いながら、ごそごそとリノスは袋から出してきた。

「はい、コンタクトレンズです。眼鏡が出来るまでこれで辛抱なさってください」

 そうして手に置かれたのは確かに、コンタクトのレンズが入っている小さなもの。とりあえず仕方ないのでコンタクトレンズを使用することにした。昔少しコンタクトレンズだったこともあって、それほど気になるものではないが、やはり少々の違和感はある。

「どうですか、中佐?」

 聞かれて、リノスを見る。ぼやけていたものがはっきりと見える。

「まぁ、それなりに大丈夫だ」
「そうですか、良かったです」

 壊したのはお前だろうと言いたかったがそれをこらえて質問する。

「ここを片付けたのはお前か?」
「はい、そうです。あまりにも散らかっていたので勝手に片付けさせていただきました。あ、資料は種類別にちゃんと分けてありますからご心配ありませんよ」

 少しお調子者に見えるが、こういうときにはさっさとやってのけてしまうから助かっている。
 セイジは『散らかし魔』と呼ばれるほど散らかしに散らかしまくって放置するので、リノスは欠かせない人材だった。

「…助かる。それで、これを届けるためだけに来たのか?」

 問われて、リノスは真剣みを帯びる顔になる。童顔で身長も低いが、彼女も列記とした二十一歳の大人である。

「サース代表よりことづけを承ってまいりました」

 サース代表。ミンディシアに存在する宇宙連邦軍本部の代表であり、そらもうとんでもなくお偉い人なのだ。宇宙連邦軍はこのすべての宇宙を統治する場所で、太陽系は太陽系宇宙連邦軍として存在だけはあった。
 今となってはもう存在していないがそれなりにすごい場所だったと聞いた。

「『早急に本部に来い』との事です」
「…何か、あるな」

 代表に呼ばれるなんて滅多な事、今までを数えてもほんの数回だ。

「最近はいろいろ物騒ですからね。連邦軍屈指の戦闘艦ストレングスの艦長がこんなにのんびりしてるんですから、仕事の一つ二つそろそろきてもいい頃です」
「いや、これも仕事。それに艦長はそのどでかいタイトルの前に『元』がつく。『元』が」
「文献解読なんか軍人の仕事のほんっっっのひとつまみにしか過ぎませんよ。言っておきますが、ストレングスの艦長は中佐、貴方ですからね。元では有りません」

 外見は本当に子供なのに言葉は鋭く、年上のセイジは逃げ腰になる。実際、本当に今すぐ逃げたいのだ。彼女は言葉が鋭いから、精神に突き刺さるようなそんな感じがするのだ。

「コンタクトレンズじゃ性格は温和にならないみたいですね」
「元々俺はこうだからな。眼鏡をかけたときは外見に沿うように静かにしてるだけだ」
「…なんでそんなことするんですか」
「周りの反応見たさに」
「…意地悪な軍人ですね…」

 そういうとふっとため息を吐いて、セイジに言った。

「ユエスも連れてきましたから早く帰りましょう、中佐」

 にこりと笑ってリノスはセイジを引っ張っていった。

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