:: 16 Who is he? 後編 ::

 ショッピングモールを、目を輝かせて歩く少女が2人。流行りの服装に身を包む少女たちの片方は、もう片方の買い物の量に呆れていた。

「ちょっと、買いすぎなんじゃ…」
「いいのいいの、久しぶりに外に出たんだもの!」
「最初はお昼食べるだけだったのに!」
「まーまー、そうぴりぴりしない、奏! …まあちょっと重たいかなって気がしてきたし、そろそろ帰ろうよ」
「あんたに付き合うといつも夕暮れまでつき合わされるのよね…」
「何よ、奏。文句でも?」

 そう言われて、先を歩いていた奏は振り返り、にこやかに「えぇ、大いに文句が御座います」と口にする。その笑顔に、友人の少女も笑顔のまま顔が張り付いた。

「いつもいつも予定外の買い物して荷物多くなって、私に持たされるし、そんでもって家まで運ばされるしさー」
「あはは…って奏、ま、前っ!」
「へ…? …わぷっ!」

 前を向いた途端、明らかに人にぶつかった。見るとぶつかった相手は赤髪の青年。人間に擬態した火神・フォーラであった。
 奏は、大丈夫ですと顔を上げて言うと、その青年が顔を一瞬ばかし驚きに変えた。奏にその理由が判るはずもない。青年はその驚き顔を戻して、言う。

「こっちの道、危ないから戻った方が良いよ」
「え、でも家がこっちの方で…」
「…なら仕方ない、か…。俺が家まで付いてってあげるよ、ここ危ないから」
「貴方が危ない人なんじゃないでしょうね?」
「違うって。あーもー、どういえば良いかなー…」

 がしがしと頭を掻いて、それからキッと空を見た。それに釣られて奏たちも空を見る。そこには、蝙蝠が巨大化したような黒い影が多数あった。
 それを見て、青年はしまった、と言う顔をした。

「ん、なっ、なっ、な…にアレ!!!」
「まぁ、俗の悪魔だ。つっても、信じないだろうが」

 チッ、と舌打ちをして奏たちを向き、だから危ない道なんだ、と説明する。それでもここを通るのかと聞くと、ここしか帰るための道がないのだと返された。ならば仕方ない、と溜息を吐き出したと同時、その蝙蝠が巨大化した黒い影が赤髪の青年を目掛けて急降下してきた。
 少女たちはそれにぎょっとする。しかし、青年は慌てる素振りもなく、ただ手を突き出して、言う。

「灼熱の業火よ」

 すると、その言葉に呼応するかのようにボッと音を立ててその黒い影を目掛けて炎が噴出した。

「まぁ、十分俺も君らにとっちゃ危ない人、に見えるだろーな。 …! まずいっ、隠れてろ!」

 危ない人、という言葉に対して同意していると、青年が慌てて少女たちを路地に追いやる。青年の手には短剣が光を帯びて姿を現した。

「…ねぇ、奏」
「多分言いたいこと、一緒よ」
「だよね…。あれって…魔法、とか?」
「炎はライターとかでもできない?」
「あんなに大きい炎、ライターじゃできないよ…」

 そう言いながら彼女たちは荷物を抱え、その光景を見ていた。

◆ ◇ ◆

 まだ半分くらいか―――? とざっと辺りを見渡す。既にかなりの数を斬った筈だが、一向に減る気配がない。
 しかも、何も、フォーラばかりを狙ってくる訳でもなかった。路地という絶好の狙い所に居る奏たちを狙うのも居る。路地に入れるべきじゃなかった、と今更悔やんでも仕方がない。守るしかない。

「きゃぁああああああ!!!」

 悲鳴が聞こえて、間に合わないのではないか、とフォーラの脳裏を思考が過ったと同時、その悪魔を斬る青き髪の青年の姿があった。

「…遅くなった」
「お前なぁ…本当遅いって…」

 がっくりとフォーラが項垂れるのを見てくすっと笑い、それから剣を構えなおす。

「…あとどれぐらいだ」
「判らん。一向に減る気配がない」
「…で、彼女らは?」
「家に帰る途中なんだと。あいつらが居て進めやしない。寧ろ危険」
「路地も十分危険だが?」
「すまん」
「…まぁ、いい。行くぞ」

 そう言って踵を返しクズルは路地から出る。が、悪魔は全く攻撃を仕掛けてこない。何が起きたのか理解できずに、フォーラの頭上に疑問符が浮かぶかの如く質問をすると、悪魔に何も見えないように隠している、と返された。そんな術まで使えるのかとフォーラは感嘆する。
 少女たちに、あまり長くは出来ないから急いでくれと言うと、恐る恐る路地から出て、恐る恐る足を進ませた。

「念のため、彼女達の家まで行こう。途中で何かあるとまずい」

 そうして、彼らは少女たちの後に付いていった。

◆ ◇ ◆

「…だーかーらー、色々こっちにも事情ってもんがあってだな!言えないんだよ!」
「何よこの秘密主義者!」

 横でこんな口喧嘩が繰り広げられているが、クズルと奏はただ無言でその2人を見ていた。2人が騒いでいようが、全く気にしていなかった。互いが互いの友人について良く判っている為に、止めようとも思わなかったのだ。

 ふ、と横目で奏を見る。その姿は以前と変わりない。変わったと言えば、クズルやフォーラのことをめっきり忘れているということくらいだろう。
 だが、奏の胸元には青い宝石のペンダントが凛然と輝いていた。それはクズルが作ったペンダント。彼女は、それをつけていた。

 クズルは、「えぇと、奏、だっけ?」、と先程知った名前のように、奏の名を呼んだ。その名前はもっと前から知っているけれど、知っている素振りを見せれば怪しまれる可能性もある。

「あ、はいそうですけど」
「君のつけてるペンダント綺麗だね」
「欲しいって言ってもあげませんよ」

 その言葉に、クズルは要らないよ、と言葉を口の中で転がした。

(だってそれは俺が君のために作ったものだから)

 それを彼女は知らない。知っていてたまるか。

「…気付いたら、ずっと持ってたんです、このペンダント。何か大切なものの気がして…いつも、離せずに持ってるんです」

 『大切なものの気がして』―――そう言った彼女に、記憶が無いのに、と心中呟く。記憶はなくても、大切なものだと認識されていることが、何より嬉しかった。

「手放せない…。どうしても、何があっても、絶対に…」

 絶対に手放せない、という奏に、クズルは顔が綻びそうになった。嬉しいという思いが溢れだしそうだった。けれど、それは同時に悲劇を生み出す元になるのではないかと彼は疑った。
 既に、彼女にそれを渡していた時点で、『これ』は起こるべき事、だったのかも知れない。

 奏がもしも、記憶を思い出して、神になると言い出したら。恐らく、クズルに、止める事は出来ないだろう、と考える。彼女は頑固なのだ。
 彼女は神になる際、それまでの『記憶を失う』ということを知らない。だから、あわよくば記憶が戻らなければ良いのに、と。

 奏が心配そうに顔を覗き込むのにはっとする。

「…そういえば、ここは君の家じゃないんだよね?」
「あ、はいそうですよ」
「君は家に帰らなくて良いの?」
「…帰ろうにも…さっきの道をまた戻らなきゃいけないから…」
「あ…そうか。なら、俺が送ってくよ」

 これで、この思いは断ち切りたい。そう、願う。

◆ ◇ ◆

「ところで浩司さんは、魔法使い、なんですか?」
「…うーん、なんて言えばいいかな…」

 神様です、なんていえないのは当たり前だ。「シャーマンみたいなものかな」、と言葉を返す。呪術師。以前、あながち間違いではないかもしれない、とクズルの中で思ったことがあったのだ。「霊術師ですか?」と聞かれてそんなものだと返す。
 簡単に言えば霊術師どころじゃない。魔法使いと言った方が正確であろう。そして、隣を歩いている奏だって、魔法を扱えるのは間違いではない。

「実際そういう人っているんですね」
「まぁ、珍しいには珍しいけれどね」

 悪魔の姿が見える。でも悪魔はこちらには気付かない。見えないように膜を張っているのだから。

「で、家は?」
「あ、季ノ戯町1385のリヴィシェヒルズ、710です」

 その言葉に、クズルの脳裏にかつての情景が浮かぶ。あの時から、彼女は未だあの場所に住んでいるようだ。

「判った。早く行こう」
「え、あ、ちょ…っ、判るんですか!?」
「昔知り合いが住んでいたんだ。だから判るよ」
「そうなんですか? あれ…昔って事は…」
「あぁ、今は居ない」

 足早にリヴィシェヒルズに向かうと、ふと、浩司は気付く。

「…まずい」
「え…?」
「その場から動かないで。君だけ、見えないようにするから…」

 そう言って浩司は奏から離れる。それと同時に、彼を目掛けて悪魔の大群が襲い掛かってきたのだ。
 奏は思わず目を瞑った。だが、彼女に攻撃を仕掛けようとする悪魔は全くというほどいなかった。

◆ ◇ ◆

 流石にこの悪魔の数は多すぎる。剣で薙ぎ倒すにも限界がある。かといって、今ここで詠唱できるほど時間も無い。
 剣を振るうと、音を立てて悪魔は一気に倒れこむ。だが、倒れたはずの悪魔は、その体を起こした。動き出す悪魔を見、浩司は再度剣を構える。だが、ズァア…ッ…と音を立てて何かに吸い込まれるように悪魔は、忽然と姿を消した。

 こんなこと、フォーラには出来ない。かといって、他の神にも、出来るはずがない。そう思って未だ剣を手放さずに居るとそこに暗黒の塊が姿を現す。その塊は徐々に大きさを増してゆき、それから人の形を作っていった。それが誰なのか理解できた浩司はすぐさま剣を向けて刺しに掛かった。

「遅いですわ」

 声がした―――。そう思った時、それは既に遅かった。
 カラン…っ、と音がして浩司の持っていた剣が地に落ちる。その乾いた音が奏の耳に木霊するように響いた。
 つぅ…と浩司の右腕から鮮血が滴る。それを軽く押さえつけながら浩司は黒い…女性の形を成したそれを見て言う。

「…ノーベ…、お前はどれだけ…どれだけ俺を邪魔すれば済む」

 目の前に現れたのは黒神ノーベ・アルカニア。神々の裏切り者。
 浩司の腕から流れる赤いそれを見て奏は息を呑んだ。けれど、その場から動けなかった。何も出来なかった。

「…ッ…ノーベ…っ、答えろ!」
「その質問に答える義理は御座いません。それにしても、人間界をうろついているだなんて。なんて優雅になさっておられるのでしょうか」

 その口調はやんわりとしている。だが、言っていることは気に障る。

「ならば…、何故お前はこの世界に居る」
「そんなもの決まってますでしょう? お分かりになられないんですか?」
「…やはり、か」
「えぇ、当たり前ではないですか。その為に私は―――」

 そうノーベが言い終わるよりも先、浩司が気付くよりも先。ノーベは、奏の腕を掴んでいた。

「…人間界に降りたのですから?」
「…っ、奏!!!」

 手を伸ばす。だが…、それは空を切った。
 空に舞い上がったノーベはいつの間にやら奏を気絶させ、さも当然の様に悪魔に奏を担がせた。

「…では、お休みなさいませ、クズル様?」

 そう言って咄嗟に左手で剣を取って構えた。しかし、注意するべき向きが、逆だった。ノーベから何か来るとそう思ったから構えたのに、それは意味が無かった。

 浩司は真後ろから槍で一突きにされた。後ろを見れば、悪魔の姿。
 無論、心臓を一突きにしたわけじゃない。魔力が残っている状態の神は、そう簡単には心臓へ到達できない。肉体の中で魔力が心臓を守っている。もし仮に、心臓まで到達してしまったら、魔界の主力のテュエラスが死に至る。

 ふ、と力が抜ける。目を開けているのも辛い。辛うじて確認できるのは、自分から流れ出る鮮血。
 世間一般で、これは殺人事件だと思われるだろう。これで自分が死ぬとは思えないから、問題はないのだろうけれど。今は立っていられない。起きた時に―――何を、聞かれるだろうか…。

 そうじゃない。そんなことはどうだっていい。
 薄っすらと見える黒い渦、塊。それが、消えた―――。

(…また…俺は…っ…彼女を、守れなかったのか…!)

 そこで、クズルの意識は途切れた。

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2006/07/01,27,30
(2010/08/22 加筆修正)
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