ヴェレット・レザ。
そこは、知識の町。
そして、孤島。


「…はぁ…」

碧の髪を無造作に掻き揚げて、大きな本に手を伸ばす。

リィア=エルティーニ。
今年、29歳である。

「…ブレウス…遅いわね」

オパスに行って、それから説得をするだけならもう帰って来るはずなのだが…。
転送用の魔具も持たせてあることだし。

「…あのシェイカくんのことだから…すっぱり断ったのかもしれないけど」

それが、一番妥当か。
そう考えて、本のページをめくる。

そのときだった。

「―――噂をすれば何とやら」

どすん!と音が豪快に鳴って。

「…1階…みたいね」

本を閉じて、リィアは下へ向かった。






聖職者 3







「ったたた…」
「…すまん、コントロールうまくいかなかった」
「元からあんたに転送魔術を期待はして無いわよ…」

ぽそっと言う舞夜に、ブレウスがしょぼくれる。

「…ここは…?」
「ヴェレット・レザの俺らの仮家」

確かに、言われて見回してみると家だった。
そこまで大きい感じはしないが。

「…お帰りなさい、ブレウス、舞夜」

声と共に階段を降りる音がして、はっとしてシェイカとアーティスは顔を上げる。
そこには、碧の髪をなびかせる女性の姿。

「姉貴!」
「リィアさん!」

2人の声が揃って、これが『リィア=エルティーニ』だと彼女を見た。

「何年ぶりになるのかしらね、シェイカくん」
「え、俺リィアさんに会ったことありましたっけ…?」
「あらやだ、私ったら…。
 そうよね、シェイカくんは覚えて無いわよね…。
 5歳にも満たないときに会ってるんですものね」
「え…」

その記憶は、彼には無かった。
それは、当然といったら当然だったのかもしれない。

(…そうか…俺は…、記憶を失っているから…)

宝珠に封じるために、今まで5回も記憶を失っている。
今回…そう、今回だけが、例外で。

(…アーティスが、居たから)

ロスアンジェの力を持っているアーティスという存在が居たから。
出会っていたから。

今、記憶を失うことなくこうして居る。
失いたくなかった記憶を、失わずに済んでいる。

彼女を好きになったという、その記憶を。

「ん、何、シェイカ?」
「あ、いや…別に」

何でもないと視線をそらして。
アーティスがリィアと話をしているその姿すら、追いかけていて。

ずっと。
追いかけていて。

彼女から、視線を話すことが出来なくなったのはいつからか。
こうして、旅をしてきていつからだろうか。

リヴァイアサンが現れたとき、想像していなかったそれにショックを覚えて。
彼は、アーティスと並んでいて、それはとても様になっていた。
だから、それが許せなくて。
彼女を取られると思うと、居ても立っても居られなくなって。

「…っ…」

思い出すだけで、苦しくなる。
今までこんなことは無かったのに、と。

遊び人だったからかもしれない。
本気で好きになったことが無いからかもしれない。

これが、『好き』になる、ということで。

これほどに、悔しいと、苦しいと思ったことが無かったから…。
意地になってしまう感じがして。

「…カ…―――…シェイカ?」
「あ、あぁ…?」

アーティスがシェイカの顔を覗き込みながら言う。

(近いっての…バカ)
「…何だ?」
「奥、行くって」
「あぁ…判った」

今この場所ですぐに、彼女にこの思いを伝えられたとしても…。
それが、成就するとは限らない。

契約の代償として彼女がリヴァイアサンの嫁となることが条件だから…。

それを、別の代償にしてしまいたい。
そう、心から思った。

彼女が欲しいから。








2005/10/29