:: 13 襲来 ::

 ぼうっと天井を眺めて、焦点が合う。それから、今いる部屋が自分の部屋であると理解するまでしばらく時間がかかった。

「クズル!!良かった起きた!」
「ガキみたいに喜ぶな…」

 意識が覚醒したばかりに、そんな大声を出されると頭に響く。クズルはその苛だちから、フォーラの頭を鷲掴みにした。
 とっさにフォーラは反応し、「俺は掴む物じゃねえ!」と反論をするが、クズルも持ち前の黒い笑みを浮かべて悪びれもなく「あぁすまん、丁度良い所にあ、っ、た、からな」と返す。
 それに対してフォーラが憤るのも慣れたもので、一々食らいついてくるフォーラを後ろにいたセーフェが殴るという流れでフォーラは落ち着いた。

「あぁ、すまないな、セーフェ」
「いや、別に…」

 その後、全く話が続かなかった。この間の告白の件で、クズルはどう対応して良いものか迷い、セーフェは居た堪れない気持ちでその場にいた。
 レヴェーラが居なくても、彼には奏という少女が居る。それを判っていて、セーフェはその気持ちを打ち明けてしまったから罪悪感すら感じていた。

「…ごめん」
「何で謝る」

 先に言葉を発したのはセーフェ。即答とも言う速さでクズルが問う。だが、セーフェは答えをはぐらかすようになんとなく、と答えるだけにとどまった。

「俺…げほん、私は何でここに居るんだ?」
「スペーキアの前でいきなり頭抱え込んで倒れてそんで俺が運んだんだよぅ感謝しろい…。ってかお前俺より身長高くて運ぶの難しいんだぞこらー」

 頭を抱えながらいうフォーラにすまない、と詫びると呟く。倒れてしまったのか、と自分が意識を失っている間のことを整理する。

「…何か長い夢を、見ていたような気がする…」
「長い、夢か」
「あぁ…なんだろう、何でだ…思い出せない…」

 思い出せるのは、見覚えの無い少女の姿ぐらい。他の事は、何も思いだせなかった。何を見ていたのだろう。

「っと、それよりも、だ。今さ、応接間がものすごいことになってんだよ」
「? 何があったんだ?」
「…リアズのじじいと…」

 そういうフォーラがセーフェに目配せする。だがセーフェは私は知らんというようにそっぽを向く。
 そうしてフォーラが溜息を短く深く吐き出したと同時、どごぉおという騒音がなり、クズルの顔が歪む。クズルは、この騒音に覚えがあった。

「…ちょっと待て、リアズと、だと?」
「え、あ、あぁそうだけど?」
「判った、お前らは酒だけ守ってろ。飲ますなアレに。絶対だからな!」

 それだけで判るのか!>というフォーラに、セーフェがだから言う必要が無いといったんだと突付く。

「判るさ…嫌でもな…。リアズと喧嘩するのはあの人しか居ない…」
「フォーラは余り関わりはなかっただろうが、私とクズルは判るよ、直ぐに」
「えぇ…。いや、確かにそんなに関わった事無いけどよ…。流石に『リアズのじじいと』、で判る奴、居ないだろ?!」
「居るだろう、現に」

 そういって自分を指すクズルにフォーラが項垂れる。確かに目の前にいた。

「応接間だな?」
「あぁ、さっきは、な」
「まぁ、リアズとあの人が喧嘩するのは今に越したことじゃないだろう。しっかし、隠居してたはずがなんでまた戻ってきてるんだ…?」

 がしがし、と頭を掻いて神服も着ずに廊下へ出る。そのクズルに、フォーラは神服ぐらい着ろとどやすが、「動きやすくないとあの人を止められないんだよ…別に文句も言われないからこのままでも十分」などと言って、フォーラの言葉を一切聞かなかった。
 ふああ、と短くあくびをして、とぼとぼと歩き出す。いや、正確には寝起きの状態でご飯を食べに行くかのような、全くもって緊張感の無い姿だった。

◆ ◇ ◆

「そんなのにやすやすと乗りやがって…それでもお前男か?!」
「いや、突っ込みどころ違いますから」

 クズルは応接間に到着すると、飛び込んできた罵声にとても冷静に返した。しかもクズルはぶんちょぶんちょと手を振りながらだ。全く持って緊張感のかけらもない。
 クズルが突っ込みを入れた人物は、リアズと喧嘩をしていたその女性と思われる人物。思われる、というのは口調、態度が男勝りだからであって、女だと判るのは大きいとはいえないがそれなりに胸があるからで。

「―――…その声は…」

 突っ込まれたリアズと喧嘩をしていたそれは驚いたように振り向いた。そうして驚いてるそれに、クズルはにこりと笑って言う。

「お久しぶりです、師匠」

 その言葉に、胸倉を掴んでいたリアズを手放し、クズルに近づく。至近距離でじっと睨まれても、クズルは平然としていた。
 だが、フォーラやセーフェはクズルよりも5歩ほど離れてその光景を見守っていた。かつての神であった人物を目の前にして、怖気ついていた。

「…髪、伸びましたね」

 クズルの言葉に、彼に『師匠』、そう呼ばれたその女性はむんず、とクズルの伸びた髪を引っ張る。

「お前もな」
「お互い様です。年月が経っていますから」
「私がここを離れてから何年経ったんだ?」
「詳しくは数えていませんので判りません。つい先日まで人間界に居ましたし」
「…そうか」

 そういって髪を掴んでいた手を離す『師匠』。

「…それにしても、隠居したいからと言って俺に水神に就かせておいて…。それなのにどうして今更ベレンディールへお越しになられたんですか、カヴェノ師匠?」

 カヴェノ。そう呼ばれた女性…いや、女神は申し訳無さそうに頬を掻き、それから一息置いて言葉を紡いだ。

「その件についてはすまなかった…。レーヴェルから聞いてな、リアズがあまりに情けねぇもんだから、つい」
「…良く判りました。その性格は相変わらずみたいですね」

 はぁ、と短く溜息を付いてクズルは言う。もう既に彼女の性格は知っていたが、本当に変わっていなくて安心すらしていた。

「リアズだって外見は若くても中身はそれ相応なんですから、無理にやろうとしないでくださいよ?」

 と言っても師匠のことでしょうから既に事が済んだ後でしょう。そうクズルが追加するとカヴェノが申し訳無さそうに視線を逸らす。

「久しぶりに会えて嬉しいのは判りますが」
「う、嬉しくなんかないぞ」
「他の神も居ますので迷惑になるような行為は避けていただきたかったです」
「だ、だから私は嬉しくなんか…!」

 これではまるでクズルの方が年上のようだ、とセーフェが呟く。それにフォーラも同意を返した。
 だが、この師弟はいつもこの調子なのだ。クズルが冷静に突っ込みを入れて、師であるカヴェノが暴れる。この構図はクズルがカヴェノの下についたときから変わっていない。

「リアズ、大丈夫ですか?」
「っ…な、んとか、な」

 髪を留めていた紐が解け、眼鏡が割れている。服も破れて血が出ている。それでも大丈夫なのは相変わらずだからだろう。

「相変わらず、手加減も忘れてないようで。でも流石にギリギリにはしないようにしてくださいよ、師匠?」
「………」

 腕を組んでそっぽを向くカヴェノ。それに笑うクズル。それをとても懐かしい目で見るリアズ。それらを怯えながら遠巻きに見ているフォーラとセーフェ。
 不思議な光景であるのは間違いなかった。

「師匠、詳しい話は俺の部屋で」
「…。判った」

 カヴェノが返事をしたあと、クズルはリアズに向き直り、「少々、師匠お借りします」と言葉を口にした。それに対してリアズは、お前の師匠なのだから聞く必要もないだろうと返すと、クズルはにっと笑って大切な人じゃなかったのかとリアズに問いを投げかけた。
 その言葉に過敏反応をするリアズとカヴェノを見て、クズルは全く変わってないのだなと心の中で呟いた。

◆ ◇ ◆

「…師匠、相変わらずリアズと…」
「い、う、なっ」

 そういうカヴェノの頬は紅潮したまま。紅潮したまま否定しても、否定できていない。それもまたクズルの思っていた通りで、懐かしさを感じていた。

「それはまぁ…俺には直接関係はないんですけどね」

 汚いですがどうぞ、といってカヴェノがソファに座るように促す。カヴェノはその椅子に腰をかけるとさっさと足を組み、腕を組む。
 カヴェノには無意識に何もかもを警戒してしまう癖がある。それ故に直ぐに足を組むし、腕を組む。その動作を見て、それにすらクズルは懐かしさを覚えた。

「ノーベとかいう若い奴…が、引っ掻き回してるんだな?」
「そうです」
「お前はノーベとか言うのの事は…」
「殆ど知りません。師匠もご存知のはずでしょう、俺が天上界にいられなかった理由…」
「大雑把にしか知らん」
「大雑把、というと?」
「レヴェーラが何故か、お前を殺さなくてはならなかった。だが、レヴェーラはその意に反したが為、魔界の者によって命を落とした、と」

 そうとしか、聞いていない。そういうカヴェノに、クズルが目を見開いた。もっと知っているものだと思っていたからだ。
 だが、既にそのときはクズルが水神に即位していたころだ。隠居していたカヴェノがその話を詳しく知らなくてもおかしい話ではない。

「理由が判っていないんだ。それをいずれ聞こうと思っていたんだが、お前が人間界に逃げたから聞く機会もなくてな…」
「…その理由…、それを聞くために本来はこの場所へ来た、ということですか」

 クズルの目付きが鋭くなる。

「…あぁ。もしかしたらそれが、今回の事件に関わっている可能性も高い」
「―――!」
「…もし、ノーベが魔界出身だとしたら、の話だ。レヴェーラを殺したのが魔界の者だからな…。殺すことの出来なかった水神を殺しにかかるんじゃないかと思ったんだ」
「…ですが、俺を殺せば対の存在であるテュエラスも死ぬ」
「テュエラスがいないと魔界にとって不利になる。だから直ぐにお前を殺しにかかれないんだろう」
「…さすが師匠」

 そこまで考えておられるとは。そう言うと、カヴェノがむっとしてクズルの頭を叩いた。

「お前は当事者だからな、手一杯なのは見え見えだ。そうして困っている弟子を、師が手助けせずにどうする?」

 くすくすと笑いながらカヴェノは言う。その言葉に、クズルは正直助かった。この人がいれば心強い、と思いすらした。
 師として最も長きに渡る時間を共にしてきた人物なのだ。安心感を覚えるのは間違いない。

 真剣な目つきで、カヴェノはクズルの名を呼び、一息置いてレヴェーラの死について詳細を教えろ、どうしても知りたい、とカヴェノは言った。
 何せカヴェノとレヴェーラは神としては異例で双子の神と呼ばれる存在。カヴェノが姉でレヴェーラが妹なのである。妹の方が能力的に特化していて最高神になった。

「…そうですね…、師匠には聞く権利がある。判りました、お話しましょう」

 クズルの目付きが一層鋭くなった。

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2006/03/19,20,04/30
(2010/06/04 加筆修正)
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