あれほど、自分がバカだなんて思ったことはない。
あのときほど…、バカだと思ったことはなかった。





魔術都市の騒乱 7







「…っ…」

バカだよ。
アーティスは心の中でつぶやいた。

あの時以来、こんなバカだなんて思ったことはないのに。
本当にバカだ。

だからといって、引き下がるわけにも行かない。
今、この現状からどうやって逃げ出せばいいか。
それだけが脳裏に浮かぶ―――…。




「今、このオパスは、南の離れ小島に属すると思われるドラゴンに襲撃されている。
 第一は、住民の避難だ。
 それを終えたら、ドラゴンを倒せ。
 …いいな?」

その声に、騎士たちはちりちりになっていった。
ただ、そこに残っていたのは…。

魔術師、1人。
シェイカ・オプリュストだった。

「シェイカ様」

騎士をまとめている騎士長は、そうシェイカの名を呼んだ。

「どうなされたのですか」

問うと、シェイカがいらだっているのが判った。

「アーティスがみあたらねぇんだよ。
 さっき城下町に走ってったのはわかるが…さすがに、戻ってきてると思うんだがな」

戻ってきていなかったら…。
それを考えるとぞっとする。

「…探してくる。
 イクス、この場は任せる」

イクス、と呼ばれた騎士長はシェイカの言葉に一礼すると、シェイカはそれを確認して杖を持ち、城下町へ足を下ろした。



「まったく…バカだよ…ホント」

武器をまったく持っていないのに、こんな場面に遭遇してしまうなんて。
ドラゴンを目の前にして丸腰。
こんな状況…笑えるはずがない。

しかも、逃げても逃げても狙われているのはアーティスのようで。

「なんでかなぁ…」

諦めて足を止めたのである。

(こうなったら…やっぱり、仕方ないか)

使いたくはなかったと口にして。
すぅっと息を吸い込むと、詩(うた)が、踊った。

「スヴァルトアールヴェイムの黒妖精よ…我の願いを聞き入れたまえ」

それは、神術と呼ばれるもの。
本来なら…プライストラーと呼ばれる聖職者のみが扱うことの出来る術。
そして…それは、闇を意味する正反対の、聖職者たちにとっては禁忌の術。

「闇よ…光を」

裂け。
と口がつむぐ直前、ドラゴンは一瞬にして消えうせた。

まだ、何もしていないのに。
そして、彼女の目の前には。

美しき銀糸を持つ青年が立っていたのである。

「…怪我はないか」

問われて、アーティスは慌てて返す。

「な、何も…」
「ならいい、…行け。
 早く行かないとまた来るぞ」
「え、ぇえ、あ、はい…?」

とりあえず、その青年の示す方へアーティスは走って行った。

「まったく…物騒になったものだな」

そうつぶやく銀髪の青年は、名を、ティヴォス。
この世界で最高峰の魔術師一族、エルティーニの追放された存在。
そう、彼こそがそのティヴォス=エルティーニだった。

「…結晶を護れといわれているのに…飛んだ障害だ」

ふっと呆れると、ティヴォスは己の杖を地へ思い切りたたきつけたのである。




「…アーティス!!」

シェイカの声に、アーティスは戸惑った。
確かに、シェイカと合流するのが一番良いことはわかってる。
だが…顔をあわせづらかった。

「シェイカ…」
「ったく、どこ行ってたかと思えば! とにかく城に逃げろ!
 今ここは…完全に支配領域だ」

支配領域?
一体何の支配の領域だろう。

その言葉は自然に口から出た。

「支配って…何の…?!」
「南のほうに小島があるのは知ってるな?
 そこには、魔術師最高峰と呼ばれる一族が移り住んでる。
 その場所から…だと予測されてるんだが、このドラゴンの大群が来てるらしい。
 とにかく魔術が一番効いてる城に逃げるのが手っ取り早い!」
「それじゃぁもし狙われたりしたら一発で終わっちゃうじゃない!?」
「だったらどうしろってんだよ!」
「戦うしかないでしょ?!
 戦って、元通りにしなきゃ…!!!」
「そんな…無理なことを言うな!
 そんなことをしたら、さらに被害が拡大するだろ!?」

ぴしゃり、とシェイカの声が飛んで、アーティスは動きを止めた。

判っていた。
判っていたのに、同意できなかった。
だから、反論をしてしまった。

「…行くぞ」

仕方なく、城へ戻った。

そして、城へ着いて近況を知ろうとシェイカが会議室へ向かった直後。
一筋の光が、一瞬でドラゴンの群れを、消したのだった―――…。













2005/06/14
2007/08/23 加筆修正