:: 22 coma 前編 ::


「…! 遅かったか…」

 そのセーフェの声に、ラヴィリトは苦笑した。仕方がないよ、君たちはそういう能力を持っていないのだから、と心の中で呟いた。

「…いや…いやぁああッ!!」

 ラヴィリトに宥められながら、その大きな瞳から大粒の涙を流して叫ぶ奏。彼女の視線の先には、既に死闘、と呼べるぐらいの光景が広がっていた。

◆ ◇ ◆

「―――ッ」

 息をするのも辛かった。左腕が直撃とまでは言わないが鎌によって掻き切られそうになっている。深く鋭利な刃物が食い込んでしまって、今はもう殆ど動かなくて。口からは血が流れ出てくる。
 口内に広がる鉄の味に耐えられなくて、溜まった血液を吐き捨てた。

「…随分と、息が上がっているようだね」

 そういう彼だって、そうだ。利き腕である右を潰しておいたから利き手ではない左で鎌を持っている。鎌は本来なら両手で扱うべきもの。右を潰されて、満足に鎌を振るうこともできなくなっていた。

(お互い様、だ…)

 腕を一本潰されていて。神でなければ既に死に至っているだろう。
 そして、クズルにとっても剣を片手で扱うのは余り得意ではなかった。一応二刀流使いでもあるが、今は一本の剣しか持って居ない。しかもそれは両手剣であって、片手で扱うのは先ず難しい。

 長いようで短い戦いで体力は一気に消耗された。だからなのか、剣を重たいと思ってしまうようにまでなった。そして、何より、今、自分が奏の記憶の元であるペンダントを所持したままであるのが余計な足手まといだった。
 彼女の記憶を戻したくないから、それを壊されまいとそれをも守ってしまう。彼女自身が腕の中に居ないのに、まるで居るかの、ような。

「…駄目だね、クズル」

 声がしたときには遅かった。鎌の腹の部分がクズルの腹部を押し飛ばすように食い込んで、その痛みに思わず咽る。それと同時にまた、口から血が溢れた。多分、喉の辺りから出血しているのだろう。止まりそうにない。
 その勢いで2、3メートルを軽く飛ばされる。止まろうとした反動で草が磨り減ってしまうが気にしない。リアズに後で謝っておこうか。

 一気に距離が出来た。その距離を詰めるようにクズルはその両手剣を片手で構え走り出す。それに乗ってくるかのようにテュエラスも鎌を構えてクズルに向っていった。
 彼に勝つというつもりはない。彼に勝ってしまえば自分も消える。そんなこと、判っているから。
 だから、勝たない。かといって、負けるつもりも、相討ちになるつもりも、ない。

 殺すんじゃない。封印するんだ。彼を。

 そんなこと、昔に考えていたじゃないか。元から、そのつもりだったじゃないか。彼を封じれば、生きていることは可能なのだ。生き続けることは。
 それは、クズルが望んだ結末じゃない。彼を封印したというその罪を、一生背負い続けなければいけないから。そんなの嫌なんだ。今までに出来なかったことを、したかったんだ。

「はぁああああああッ!!」

 右腕に力を込める。迎え撃つ鎌と、弾かれる金属音が耳に響いた。キン、キン、キィン、と何度も、何度も聞こえた。
 テュエラスが魔法を使わずに迎え撃ってくるのなら、クズルも使わないでいようと決めていた。本当は、封印なんて、したくなかったから。

「…遅いぞ、クズル」

 その声が聞こえて、身体が本能的に後ず去ろうとする。刹那、テュエラスの顔が、歪み笑った。
 何がおかしい―――。そう思ったと同時に、左から腿へ振るわれる鎌に気付いた。そして、そこに入っている物にも気付く。左のズボンのポケットには、彼女の記憶であるペンダントが入っているのだ。彼は、先程話をしたときに見ているはずだから、場所は、判る。

(まさか…これをッ!?)

 そう思って、咄嗟に横へ飛ぼうとしたがそれは遅かった。太ももを抉る様な感覚。そして、何かが割れるような、感覚。

「しま…ッ」

 このときは自分の足なんて、どうでも良くなった。これでは、彼女の記憶が、戻ってしまう―――。その視線は自然と奏に向いた。

「奏ッ!!!」

 思わず、叫んでしまった。今はテュエラスと戦っているのに。

「―――正解、だったかな」

 声がした。そう理解した時には少し遅かった。辛うじて鎌を避けるが、それは脇腹を掠る。
 これで幾つの傷が出来たのだろう。判らない。もう、判らないんだ。

 どれだけ傷ついたのだろう。どれだけ傷つけたのだろう。自分自身を、多くの人を、どれだけ。どれだけ…傷つけたのだろう。

「余所見は…禁物だよッ!!!」

 そう言って、テュエラスは鎌を携え突進してくる。それに対してクズルは剣を構えた。今、左の太ももに亀裂が入っていて、これ以上動けば後が辛くなるのは判っていた。だから、なるべく動かないようにして彼を迎え撃つ。
 正直言うと、余り持たなさそうな気がしていた。こんなにも出血をしたことは今までにあっただろうか。ない、と思う。
 レヴェーラを守るときも、他の誰かを守るときも、こんなにもボロボロになったことはない。自分が死にそうになるまで、こうなったことなんてない。
 それだけ、彼女が大事なんだ。

「―――ッ、く…」

 テュエラスの一撃一撃が重たくて思わず声が漏れる。心の隅でこんな事は無いと思っていたんだろう。それが気の緩みになったんだろう。
 平和ボケしてしまったんだろう。あの楽しかった日々が、クズルを変えたんだろう。でも、それを咎めるつもりはない。

(負けない…)

 負けられない。どちらが勝っても、どちらが負けても死ぬことには変わりないのだけれど、それでも。

(俺は、先に死ねないんだ…!)

 ぐ、と右腕に力を込め、鎌を飛ばすように剣を振り上げる。バランスを崩したテュエラスはそのまま後退した。そして、また両者の間に空間が出来た。

「…だから言っただろう、『大切なもの』を作るなって」

 その声が、やけに冷ややかに聞こえた。いや、聞こえたんじゃない、事実なんだろう。

「作ってしまったんだから、仕方がないだろう」

 それは、最早、自嘲。くっ、と喉で笑うと、その喉に突きつけられている刃を一瞥した。

「…殺したきゃ、殺せよ」

 カタカタと震える刃の切っ先。少しでもクズルが動けば喉に食い込む。そんなこと、判っているけれど、その刃は、迷っているように感じられた。

「殺せないなら、諦めろ。その因果を超えるように努力をしてみろ」

 元より、クズルはその因果を越えようとしていた。因果に伏すのは、嫌だった。
ド…ッ、と鈍い音がした。僅かな傷をクズルの喉に残して、それは草地へ転がった。

「…君は、どうして強い」

 彼の言葉に、驚いた。強くなんてない。今も、逃げている最中なのに。

「君は強すぎる。俺に比べて、君は―――」
「全てから逃げている俺を強いというお前はおかしい」

 そう、一閃した。過去、レヴェーラの死を受け止めきれずに嘆いた日々。力の暴走により、神々の力の安定を失ってしまった今日(こんにち)。そして、奏と言う一人の少女の記憶を、戻そうとしない、今。
戻そうとしなかった、けれど戻ってしまった。そう、彼女に記憶が戻ってしまったのだ。

「…自殺するようなことは、するな。しようとするなら、俺はお前を封印する」

 テュエラスにきつく言う。その言葉に、テュエラスは笑った。

「やはり君は強い。そして、凄い。俺のことは全て判るのか?」

 カラン、と乾いた音が短く響く。彼の手には短剣が握られていたのだ。それをクズルの不意の言葉に、落とした。

「…俺がここで死にたくない、それだけだ」

 さく、と草地を踏んで、テュエラスの傍から一歩ずつ離れる。離れる都度、テュエラスから力が抜けていくのが判った。疲れ果てて、倒れるような、さてどちらだろうか。

「テュエラス…、お前は俺の影響を受けすぎたんだろう」

 影響を受けたせいで、因果に伏すこと、超える事をどちらも考えるようになった。それに耐えかねて、クズルを殺そうとしたのかもしれない。けれど、それが出来なかったのは、やはり、クズルの影響が強かったから、なのだろう。

 因果を越えようと考えていたクズル。その考え方に感銘を受けたのだろう。けれど、テュエラスを流れる血はそれを許さなかったのだろう。
 因果を超えることなんて出来ない、と。

◆ ◇ ◆

「…ッ、はぁ…っ、……は…げほッ…」

 酷い頭痛―――。割れてしまいそうで、奏は自分の頭を押さえつけた。しかし、頭痛は増す一方だった。
これ以上、目を開けていられそうにない。そう思って目を閉じる。ぎゅぅっと、強く。

(どう、して…)

 どうして、こんなに頭が痛いのだろう。そう考えたと同時、奏は意識を手放し、草原へ倒れた。

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2007/10/01,03
(2010/08/22 加筆修正)
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