:: 15 metamorphose 前編 ::

「ラヴィリト」

 その声は、呼ばれた本人にとってとても懐かしい声だった。呼ばれた人物はゆっくりと振り向くと、目を丸くした。

「…あぁ、『お久しぶり』です、カヴェノ様」

 ばしゃん、と水中から顔を出して、ラヴィリトの姿をしたヴィリト。この世界にいるから、ラヴィリトの姿でいるのだろう。

「同期の神に様はないだろう様は」
「仕方ないじゃないですか。これでも僕は一度死んでますし。厳密には同期とはいえませんよ」
「そんなこと判ってる。お前、また同じ事を考えているんじゃなかろうな? クズルの代わりになんてなるんじゃないぞ」
「セーフェから、聞いたんですか」
「あぁ、少しばかり脅迫してな」

 その言葉に実に貴方らしい、とラヴィリトは呟く。

「…馬鹿馬鹿しいかもしれませんけどね。でも、僕はそうすることでしか役に立てない」
「だからといって誰もお前に死ねとは言っていないだろう」
「そうですね。でも変身の能力はそれぐらいにしか役に立たない。あとは鳥に化けたりして情報を得るくらいしか」
「それでも十分だろう? 何だそれとも何か不満でもあるのか?」

 そのカヴェノの言葉に、ラヴィリトは苦笑する。別に不満があるわけではない、と口にするものだから、カヴェノはラヴィリトに追求した。
 するとラヴィリトは再度苦笑をして、一言だけ言った。

「苛立たしい、自分がこうして生きていることが」

 死んだはずなのに。黒妖精に生まれ変わってしまって。

「生まれ変わってしまった。だから、僕は―――クズルの傍に居て彼を守ると決めた」

 実質的な年齢はラヴィリトのほうが下だ。だが精神(魂)的な問題ではラヴィリトのほうが一回り上だ。
 だから、彼本人が居ないときはつい、呼び捨てになってしまう。

「それが僕の歩む道なんじゃないか―――。そう、思っているから」
「間違っても、死ぬようなことはするなよ。それをするというのなら、私が今ここで宿業延長をする」
「あーあ…厄介な相手に遭遇してしまいましたね…」

 貴方に今会っていなければもう直ぐに宿業から開放されていたでしょうに。そう残念そうに呟いて、溜息を吐き出す。

「それなら、なおさらだ。僕に変身以外の能力は皆無に等しい。それでいてどうやって彼の補佐をすれば良い」
「お前が代わりにならないと誓うのであれば、開放してやらなくもない」

 ―――が、しかし、だ、とカヴェノが続ける。

「そうなると、お前の位置づけが難しい。レーヴェルはお前のことを良く知らんようだしな。リアズやセーフェ、私といったお前には馴染みある顔ぶれも居るには居るがな」
「そうですよねぇ、既に僕は死んでますから…」
「その死んだ理由…セーフェは自分のせいだって言って、他の奴らに言おうとしない。だから彼女は―――」

 今も尚、責め続けられているぞ。そうカヴェノが言い終わるよりも先、ざぱんっ、と音がしてラヴィリトは地に上がった。

「…なら僕が、話をつけてくる」

 そう言って、カヴェノに背を向け足を進ませる。

「…ただの黒妖精の分際で何を言うか。宿業が終わっていないくせに」
「だったら、何故!」

 ばっとカヴェノを振り向く。彼女は、泉を見たまま言葉を紡いだ。

「何故…、わざわざ僕にその話をしに来た?!」

 その声に、カヴェノの後姿は一瞬ばかし寂しそうだった。どうして寂しそうに見えたのかは、ラヴィリトには判らなかった。

「…私がわざわざ、隠居してたのに姿を現した理由の一つだ」

 未だ、ラヴィリトを見ずにカヴェノは言う。

「私ははっきり言えばクズルに会いにきたんじゃない。この戦いに介入する為に来たんじゃない。お前のために、来たんだ」

 それを嘘じゃないかといわんばかりに、木々が、ざわめいた。

◆ ◇ ◆

『ラヴィリトはクズルの近くにいるか、奥の泉に居るはずだ』

 そのセーフェの言葉を信じ、フォーラは走っていた。そうしてたどり着いたとき、そこにはカヴェノと、そして何処か見覚えのあるその姿があった。

「…フォーラ、どうかしたのか?」
「あ、いえ…その…」

 カヴェノに声をかけられてビックリしながら返す。何故なら彼女は一度もこちらを見ていないのだ。

「…セーフェから」

 聞いたんです。そういうより先、ため息を吐き出したのはどこか見覚えのある姿―――そう、ラヴィリトだった。

「口の堅い彼女が…ようやく口を割ったのか…」
「ようやくって…お前な…!!!」

 誰のせいで、彼女はあんなに追い詰められていたのか。そう、目の前のラヴィリトこそがその『誰』に値する人物。

「彼女なら、言ってくれると思っていた。それなのに…彼女は言わなかった…」

 何もかも、僕が悪いのに。なのに彼女は自分のせいだと、そう言って。

「消滅すべき存在は僕だった。それなのに何故僕は生まれ変わったのか、それが知りたい」
「だが、お前にクズルの代わりはさせない。だから私からレーヴェルに提案しておいた」

 何を。そう二人ともカヴェノに聞いた。

「『ラヴィリト・リデスルス』を変神としてもう一度ベレンディールに迎えると」
「な…! 本気で言ってるのかカヴェノ!?」

 ラヴィリトの声にこちらを向いてカヴェノは口元だけ笑って見せた。―――本気だ。

「その際、セーフェが神格を剥奪され魔界に落とされた理由も全て、公開する。そしてその罪を、『ラヴィリト・リデスルス』として負う。それが条件だ」
「それぐらいなら、なんてこと無いさ」

 そうラヴィリトが言うと、それはどうかな、とカヴェノから返ってくる。その言葉は皮肉なのか応援なのか判らない感情が混ぜ込まれていた。

「…ついでに言っておくが、ラヴィリト、フォーラ」

 呆れ顔で言うカヴェノに何があるという顔をして、カヴェノを見るラヴィリトとフォーラ。まだ何か言うつもりなのか、この人は。

「セーフェのことを好きだとしても、セーフェはクズルのことが好きだぞ」

 その言葉に、ラヴィリトは無視するかのよう足を進ませ、フォーラは驚いたまま固まっていた。
 それを面白くないと思ったカヴェノはラヴィリトを呼びとめた。だが、彼はそんなこと想像済みだと言って、笑みを向ける。どうやらそんなものは問題ではないらしい。笑みを見せたあと、ラヴィリトは足早に去っていった。
 大してフォーラはあまりにショックが大きかったらしく、その場で放心状態になっていた。

「…カヴェノ、様…その…」
「ラヴィリトのことなら別段何も―――…ラヴィリトのことじゃないみたいだな」
「あ、はい…」
「そのうち、お前にも動いてもらうことになるかもしれない。クズルの動向にも寄るんだがな…」

 溜息を吐き出して足を城へと向けるカヴェノを、フォーラが隣を歩く形でついてくる。

「そしてウィレール。あいつ…封印術を食らっている今の状態で戦うことは侭なら無いし」
「…ウィレール様は封印術を解除は…」
「解除は出来んそうだ。今まで色々試みたらしいが解除は出来ないらしい。だから、世代交代も有り得る。この先戦えないとなると援護に回るしかなくなると彼女は言っていたし」
「風となると…サーリャ辺りですか?」

 風の力を持つ天使の名前。ウィレールは弟子を取っていない―――だから、天使の中から選ぶしかないのだ。
 いや待てよ、とフォーラが思考を止めると同時、カヴェノが笑う。

「そうだな、お前たちは良く知ってるだろうな。私は話でしか聞いたことは無いが、風の力を持つ者が居るだろう」
「判った…判っちまった…。けど、カヴェノ様、あの子は…」
「判ってる。それは私も承知なんだ。だからそれに困っている。天使たちもそれを見逃そうとはしないだろうし…」

 困った所ですね。そうフォーラが言うと、そうだな、とカヴェノが返した。その子に最も関わりがある人物、カヴェノの弟子であるクズルがどうするかというのもある。
 カヴェノが溜息を吐き出して歩みを進めると、フォーラもその後についていき、泉を後にしたのだった。

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2006/06/06
(2010/06/05 加筆修正)
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