:: 20 記憶の在り処 後編 ::

「神格継承は明後日だって」
「そうか…」
「…やっぱり…、同意はしてくれないんだね」

 やはり彼女は彼女である。そんなこと判っているのに、奏が神となるのがどうしても許せない。神になってしまえば…彼女は下手をしたら死に至る運命にあるかもしれない。だから、嫌なのだ。

「…色々とあってな。どうしても…奏がそうしたいのなら仕方が無い…。認めたくなくても、認めるしかない」

 元よりクズルに、それを引き止める権利など無い。認めたくはないが、認めざるを得ないのだ。

「…そう、俺に引き止める権利なんて…」
「クズルさん?」
「…俺は最高神ではないから、最高神がそう決めたのならば従うまで」
「…クズルさん本人が、それを望まなくても?」
「あぁ。…そういえば…カヴェノ師匠を見なかったか?」
「カヴェノさんなら…リアズさんと話をしていたけど」
「…、まぁ、それなら仕方ないか…」

 会いたいのなら隠居などしなければいいのに。あの人はつくづく判らない。溜息を吐き出し、まだ清書中であった書物を書き進めようとすると「ここに居たのね」と声が聞こえて、クズルは顔を上げた。すると、そこにはウィレールがいた。

「クズル、やっぱり…納得できない?」
「当たり前です。貴方だってご存知でしょうに」
「知っててそうしたの。悪いかしら?」
「悪いです」

 奏をそっちのけで行われる会話に、ところどころ意味が判らず奏は首をかしげる。奏が理解できていないことに気付くと、ウィレールは奏に謝った。その後、クズルが実際どっちに用があったのだと尋ねた。
 その後ウィレールの口から出た言葉に、クズルは呆れた。

「どっちも」
「どっちもって」
「神儀の間にご案内しようとおもって」
「…勘弁してください」

 そんなクズルの言葉も無視され、クズルと奏はウィレールの先導で神儀の間―――神格継承の行われる場所へ訪れることになった。

◆ ◇ ◆

 磨き上げられた大理石の床は光を反射して光る。その部屋の中心部には紋章に似たものが描かれている。

「…懐かしいな…嫌って程に」
「クズルさんもここで神様に?」
「夜逃げした師匠のせいでね」

 夜逃げ、というにが相応しいといえば相応しい。行き成り消えてしまったために神に成らざるを得なかったのが事実なのだ。
 クズルを呼ぶウィレールの声にクズルは顔を上げる。何だ、と問うとウィレールは目を伏せてから、言った。

「…貴方は、あの解放の方法を知ってる。そうよね?」
「…でも、俺は自らそれを解き放つことはしない」
「…そう…なら」

 一瞬、ウィレールの瞳が曇った。しかしそれは強い光へ変わる。

「壊せば良いだけのこと。…そうすることで戻ることも知っているわ。けれど、それは…この子への負担が酷い」

 この子―――そう指されたのは奏。奏にはその会話の内容がちっとも判らないが、奏に関係する話であることは判った。

「…貴方が解放するか、この子が自ら解放するか…第三者が破壊するか。どの三択であることも、知っているわね?」
「それは勿論…俺がやったことですから」

 奏の記憶を封印したのは他ならぬ自分だ。その解放の方法だって、判っている。

「…奏、貴方にはこう言ったわね。『神になることで記憶が戻るかもしれない』と」
「はい…確かにウィレールさんはそう仰いました」
「…それは…さっき私が言った2つ目の方法。貴方自身が貴方の奥底に眠る記憶を解放する方法」
「…もしかして…」
「そう、もう気付くでしょう。1つ目の方法…それは、そこに居るクズルが貴方の記憶にかけた封印を解くこと」

 そう言ったウィレールの視線が痛かった。まるで、全てを見透かされているかのようだった。

◆ ◇ ◆

「じゃぁ…っ、私の記憶って…」
「…クズルが持っているも同然、ね」

 ぴしゃり、とそう言われて奏は動きを止めた。対してクズルは踵を返し、この場所から去ろうとした。しかし、ウィレールがそれを許さない。

「…クズル、逃げる気?」
「…彼女の記憶は何があっても戻させない。思い出すだけ辛いだけだ」

 あの時の記憶なんて。確かに幸せではあったかもしれないのだけれど。それでも、どうしても。記憶を戻すことなんてしたくないんだ。
 何故、と聞かれると返答に困ってしまう。でも、敢えて答えとして上げるとすれば、一つだけある。

「奏が記憶を取り戻しても、俺は同じように振舞えない」

 今は、あの時の自分ではなくて、最高神以上の力を持つ神であって。そして、一人の男として、奏を愛しているから、だからこそ、記憶を戻したくない。
 記憶を失っていることでいつもと違う奏を見て、安堵すら覚えるのに。

「…何があっても、戻せやしないさ」

 そう言って奏とウィレールを振り向いたクズル。その手中には、奏がしていたはずのペンダントがあった。

「…ッ、やっぱりそれね!?」

 ウィレールが声を荒げたのを、皮肉にも笑ってしまった自分が居る。何もかも、計画通りだ。これさえ、無くしてしまえば良いだけ。それか、この中にある記憶を別の何かに移してしまえば良いだけ。そうすれば、彼女の記憶は一生戻らない。
 彼女自身が思い出すほか、無い。その確率は限りなくゼロに近い。記憶を失った、ということが他人による操作であるが故。

「クズル…っ!あなたは何がしたいの…!」

 ウィレールが走り出して手を伸ばして、ペンダントを取ろうとした瞬間。クズルの姿は既にそこに無かったかのように、忽然と消えた。

「…まさか、今の…分身…!?」

 水神は誰しも己の分身を作ることが出来る。勿論カヴェノも出来る。それは水神として授かる能力の一つであるとレーヴェルが言っていた。そして、神々にはそれぞれ特殊な伝統的能力があるのだと。
 風神は姿を風に変え、空を舞える。しかし、魔力を封印されたままであるウィレールにはそれすらも出来なくなっていた。

「…奏」

 聖母の囁き。ウィレールが慌てては、彼女はさらに混乱してしまうだろう、と判断した結果の声音だった。

「…まさ、か…そんな…ッ!」

 嘘で有りたい。あのクズルが、そんなことを隠していたなんて。そして、奏は記憶を失う前にクズルに会っていたことがあるだなんて。その記憶は、クズルが抜き取ったモノだったなんて。信じたく、なかった。
 どうしても、信じたくなかった。そんなこと、有り得ないと否定したかった。そう、思いたかった。

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2007/04/11,05/31
(2010/08/22 加筆修正)
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