その存在は、彼女にとって、最悪のものだった。





魔術都市の騒乱 3






「…敵さんおいでなすったぜ、ウィーノ」

ため息交じりのシェイカに、ウィーノは苦く笑う。

「…やはり気づかれてしまうみたいですね。
 あぁ、シェイカ様。
 こいつらはジエヴィアを占領したヤツの手下ですから思う存分痛めつけてください」
「言われなくとも」

にやり、と笑うと、シェイカは杖を剣へと変えた。

碧の魔石が埋められたその剣は、まるで蔦の伸びている様。
それをしっかり掴むと、シェイカは言った。

「実家を奪われた苦しみってのはなァ―――」

ゴッ、と風が舞った。

「帰る場所をなくして、一番つらいことだって…思い知らせてやる」

途端、戦場と化した。






「な、なんで悪魔が…ッ」

キーゼの背に隠れながらアーティスはその戦場を見る。
この世から消えたはずの悪魔という存在が、何故この世にまた現れているのかと。
そう、思った。

あの時、すべてが無に帰ったはずなのに。


―――…何か、知っているな…?―――


キーゼがアーティスの意識に問いかけた。

「…」

アーティスは、黙るしかなかった。
自分の、過去に関するものだから。
言えない、過去に関するものだから。


―――無理にとは言わぬが…、これからの戦いで何か関係があることなら、今すぐにではない、いつか…話してくれるのだろう?―――


その質問に、うなづくことしか出来なかった。
ただ、うなづく事しか、できなかった。

…彼が、まだ、生きているということ。
それが、この悪魔の数で判った。





「…ちっ」

…キリがねぇな…。

シェイカは舌打ちをして動きを止めた。
斬っても斬っても、それはまた立ち上がってくる。

まるで、悪魔という存在どころか、実在していない存在のようだった。

(こうなったら…!)

一気に、ケリをつけるしかない。
シェイカはキーゼのすぐ横まで飛び下がると剣を杖に戻した。

「…灼熱の劫火よ。
 飛沫となりて…」

シェイカが呪文を唱え始めると、辺りの属性風が急激な変化を起こした。

炎、水、闇。
それが、この場の属性風。
3属性が、この場を支配していた。

「…光を裂かん」

どこからかそれは現れて、悪魔たちの胸へ、槍となって突き刺さっていった。
さすがにそこまですれば起き上がることは出来ない。…と思ったのが過信だった。

「ファルポード」

ただそのひとつの声。
それが、漆黒の槍を一瞬で消し去った。

「…!!」

シェイカは、本気で驚いた。
今使ったのは魔法ではなく、魔術であるのに。
下級ではあるが、魔術自体の力が強いため、普通の敵ならこれで必ず終わるのに、と。

そう。
つまりそれは、敵のランクがそれだけ高いということ。

「…まったくなさけないねぇ」

そう、子供の声が聞こえた。
先ほどの術発動の声と同じだった。

「…こんな術も防げない下級悪魔に用はないよ」

そういうと、指を鳴らした途端、先ほどまでシェイカとウィーノに襲い掛かっていた悪魔の姿が全て…。

消えた。

「な…ッ!?」

仮にも、同胞であるはずなのに。
それなのに。

「…まともに術を使えもしない悪魔が何さ。
 でしゃばったところで何もないね。
 上級の魔王たちは、生まれつきの素質で魔王になってるってのにさぁ?
 下級は下級、上級は上級。
 生まれつきのそれを変える、なんてこと、悪魔の一生を使ってもできないんだから」

くくく、と喉で笑いながら、少年の姿の悪魔は姿を現した。
黄土色の髪と真っ赤な目を持つ悪魔は。

「誰だ…お前」

シェイカの声に、悪魔はいう。

「人に聞くなら名乗るのが礼儀ってもんじゃないかね、シェイカ・オプリュスト」
「…!?」

何故名を知っている、と聞こうと口を開いた直前、少年の視線はキーゼへ行った。

「隠れてたって判るんだけどねぇ、アーティス」

その声に、アーティスは身を振るわせた。

「…へぇ、判ってても出てこない?
 俺の姿をこんなことにしといて。」

その言葉にアーティスは確信以外の何も持たなかった。

彼は、あのときの悪魔であると。
その確信しか。

「おい、お前」
「俺の名前はファシエ。
 魔王と呼ばれてる悪魔」
「…何が目的でここにいる」

シェイカのドスの利いた声に、ファシエと名乗った悪魔は平然と返す。

「目的?
 もちろんアーティスだけど?」
「アーティスと何のかかわりがあるか知らんが、帰ってもらおうか…」

その場の魔力が高まるのがわかる。
先ほどの魔術の比ではない。
それの数倍もの力だ。

それが、今この場で発動する直前だった。

「…待って、シェイカ!」

アーティスの声さえ、しなければ。














2007/08/23 加筆修正