:: 19 古来の対立者 後編 ::

「…ノーベは…、俺たちの先祖の子孫、なのか?」
「正確に言えば、『今の』俺たちよりも年齢は上だ。リタンダは悪魔と神の力を持つゆえほぼ永遠に等しい命を有する」
「…ほぼ、ということは神のようにはならないということだな?」
「あぁ。逆に混血の為風邪などにかかり易いと言っていた。それを打ち消す為に神になったと言っても過言ではないと思う」

 対立は昔からのこと。でも一人関わりが増えて余計に判らなくなった。本当に対立しているのが誰なのか、判らなくなった。

「そうなるとどちら側の子孫…になるんだ?」
「判らない。闇を持つとして考えれば俺の子孫と考えてまず間違いではないだろう」
「…その真実は、テュエラスでも知らない、ということか…」

 クズルの言葉に、残念ながら、と肩を竦めて言うテュエラスにクズルは首を振って、構わない、という素振りを見せる。それから彼の名を紡ぎ、ノーベが何をしたいのか問うた。それさえ分かれば、糸口になるかもしれない。

「もし、もしもの話だ。それを俺が知っているとして、言わないと言ったらどうする」
「そうなるのなら、お前には聞かないよ。今俺は、お前とは争いたくない」

 争いたくない。その言葉にテュエラスはふ、と笑った。

「珍しいな、意見が一致するとは」
「今は、俺らのような因縁が争う時ではない…。それよりも先に片をつけるべきことが沢山だ」

 それでも、そうだとしても。テュエラスはクズルが戦わなくて済むと言うのなら、助かったと思っていた。テュエラスはそれを望んでいたのだ。

「…ここを、通してもらえるか? この先に奏が居るのなら、の話だが」
「いいよ、通してあげる」
「有難う」

 そう彼が言うのが珍しくて、クズルは思わず笑みをこぼして謝辞を言った。今までの記憶で、彼は一度もそんなことは言っていないのだ。

「でも、これから先は俺が関与できない領域になる」
「ノーベが作り上げた空間、か?」
「その通りだ。だから君が死に至る―――それは俺も死ぬ事になるからまず無いだろうけど、瀕死に追いやられる可能性は否定できない」
「それでも、構わない。そもそも、ノーベの力を暫定的に見て今の俺に勝てるはずが無い」

 余程の自信がお有りのようで。そうテュエラスが言うとクズルが口元を緩めた。

「お前も、本気を出せばノーベなんかに従う必要は無いだろ」
「…本気が出せていたら、こんなことにはなって居なかっただろうさ」
「だからお前は『白』を開放したのか」
「そうすれば、俺は戦いたくなくなる可能性のほうが高い。だから、ノーベが見捨てる可能性もある。かといって俺を殺せばクズルは死ぬし、もしその後予期しない事態に陥る事だって大いにあるんだ」
「…未来を見通す力が合ってしても予知が不可能な事態、か…」

 だが、ノーベが予知できないその事態。『彼女』には視えているはずだ。そうクズルが思ったことをテュエラスが口に出す。『彼女』なら全て判るかもしれない、と。だが、伝説とまで言われる神に、早々お目にかかれるはずもないだろう、とクズルが制す。

「…どうして、そういえるんだ?」
「『彼女』が関与を続ければ世界そのものが壊(ころ)されるからだ」

 時の神。彼女は全ての時を見ているのは確かだ。そして彼女は、史実に記載される創造主『マラーナ』に酷似しているのだ。

「なるほど、彼女が消えれば世界も消える、ということか」

 創造主たるその神が消えれば、世界も、消滅する。

「しかし、『彼女』が『マラーナ』という実際の証拠は無いだろう」
「では何故、神々の上を行く神なんだ?」

 そう疑問を残して、失礼するよとテュエラスに言いながら、彼の横を過ぎた。クズルの存在が遠くなって、テュエラスが我に返ったように口の中で『マラーナ』という名前を転がす。

「そう、か…、『彼女』は『創造主』か」

◆ ◇ ◆

「はあ、準備は万全ってところか?」

 薄暗い通路。それをいいことに背後から、横から、と敵が現れる。しかし、今のクズルに明暗など意味はない。目を瞑っていても歩いていけるし、敵が現れても判る。それだけ、魔力が強い状態にあるのだ。
 だから、クズルにはノーベの策はあってもないようなものだった。

◆ ◇ ◆

 近づく魔力に身震いのする体を自分で抱くようにして、ノーベは床に座り込んだ。

「…嫌だ…、あんな…どうして、どうしてあんな者が生まれたの…! 知るんじゃ、なか…っ、た…」

 ノーベはクズルやテュエラスが知るべきことの一端を知った。それは、ノーベが知らなくても良かったことだ。恐らくは、クズルに必要となる記憶のかけら。彼自身がこれを知っているかどうかは分からない。

「…あの女が…『時の神』の申し子だったなんて…っ!!!」

 彼女が言う『あの女』、そして『時の神』。それらが、彼にも関わりがあったのは確かな話。

「…怖い…」
「…何が怖いんだ」

 ノーベはその声にはっとして顔を上げて、慌てて後ろに飛び退く。そこには空の様な水色を持つ青年の姿。いつの間に、この部屋に来たのだろう。気配が感じられなかった。

「誰が『時の神』の申し子だって?」
「そこまで聞いていたのですわね…」
「人が折角来てやったのに気づかない方が悪いんだろう」

 気付かない、というより気付けなかった。気配が全くしなかったからだ。

「で、誰が『時の神』の申し子だよ」
「…まったく、貴方でもそれは判らないのですわね。貴方に言うなんて馬鹿馬鹿しいですわ!」
「…、俺が水未浩司であった頃の記憶は殆ど戻ってないんでな。馬鹿と罵られても知らないものは知らないんだ。仕方ないだろ」

 教えないことに取り乱しもせず、仕方ないだろうと返された。その冷静さにノーベは仕方なく喋ることにした。

「…貴方の姉です。レヴェーラ・ラーダリ。水未紅菜(みなみこうな)」
「…それが姉さんの人間の時の名前か」

 これを聞いても尚、彼は取り乱さない―――。何故、どうして、普通なら驚くでしょう、とノーベは自分の脳が次第に混乱していくのを感じる。混乱させるつもりで触れた一端なのに、ノーベ本人が混乱している。

「で。姉さんがなんで『時の神』の申し子なんだ」
「水未紅菜は生まれつき龍の力を持っていた。そしてその一つの水龍の力を貴方に与えた」
「成る程。だから俺は別の力を持っているってことか」
「そして、暗殺施設に貴方が居たのは、普段から龍の力を表に出していたから。だからその力を得る為に生まれて間もない頃に攫われた」
「…で、姉さんは水龍以外のすべての龍神の力を持っていたから暗殺されることになった、と」
「…成る程な…、お前は俺の過去を知ったのか。『リタンダ』のノーベ」
「…!!! ど、どうしてそれをご存知ですの…!?」

 種族の名を呼ばれて、ノーベは酷く取り乱した。それは最高神ですら知らなかったはずのことなのだ。

「本来ならテュエラスが神になるはずだった。俺とテュエラスは対になるゆえ同じ境遇に存在しなくてはならない」

 それなのに、こうして存在する場所が分かれたのは他でもない目の前に居る、神ならぬ神のせいだ。

「そして、レヴェーラ、いや紅菜姉さんはそれすら予見していた。『時の神』が姉さんにそれを伝えた。…なんで知ってるんだ、って顔だな、ノーベ」
「―――!」
「…会って来たんだよ、『時の神』に」
「な…!!!」

 誰もが会えないとされた『時の神』。神の上を行く神。その『彼女』に、クズルは会ったと言うのか。会う資格を持っていると言うのか。

「勿論、相応の対価は払った。だから水龍の力が今はない」

 今あるのは、純粋な神としての力だけ。破壊を得意とする悪魔・クヴェンディの力そのものだ。

「だが、今は無駄な戦いはしたくない。奏を返してもらおうか。さもなくば、魔界が崩落するぞ」

 神々、そして天使たちが今、この魔界の殆どの場所を制圧しているなんて、ノーベは知らない。

「そんなことありませんわ。崩落なんて。そもそもこちらには魔界の帝王が居るのをお忘れですか?」
「テュエラスだろ。そんなの判りきってる。でも、あいつはもう、『悪魔』としては機能しない」
「何を仰っているのです? 馬鹿馬鹿しいですわね」
「…お前は知らないみたいだがな。俺たち対になる存在はある力を解放すると破壊と救済が逆転するんだ。今の俺は『破壊』を主とする。対してテュエラスは『救済』を主とする。お前がどうやってテュエラスの力を縛ったかは知らないが、今のテュエラスに破壊の力はほぼない」
「そんなの、嘘に決まっていますわ。貴方がそうやって私を陥れようとしているだけでしょう?」
「―――まったく、黒神も堕ちたな。これならシェールの方が幾分も良かった」
「―――!」
「…黒神の能力をしっかり使えてない証拠だな、ノーベ?」

 そうクズルが言ったと同時、横壁が勢い良く崩落して、赤い髪が見える。これは火の神だ、とノーベの頭の中で処理が終わった時、おー、とのんきな声が聞こえてきた。

「ドンピシャリ。当たりか」
「結構時間が掛かったみたいだな、フォーラ」
「…ど、どうして…ここが判ったのです…!?」
「…お前がその能力をしっかり使えていればこんなことにはなってなかったかもな」
「すっかり忘れていたんだろう。予見を」
「それだけ切羽詰っていた、ってことか。ま、とりあえず捕獲させてもらうぜ」

 待ち構えるのは神格剥奪の儀。そして、計画の破綻。

「…お前の計画はここで終わりだ。言っておくがテュエラスに頼っても無駄だぞ」

 そうクズルは言って、奏のほうへと寄った。手を伸ばして、ノーベの作った魔力の檻を勢い良く破壊する。それにノーベが驚いている間、ノーベは身動きが取れないようにフォーラによって魔力で縛られていた。

「……、ノーベ、悪いけど君が作った契約は無効だ」

 その声に、放心状態だったノーベはぼうっと声の主を見る。その声は聞きなれた声だったのに、何処か遠くの存在のように聞こえた。

「助かったぜ、テュエラス」
「戦いを望むノーベ…、お前はやっぱり神の子ではないよ。お前は列記とした悪魔の子だ。戦いを好む悪魔の子だ」

 テュエラスのその言葉に、ノーベの瞳から光が消えて、瞼が下りた。余程疲れてしまっていたのか、それともショックが大きすぎたのか、両方か。

「…ようやく、『彼女』が直そうとしていたものに近づけるんだな…」
「…『彼女』って…お前、会ったのか…?」
「…あぁ」

 短く返された言葉に驚いたのは、フォーラだ。情報処理を主とする神のフォーラですら『時の神』に直接会ったことはないのにテュエラスは会ったのだというのだから、驚かざるを得ない。

「…『彼女』は既に手に終えなくなってしまった俺たちを、どうにか因果から放ちたかった。そう、言っていた」
「そのために、俺やテュエラスにわざわざ干渉してきた」

 世界を平和に。全土を巻き込むことがない世界に。

「…神々の戦いは全ての地を巻き込みその都度破壊してきたという。人間の世界でオーパーツなどが発見されるのはそのせいなんだ」

 奏を抱えてクズルが言った。奏はまだ意識を失ったままだ。

「…悪魔には悪いが、この場から引かせて貰おう」
「ノーベの拘束も終わったしな。あとは帰るだけだ」
「…勿論、テュエラスも連れて、だが」
「…、マジで?」
「当たり前だ。ノーベが居ない後黒神を誰が継げと」
「…けどよ…」
「心配なのは判る。が、それは俺が保障するから心配するな」

 もしもの事態が起きた場合、クズルが命を絶てば、テュエラスも消えるのだから。

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2006/11/22,23
(2010/08/22 加筆修正)
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