:: 12 始まりを知らす鐘 前編 ::


 食事を終えてから、夜空を仰ぐ。元の世界に戻ってきても、時の流れは変わらなかった。
 クズルは、ふと来訪者の気配を感じ、その名を紡いた。

「セーフェ、か…。何か用でもあるのか?」
「用は無い」
「そうか」
「あるといえば…奏のことだよ」
「その話はやめてくれ、もう」

 セーフェを見て苦く笑うと、また空を見る。

「クズルは、奏といて、楽しかったのか?」
「…あぁ…楽しかったよ」

 やめろといっているのにその話をするのか? そうまた苦く笑う。

「あぁ、そうだ、ヘレヴァは元気か?」
「…確認したいのなら降りれば良いだろう?」
「行けば行くでまたくっつかれるしな…。お前の弟子だろ」
「最近、顔を合わせたことはあまりないよ。私は今、神ではないからな」

 溜息を漏らすように笑い、セーフェは夜空を見るクズルの横顔を見た。
長い間、彼を見ることはなかった。彼が人間界に逃げてしまってから、会うこともなくなってしまったからだ。

 いつもそうだ。いつもいつも、こういうチャンスがあるのに言えなくて。それを隠すためにぶっきらぼうに冷たくなってしまって。

「ん…どうした? 俺の顔見て」
「あ…いや…」

 もう、叶わぬものだと思ってた。でも奏が…クズルの手によってクズルのことを忘れているのならば望みはあるのではないか、と。

「…ねぇ、クズル」
「なんだよ…、珍しくギスギスして無い口調だな」
「う、うるさいっ」
「で、何だ?」

 今なら…、言えるかもしれない。―――例え、望む答えが返ってこなくても。

「…私は……ずっとクズルの…こと…」

 ずっと、ずっと。貴方に会ったときから。
自分の中にある気持ちに素直になれないまま、何千年が経過しているのだろう。彼に会わなかった5千年の間でも、その気持ちは揺らがなかった。

「好きだった」
「な…」
「それだけ。じゃ」
「あ、おい…!!!」

 クズルがセーフェを追おうとした直後、彼女の姿は既になかった。光に擬態して光速の速さで消えてしまったのだ。
クズルは、溜息を付いてがしがしと頭を掻いた。

「ばかやろ、こんな時に言うなよ」

 まだ、ちゃんとけじめつけられてないんだから、こんなときに言わないでくれ。

◆ ◇ ◆

「…馬鹿はどっちだ…」

 溜息を吐き出すのと同時、そう呟く。

「…私の方が馬鹿じゃないか…」

 ぼふっ、とベッドにダイブ。それから、セーフェは顔を埋めた。

(…あたしのばか…)

 返事も待たずに、その場にいたたまれなくなって逃げ出すなんて、馬鹿だ。

◆ ◇ ◆

「…」
「…」
「……」
「……」
「………」
「………」
「………ぶつかるぞ、前」
「……ぅおおわ?!」

 ふらふらと歩いていたクズルがそのままいけば壁に衝突。それを止めたのは、リアズだった。

「何かあったのは一目瞭然だな」
「…すいません…有難う御座います、リアズ」
「それよりも」
「?」
「若造、お前継承以来カヴェノに会っておらんのか?」

 カヴェノ。その名前に、クズルは懐かしくて目を細めた。彼女はクズルの師匠かつ、前水神である。そして、リアズの同期でもある。
 クズルが水神を継承して、彼女はどこかに消えた。

「いえ、会ってませんが」
「…そうか…。あいつの事だ、まだ生きてておかしくない。こんな騒ぎなのに出てこないのがおかしいのだがな…」
「師匠、祭り事好きな人ですからね…。まったく…あの酒好きさえ直してくれればもっと楽だったのにな…」
「仕方ないだろう。人間だったときのあいつが死んだ原因が、泥酔という間抜けな状態だ。それが今までに何度も有ったというのだから…生粋の酒好きだ。遺伝子に酒好き遺伝子でも入ってるのかも知れんな」

 リアズはふっと笑ってそういう。そのリアズを見て、クズルは、にやりと笑った。この人は相変わらずカヴェノのことが好きなようなのだ。

「…そう仰るリアズも、相変わらずのようですね」
「何がだ?」
「師匠のこと」
「…………………………………………。……気のせいだ」

 長い沈黙に、クズルは笑いを堪えずにはいられなかった。やはりそうなのだ、彼はカヴェノのことが好きなのである。

「でも師匠がこの戦いに首を突っ込んでなくて一番安心してるのは貴方でしょう、リアズ。俺に聞かずに自分で探したらどうですか? その方が師匠も喜びますよ」
「……暇があればな」

 すたすたとクズルから離れていくリアズ。その後姿をにこやかに見送りながら、リアズの姿が見えなくなると溜息を吐き出す。

「…俺がやらかした事…それから逃げる為に天上界に戻ってくるつもりはなかった…」

 全ての神々が被害を受けた、その出来事。自分が天上界にいることで起こると思い、人間界へ行ったというのに。それは、間違いだった。

「…後継者のノーベに被害が出た…。いやあいつは確かに殺すべき神だ…だが…」

 だが、彼女の企みが明らかになる前は彼女も、仲間だった。

「後継者にもその被害が及ぶというのならそれを根本から断ち切るしか…」

 溜息を吐きながら、クズルは部屋へと足を進める。ふと、軽い痛みが頭に走り、クズルは動きを止めた。

―――…え……か…?

 何か、聞こえる。誰かの声が。だが、それは直ぐに途絶えた。

「…空耳か?」

 それから、その声の応答はなかった。

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2006/02/19
(2010/05/08 加筆修正)
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