Majestic
side table

001 : 月光の詐欺行為

 僕は日中、世界を覆い尽くす大きな光を司る太陽神。名前はポロン。

 僕には心から愛してやまない女神がいたけれど、彼女は僕の妹だった。しかも双子の。それを知ったのはついこの間の話で、それまで彼女が家族だなんて知らなかった。教えてくれたのは僕らを統べる全能の神だったのだけれど。

 彼女は、月を司る女神、アルテという名前。月そのものといわんばかりに、彼女の肌は白く、きれいな白髪をしている。白髪だからといって、歳をとっているからではないし、元々色素が薄いわけでもない。月そのものが人になったような姿をしている。
 妹を愛していた僕に、惹かれあうのは対極の存在だからこそ、仕方がないことではあるのだろうが、と僕らを統べる全能の神が苦笑しながら忠告をしたのを、僕は忘れない。

 実の妹を女性として愛していたなんて、と周りから言われるのが嫌で、たまらなくなった。そして、してはいけないことをしてしまったのだという罪の意識が芽生えて、僕はアルテや神々から逃げるように人間の世界に降りてきた。アルテとの関係を断ち切るため、ともいう。

 僕は今、人間の世界にいる。
 その世界には、夜になると輝き出す通りがあって、そこにはいくつか似たような店がある。その店の一つで、僕は働いている。仕事は、女性とお酒を飲みながら話をすること。人間はそれを、職業「ホスト」だなんて呼ぶ。

 太陽の神が、夜の世界と言われるこの仕事をしているだなんて、自分でもどうかしてるとは思う。

* * *

「ねえ、これどこのブランドの?」

 胸に差している三日月のラペルピン。今日の客は、それを指差して、聞いてきた。

「どこだったかな。一目惚れしたから買ったものなんだ」
「直感ってやつだったりするのかな。私もそういうの良くあるの、例えばこれとか」

 そう言って、彼女自身の首から見えるネックレスを指差す。どこに惹かれたの?と聞けば、彼女はこの星と月のかたち、と指差していう。三日月の弧の先端に、星がついている。

「月と星、夜の象徴だね」
「これひとつで夜空を魅せてくれているようで、気に入ったの。だからその場ですぐに買ってしまったわ」
「君は月や星が……夜が好きなの?」
「いいえ」

 短くぴしゃり、と拒絶するように彼女が首を振る。

「私は、太陽のほうが好きよ」

 そういって笑った顔が、月の女神と重なって見えて、石になったように動けなくなりそうだった。喉がからからと渇く。辛うじて、ひゅう、と風が抜けるような声音で、彼女にどうして、と質問する。

「その光が、暖かいと思うのよ。ああでも紫外線はイヤ。勘弁してほしい」
「そうなんだ。紫外線はね、そうだね。女性の大敵だ」

 どうしてここで、月の女神のことを思い出したんだろう。彼女との関係を絶つ為に、人間の世界に降りてきたのに。この仕事を始めてから、彼女の事を思い出すことなんて、なかったはずなのに。

* * *

 今日の客が帰り際に、名刺を渡してきた。ここで仕事をしているのよ、と渡された名刺は、最近人間界に降りてきた自分ですら分かる、大企業の名前。それから、社長秘書の肩書き。またくるわ、あなたとは話があいそうだから、と夜の街に姿を消していく。

 一旦事務所に戻って、居合わせた仕事仲間がぽつり、とつぶやくようにいう。

「……あの人、よくこの店に来てるんだ」

 その言葉に、そうか、と短く返すと、彼は、苦笑しながらお前にとられちまったよ、と言った。

「僕に?」
「話があいそう、なんて俺は言われなかったよ。良かったな」
「そう、それは褒め言葉かな? そう思って受け取っておくよ、ありがとう。……彼女は、どういう人なんだ?」
「名刺にあるとおり、大企業の社長秘書。学歴もすげえし、ここにはただ話をしに来ているだけ、って感じ。話があわないなら指名していたのを変えるから、彼女と話ができるように、知識を詰め込んで対応してたんだけど……、お前の方になにか感じ取ったのかもな」
「……僕は、直感なんて信じないよ」

 直感を信じて女神を愛して、過ちを犯しているのだから、もう信じない。そう思っている。
 だけれど、神であるからか、ある程度のものは感じ取ってしまう。人間の感情というのは、神にも存在している感情で、生き物は皆変わらないものなのだなあと、笑みがこぼれてきたこともある。

「ああ、お前彼女に連絡先渡したか?」
「どうして? 渡す必要があるかい? 話がしたいなら、彼女の方から店に来るだろう」
「……そっか。そうだな、お前にとっては、そうか」

 見え隠れする感情は、よく知っているものだった。彼は、秘書のあの女性のことを、客としてではなくて、ひとりの女性として見ていて、愛していたのだろう。けれど、こういった仕事柄、なかなか言い出せずにいたようだ。それくらいは、瞬時に読み取れてしまう。

 人間というのは、難しいものだ。

* * *

 彼女は、翌日も来た。僕は指名されて、彼女の隣に座る。

「こんばんは、どうしたの」
「あなたと話がしたくなって」
「そう。僕になにか見出したのかな?」
「ええ、そうね。あなた、夜の似合わない人だって思ったのよ」

 それはどういう意味だろう、と考えていると、彼女はふふ、と意味ありげに笑う。

「どうしてこんな仕事をしているの? 太陽みたいな柔らかさがあるのに」
「僕が太陽みたいだって?」
「ええ、憂いを帯びた目は月のようだけど、あなた自身からは暖かさ、柔らかさを感じる。太陽みたいにずっと、暖かく見守ってくれているような感じが奥底にあるとおもうの」
「……不思議な人だね、君は」
「よく言われるわ」

 ふわ、と笑う。その仕草が月の女神とかぶって見える。彼女は、月に愛された女性か、女神そのものか。女神だというのなら、僕の正体にはとっくに気づいているのだろうから、きっと女神ではないだろう。
 ……アルテは、僕を追いかけてくるなんてことを、していないといいんだけど。

 そんなことを考えながら、彼女を話をする。この店にはよく来ているんだってね、あなたが仕事する前からよ、なんて他愛もないことを話すだけの仕事。

「あなたは連絡先を教えようとしないのね」
「どうして教える必要があるのかな」

 何かおかしいかい?というように口にした言葉に、彼女は笑った。笑いながら、ばかじゃないの、といわれて、なんなんだよ、と返す。そんなことも気付けないの、と言わんばかりだけれど、彼女が向ける感情にはもう気づいていた。

「あなたと一緒にいたいと思ったからよ。ねえ、教えて?」

 これには折れてしまって、客にいう場合にはこれを言え、と渡されている名刺を彼女に渡す。普段、余程でなければこの名刺は出さない。それはこの店の仕事仲間のなかでは、ひどく珍しいらしい。みな、真っ先に名刺を渡すのだそうだ。

「ポロンって……源氏名? って聞いても良かったかしら」
「いいよ、僕のそれは本名だから。他の人は別の名前を使っているみたいだけど」
「へえ……日本人じゃないのね。本当に太陽神みたいな名前」
「太陽神みたいな、名前?」
「アポロンのことよ。ほら、アをいれれば同じでしょう」
「……ああ、そうだね。気づかなかったよ」
「ご両親もきっと、太陽神の名前から付けたのだとおもうわ。あなたが持つ雰囲気にも納得した」

 そう、それはよかった。はにかんで笑って見せる。

 彼女はアルテと似ていると思って、少し、惹かれていたのは自分でも分かっていた。けれど、神が人間を愛しても良いものなのか、わからなくって。それが過ちだとしたら嫌だから、僕はその感情に知らないふりを、気づいてないふりをしようと、僕は僕自身に、忠誠を誓った。

Majestic MOONside
03 Moon Light Swindle

back

 

© 2012 fishpond.
text by OzoneAsterisk.