:: 18 White or Black 前編 ::

「…相変わらずだな、その優柔不断」

 突然の声にクズルは驚いて振り向く。そこに居たのは、カヴェノだった。

「あのな、お前がその封印の解除方法を知ってるってのは皆知ってる。だからなんで解除しようとしないんだって皆が言う。その封印を解除すればお前はテュエラスにも勝てる。それを皆が確信しているから…、だから―――」
「それ以上言わないでもらえますか?」

 今まで、誰もが聞いたことの無い、冷やかなその口調は、恐れさえ感じる。負けじと、カヴェノは言う。

「お前が封印を解かないから、お前は―――」

 カヴェノは、そこで言うのを躊躇ったように言葉を切った。言うのが怖い。そう思ったのは、今までに幾度あったか。カヴェノには、殆ど、なかった。

「幾ら師匠でも、容赦はしませんよ?」

 なのに、怖い、と率直にそう思った。まるで彼の人格が変わったようにその場の雰囲気が変わった。

「っ…、魔界の出身なんじゃないかって言われているんだぞ!? それでも…それでもお前は…っ!!!」

 お前は、その封印を解かずに居るのか。そう言葉を発すより先、カヴェノの体は壁に打ち付けられた。普通なら、カヴェノが吹き飛ばされることなどない。普通にしていればカヴェノの方が防御の力が強いから。けれど、彼はその防御を物ともせずにカヴェノを飛ばしたのだ。

「言うな、と言ったのに」

 そう呟く彼の声。それは、今までカヴェノが聞いた事のあるクズルのどの声よりも低かった。

「貴方もご存知なんでしょう、師匠?」

 何を、と口にする前に、頬を掠る様に剣が壁に突き刺された。

「知っていて、俺を神にした」
「何の話だか…。私には判らないぞ」
「貴方は知っている。俺が―――、元を辿れば人間以前、魔界の守護者だったということを」

 魔界の者の血が入っていることを承知で。彼女は彼を神にした。クズルのことを、『希望の子』と言って。

「………クズル…お前、いつの間にそれを…」
「…さあ、いつの間にでしょうね?」
「はぐらかすな…!!! お前がそれを知っているということは…っ、お前は…」

 そうカヴェノが焦るのを見てクズルは呟く。
 ―――ほら、知ってる。貴方は俺の全てを知っている。何故なのかは判らないが貴方は俺の全てを知っているんだ。

「お前の中の…『黒』が目覚めた、のか…!?」

 カヴェノは予期していなかった事態を、口にした。

「貴方がそう呼ぶものは確かに目覚めましたよ。同時に『白』の方も。それが何であるか、それすらも貴方は知っているんですね」

 ねぇ、師匠。そう呟く声すら、背筋を凍らせるには十分だった。

「でも、奏は、何があっても、取り返す。それだけは変わらないと言っておきましょう」

◆ ◇ ◆

「カヴェノ様、貧乏揺すりはやめてください」
「お前こそ明らかに判る焦りを露わにするな、フォーラ」

 フォーラは神々の中で情報処理を受け持つ神。神々の中で最も情報を持つ神だ。だから、知っていた。カヴェノから聞かなくても、クズルのことを、引き継がれている情報で知っていた。

「…フォーラ、時の神は」
「そんなに知りたいですか彼女を」
「あぁそんなにだ。急を要すのはお前も判ってるだろ。お前が見る方法では見させてはくれないだろうし」

 確かにそうですね。そうフォーラが呟くと更に貧乏揺すりをしながらカヴェノは言う。

「知っていないと怖くてたまらないんだ…。本来私は知るべきではないのは判っている―――だけど…」
「お前がそれを知った時点で、既に未来は変わっていると思うぞ」
「―――!!! リアズ…!?」

 フォーラはその登場に驚きもせず、記録用の書物にペンを走らせていた。リアズが空いている椅子に腰をかけると、カヴェノとの会話を始める。

「…第一彼女がお前に本当の情報を教えるとは限らないだろう」
「だけど…!」
「お前はそんなに何かを崇拝していないと怖いのか?」
「っ…、あぁ怖いよ! 未来が判らなければ不安になる…っ、それが普通だろう!? 怖くないって言える奴の顔を拝んでみたいぐらいだ!」

 彼女の―――カヴェノの前世は宗教を信じる一族の長。そのときは自分が神になるなんて思いもしなかったそうだ。宗教を信じることが日課だったから、だから彼女は『何か』を信仰していないと落ち着かないのだという。
 特に今の状態では彼女が取り乱すのもわからなくない。

「今の状態では、誰も何も言い様がない。お前が時の神の言う言葉を信じて行動したとしても、それが逆に悪循環になる場合だってある。自分を信じろ、とよく言うが神でも完全ではない。そんなこと出来ないのが当たり前だ。それは、判っている。どうせ危惧しているのはクズルのことだろう。今後の物語の展開が予期しない方向に向いたようだな?」

 図星を衝かれてカヴェノは椅子をガタン!と勢い良く倒しながら立ち上がった。それを見ても、リアズは慌てなかった。

「…もし、それをお前だけが予期していなかったとしたらどうする? お前だけが『偽物』を信じていたとしたら? そう考えれば、気休めぐらいにはなるだろう」

 誰も完全じゃない。この世に、完璧なものなんて存在しないんだ。

◆ ◇ ◆

「…………『黒』、か…」

 ぽつり、とクズルが呟いた声は静寂に呑み込まれてゆく。

「師匠も、いい例えを言ったものだ…。そうだな、確かに俺は―――、『黒』が覚醒した、か」

 そう言って、自分の手を見る。何の変哲もないその手―――、でもそれは、一瞬で殺人の刃へと変貌する。

「…でも、不思議だな…あぁ、本当に不思議でたまらない。『黒』が覚醒したというのに、俺の力は未だに不安定…」

 そんなんじゃ、この先何も出来ない。そう呟いて、拳を握った。

 彼は自分を認められない。力を解放した後の自分が自分でなくなるのが怖くて。今のクズルは、誰もが強い魔力を感じる程、魔力が駄々漏れの状態になっている。それでも、彼の魔力は完全じゃない。もっと強いのだ。

「とりあえず、解除第一段階はクリアー、か…。いや、クリアしたんじゃない、な…。『あいつ』が無理やり覚醒させたのか…」

 そう考えるのが妥当だな。そう呟いて、ぼすり、とベッドに体を埋めた。

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2006/08/28
(2010/08/22 加筆修正)
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