:: 17 好奇心と自己否定 中編 ::

 鬱蒼と緑の生い茂る場所。ここは確か、リディウォーンの鐘が存在する近く。そう気付いて、懐かしいと思ったところで、クズルの意識は覚醒した。
 起きて早々、カヴェノと喧嘩をしたのだ。今まで気を失っていたのだろうか…どれくらい時間が経ったのだろう…、と考えて木々の隙間から僅かに見える空を見る。その空は赤くなっていた。
 その夕暮れが何故だか懐かしく感じた。リディウォーンの鐘がある場所に近いからというわけじゃなくて。クズルが浩司として人間界で暮らしていた頃。こんな夕焼けに遭遇したことがあった。それはとても美しくて。それを見て奏がはしゃいでいて。

 その彼女を、守ることが出来なかった、と自身の手を見て、クズルは呟く。

「…俺は未だに恐れているのか…」

 呟いた言葉に、何を恐れているんだ。誰かがそう尋ねてきそうだ。

「…俺の力が…、俺が、本気だったら…、ノーベなんて容易く殺してしまえるのに…」

 神でも心臓を衝かれれば即死も可能だ。しかし、余程のことがない限り神を即死にすることは出来ない。神の心臓と脳は、そう簡単に貫くことなど出来ない。神になるとき、儀式を受ける。その儀式が終了し、神になった時点で心臓と脳はその神が持つ以上の魔力で守られる。
 それは、神には誰でも共通の特殊な力。だが、その特殊な力も、魔力が底をつきかけている場合はどうか。
 魔力がゼロに近いと心臓と脳を守っている魔力も弱る。無理にでもと魔力を使い続けると心臓と脳を守る魔力も消えてしまう。その状態で心臓、若しくは脳を衝かれた場合は、即死にすることも出来る。

 だが、クズルの場合はその神の保持する力以上で守られているものを、一瞬で壊してしまうことが可能なのだ。
 心臓と脳を守る魔力は、個人の魔力に比例している。なら、最高神以上の魔力を持つとなればどうなるか。それは、最高神ですら殺してしまえるということなのだ。
 ノーベを葬ることも容易い。

 ふ、と溜息を吐き出して瞳を曇らせる。神としての魔力、別の人格としての魔力。その2つを持つから、最高神以上の魔力を持っていて。

 今すぐにでも殺してしまえる。それは判っている。だが、出来ない。神を容易く殺すには、クズルが持つ魔力を全て開放しなければならない。それが怖いのだ、とクズルはかつて自身の魔力を封印したのだ。

◆ ◇ ◆

 クズルは以前は今と違い感情が豊かだった。かといって、今、彼の感情が欠如している、というわけでもない。
 感情が豊か過ぎる為に魔力の暴走も多かった。だが、クズル本人は暴走した時の記憶がない。だから何をしたかも覚えていない。それが怖かった。

 周りの神が傷ついていないか、とか、天使が傷ついていないか、とか。そればかりを気にしていた。

 だから、彼は自分の力を封印しようとした。クズルの感情が暴走して、魔力の暴走が起きても、周りを傷つけてしまわないぐらいの暴走で収まるように。

 クズルは、神になるための勉強をする傍ら、封印術の勉強もしていた。どうすれば封印できるのか、封印する為には何が必要なのか―――。
 それを調べても調べても、答えが見つからなかった。

 どうすればいいのか判らなくなって。彼は全てを放り出した。神になんてならなくていい。俺は―――生まれるべきじゃなかったんだ。
 そう、何度も思った。そしてカヴェノにそれを気付かれ、レーヴェルが話していた師弟喧嘩へと発展した。その喧嘩の理由を知るのは当事者のクズルとカヴェノだけ。何故喧嘩になったのか―――、その理由は、誰も知らない。

 そしてその喧嘩に収拾がついて、カヴェノはクズルに一冊の本を頭に落とすように投げた。そしてその本には―――彼が望む封印術が記されていたのだ。しかし、その封印術は、危険なものだった。
 カヴェノはクズルが封印術を学ぼうとしているのを知っていた。だからその本をわざと隠していたのだ。危険だから、彼がその封印術をしてしまわないように。

 彼の魔力は最高神以上の魔力。普通なら、最高神程魔力はない。だから最高神が封印術をかければいい。他人が術をかけるから、それは問題がなかった。
 だが、自らが自らの魔力を封じるなんて、最近では前例がなかった。しかし、その魔術は、古代の書物に記されていた。カヴェノが隠していたその本こそが、その古代の書物。最高神が自らの力を封印したということが記されたもの。

 それは、スペーキアの鐘を経由する、危険な方法だった。

◆ ◇ ◆

 過去、もう何千年と、何万年と前の話。リディウォーンの鐘の化身が現れるよりもずっと前。クズルが天使から神見習いになったばかりの頃。
 カヴェノとクズルが喧嘩をして、その絶大な力のためベレンディールが破損したというその喧嘩。それが終わって、クズルの治療をしてから、カヴェノはクズルに本を投げつけた。それは見事に頭に当たり、クズルが悲鳴を上げる。

「…ったいじゃないですか師匠!!」
「そんなモンで痛てぇっつってんじゃねぇよ。それでも読んどけ!!!」
「な、ちょ、師匠!!!」

 相変わらず無責任な人だ。カヴェノが出て行った扉を見ながらクズルは呟いた。そして、投げられた本を開いて、クズルは驚愕する。その本にはクズルが探し求めていた封印術が記載されていた。
 クズルは驚きのあまりに椅子から転げ落ちた。正確には立ち上がったのだが、先程の戦闘とも言いかねない喧嘩で足の骨を折られ、治療はしてもらったものの完治していないため立てなかったのだ。

「っつつつ…っ、師匠は…これを隠していたのか…? なんで師匠はこれを隠してたんだろう…」

 そのときのクズルにはそれが危険だと判らなかった。だから、それを迷わずに実行したのだ。

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2006/08/13,14
(2010/08/22 加筆修正)
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