拒絶 4








「……、反応有り、アーティス、今のうちに逃げろ」

サタンの声に、有難う、と言って首に掛けていた十字架を、はずした。
そのことに、リメレアが驚きの声を上げた。

「アーティス…!? どうして」
「…今までの私じゃ、シェイカに見つかっちゃうから。
 …だから―――」

しゅ、と髪をまとめて、ナイフで切った。
その長い髪を、切った。

「…これで、逃げる」

窓を開けて、一時の風に髪を浚わせた。

「また、出て行ってごめん」

あの時は、姉に何も告げずに出て行った。
今は、彼女を目の前にして、出て行く。

状況は違えど、この家を出て行くことには、変わりがない。

「…じゃあ、ね」

ぱたん。
静かに閉まる扉。寂しそうな扉。
それを、リメレアはじっと、見つめることしか出来なかった。

いつか出て行くと判っていた妹。
帰って来たのに、また出て行った。

それは姉として喜ぶことではない。
でも、それはとても喜ばしかった。

寂しくても、それでも、喜ばしい。
其れは何故か。

自分の命が長くないことを知っていたから。
だから、彼女に無駄な心配を掛けさせたくなかったから…。

「…ッ…」

強烈な痛みに、肺を抑える。
ひゅー…、と空しい音が、した。

「リメレア!?」
「だ…じょぶ…、だ」

苦しい。
だからって弱くてはいけない。

彼女が近くに居る間は、絶対に死んではいけない。

「…契約を…」
「駄目だ、止めてくれ…解除しないで…」

契約を解除すれば、リメレアの命はこれ以上急激に減らない。
それはサタンにも、リメレアにも判っている。

先程来たかどうかをサタンに調べさせたのがいけなかったらしい。
でも調べなければ、彼女は見つかっていたのだ―――。

「…どうして…だよ…」
「どうしてだと、思う」

聞いたのに、問われた。
サタンの顔が歪む。その歪んだ顔は、小さい姿でも、元の姿と変わりない。

「…この世界に俺が留まれないことを、心配してるのか…?」
「…そう、だな、そうかもしれない」

悪魔は、殆どが契約者を持って現世に存在できる。
ファシエだけは、違うのだ。

元々天使であったファシエ―――ルシフェルは、1人でこの世界へ降り立つことが出来る。
封印をされていて出てくる事が出来なかっただけで―――。

「…心配は要らない。
 契約を解いても、俺はお前の傍にいるから」
「…おかしいだろう…それは…」

今は亡き婚約者、フィエリは人と悪魔の子であったからこの世界へ存在できた。
大悪魔となれば、この世界に存在することを善しとしない者も多く、契約者の力を食らって存在することが多々なのだ。
この世界を好いて居ないからこそ、とても苦しい条件を契約者に突きつける。

サタンだって最初はそうだった。
ただ呼ばれただけで、仕方がなく契約をしただけだった。

それが、いつしか―――。

「…アーティスがロザから消えた今なら、この話をしても良いだろう?」

この話、とサタンが言った事に苦笑した。
ああ、その話か。

「…お前が、どうして半魔になってまで生きようとしたのか」

それが俺には判らないんだ。

「アーティスが大切だというのは判る。
 だが、半魔になれば…人として生きるのも大変になる」

半魔、それは悪魔の血を得た人がなるモノ。
フィエリのような悪魔と人の血を親から遺伝として受け継いだ場合は半魔とは呼ばず、魔人と呼ぶ。

そう―――、リメレアは、アーティスが不在の間に人ではなくなっていた。

「ああ、確かに大変だ」

急な激痛に見舞われることも多い。
今だって、そうだ。

「…私は元より人間として生まれた。
 生まれたが、オプリュストの力で聖魔術の使えない聖職者になった。
 そして…ハーフのフィエリを、愛した」

フィエリ、と名を紡ぐ時のリメレアの顔はいつも苦痛に歪む。
それだけ、大切だったから、名を紡ぐだけで失った日を思い出してしまう。

「…半分人間、半分悪魔。
 差別され続けた彼の気持ちは、判っているようで判っていなかった」

聖魔術の使えない聖職者。
そう散々言われてきた。

それと同じような差別だと、思っていた。
思っていただけで、彼の本当の気持ちなど理解できていなかった気がした。

「半魔になることで理解できると思った。
 そして、唯でさえ短い私の命を、少しでも延ばせると思った―――」

悪魔は長寿だ。
その血を得さえすれば、人より生きることが出来ると、判っていた。

「…アーティスがもう一度戻ってきたとき、そのときにはこの街を落ち着かせておきたかった。
 あの子の為に、この街を―――」
「…だから、半魔になった」
「…そうだ」

フィエリがどんな差別を受けていたのか。
それは半魔になったところで判るはずもない。

周りはリメレアを聖職者、人間としてしか扱わない。
半魔だと気付く者も居ない。

だから、フィエリの気持ちを理解するということは、どうでも良くなっていた。
フィエリを愛しているけれど、彼が受けていた差別を理解できないと判ってしまったから。







2008/02/21