:: 16 Who is he? 前編 ::

 人間界。少し前にクズルが浩司として暮らしていた世界。神々が治安を守ってきた世界。
 とっ、と地面にフォーラが足をつける。続いて不貞腐れた顔のクズルが足をつける。フォーラは『視察』の名目で無理やりクズルを連れて人間界に降り立った。

「まったく、何で俺が」

 クズルは盛大に溜息を吐き出す。彼もフォーラも人間界の人々が着用する装いになり、ぱっと見で違和感がなくなっていた。

「別にいいじゃんか。今回は『視察』。戦いに来たんじゃないし、彼女を掻っ攫いにきたんでもない」
「…けど…」

 そう言って、言葉につまり溜息を漏らすクズルにフォーラは呆れる。彼らしくないのだ。それがそのまま言葉になって、「お前らしくねぇなぁ…」とクズルに言うと、クズルは俯きながら 「…確かに、俺らしくない」と呟いた。
 自分自身でも理解しているようだ。

「原因はわかってるさ。もし、あの子に遭遇したら、って考えてるんだろ」

 フォーラの言葉に、クズルの表情が曇った。もし、彼女に会ってしまったらどうすればいいのか判らない。奏の記憶にクズルという存在はいないけれど、クズルの記憶の中には残っている。だから人間界に来るのを嫌がっていたのだ。

「他人を装うべきだとは判ってる。けど、どうしても手に入れたくなるんだ。そうしてしまったら、もう取り返しが付かなくなるのに…」
「俺が何とかフォローするから、出来るだけその気持ち抑えとけ。お前が嫌でも、彼女には遭遇するはずだから」
「は、今何て―――?」

 クズルの言葉を無視してフォーラは足を進ませる。遭遇するはずだ、とフォーラの口から発せられた言葉に、クズルは目を丸くして足を止めてしまっていた。
 フォーラが遠ざかっているのに気付いて、慌てて追いかける。

「さて、と、この世界で神の名を名乗るのはまずいよな」
「今更だな、フォーラ」
「その名前で呼ぶなよ」
「なら、なんて呼べば良いんだよ?」

 そう問われて、そうだな、と少しばかり考える。偽名にでもするつもりだろうか、とクズルが考えていると、「フィエラス・バレッタ」と一言。その名前は何の名前だと聞くと、フォーラの前世の、人間であった頃の名前であるらしい。

「…ほう、海外出身か」
「イギリスだ」
「へぇ、イギリス出身、ねぇ」
「何だ、何か言いたそうだな?」
「いや? 何もないですよフィエラスさん?」
「こいつ…」

 拳をぐっ、と固めてその手を止める。それにクズルはふっと笑うと言った。

「…さっさと『視察』終わらせるぞ、フィエラス」
「勿論、お前に言われなくとも」

 人間に擬態した二人の神は、そうして街中を歩き出した。

◆ ◇ ◆

 フォーラは歩きながら突然、「懐かしいなぁ」と呟いた。それが疑問となり、クズルが 「何故お前が懐かしいという」と質問をした。その理由は簡単で、人間界に長く住んでいたクズルが懐かしいと言わないからだった。
 クズルは、その言葉に呆れながら笑った。そのクズルを見てフォーラも笑う。それから急に、フォーラの顔が真面目になった。

「…俺が『視察』に降りた理由、判るか?」
「判るようで判らん。彼女の関連、なのか…?」

 クズルがぼそりと呟いた言葉に、当たりだよ、と目を伏せがちにしてフォーラが返す。その言葉にクズルは溜息を吐き出して「…やはり、か」、と呟いた。

「お前は察しが良いから判るだろうと思った。でも、無理やりにでも連れてきたかった。お前がそれを拒否しても、な」
「…何が、したい」
「…ちょっとばかし、嫌な予感がするんだよ―――」

 それも、とてつもなく嫌な予感が、な。そうフォーラが言うと、クズルはそれだけは起きて欲しくない、と口にする。クズルには心当たりがあるようで、逆にフォーラが質問をした。

「もう時間も大分経っているはずだから起きるはずはないんだが…。それが起こってしまうと、最悪の場合彼女が消える」
「なんだって…?」
「でも、それを考えられたのは以前の状態での話だ。彼女が俺らに関わっていたからこそ…」

 だから起こるはずがない。起こってしまったら困ることだ。フォーラにはそれがなんとなくであるが理解でき、表情を曇らせた。

「昔の状態なら、そうなるのが当たり前だったかも知れんしな。でも今更…」
「起きるはずがない―――俺もそう思う。けど、もし俺の嫌な予感がそれだったら…早く探さないとまずいな…」
「あぁ、もしそうなると…こちらが不利になる可能性が高い」
「お、もう諦めたのか?」
「誰が? 俺がいつ、彼女を神にして良いと言った?」

 そう吐き捨てるように言って、クズルは足早に町へ向かう。そのクズルを慌てて追いかけるフォーラは微かに舌打ちした。

◆ ◇ ◆

 クズル、お前が恐れてることは良く判る。
 もしこの後、彼女に遭遇して、彼女が何かの拍子に記憶を思い出したとして、ウィレールの代わりに神になるとしたら、『大切な者』との記憶を失うことになるからだ。
 その記憶を思い出すのはいつになるか判らない。直ぐの場合もあるし、未だに思い出せない場合もある。

 だから、お前は彼女を、神にしたくないんだ。

◆ ◇ ◆

 暫く街中を歩いて、フォーラはふっと空を仰いだ。そうして見えたものに、ぎょっとしてクズルに、空に何が見えるかを言おうとして、判っていると制止される。彼らの目線の先には、空を舞う悪魔の大群があった。

「何でこういうときに限って来るかなぁ…!」
「お前の嫌な予感の一つだろ。急がないと奏にまで害が及び兼ねんぞ」
「わーってるっつーに!」

 口々に言いながら二人は地を蹴る。早く風の少女を見つけなければいけない。けれど、昔のように彼女に魔力があっても扱えない状況では、逆探知もできない。
 やみくもに探すしかなかった。

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2006/06/28,07/01
(2010/06/24 加筆修正)
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