:: 11 たいせつなもの 後編 ::


「…ねえ、クズル」
「…何だ」

 水未浩司…クズル・レイェンの自宅。奏は教室から走り去り、彼の自宅に来ていた。そして、目の前に広がる光景を目の当たりにして、思わず名を呼んだ。

「これは…?」

 荷物の片付いている部屋。―――否、引越し間際の部屋。

「…察してるとおりだろうな」
「じゃあ…っ、神の世界に…帰るってこと…!?」
「―――……あぁ…」

 クズルの口から放たれた言葉は、躊躇いが混じっていた。
 クズルは、このことを彼女に言うべきではないと判っていつつも、言わなければいけないと思っていた。その矛盾が躊躇いになって現れたのだ。

「…そ…っか…」

 その言葉に、奏は酷く落胆した。けれど、それは仕方のないことなのだと少なからず理解をしていた。彼は奏と違い神である。人間ではない。
 彼の元居た世界というのも、存在する。彼の『家』は、この人間界には無いのだ。天上界、神の世界にある。だから、帰るのだ。

「…お前を護るためでもあるんだ」
「…え……?」
「奏は…一般の人間以上に私たちの世界に入り込んでしまった。そうなった以上、主催に狙われる可能性も多い。だからといってお前をずっと戦わせるわけにも行かない。だから、私は天上界に戻ることにしたんだ。お前はもう、戦いに参加することはなくなる。本当に、『人間』として生きていける」

 本当に人間として、魔法なんて使わなくて生きることが出来る。

「でも…!」
「―――お話中悪ぃが、そろそろベレンディールへのお迎えだぜ。クズルさんよ」

 奏の言葉を遮るように、その声は聞こえた。奏は振り向いて目を丸くする。
 そこには、利発そうな顔をしている橙の髪を持つ人。奏も良く知っている人物だった。

「すまんな、奏」
「フォーラ様…!!!」
「こちらとら事情があってな…。流石にこれ以上ラーダスの子孫でも、『一般人』を巻き込む訳にもいかんし」
「…迷惑、かけたな…奏」

 フォーラに続いて、クズルが申し訳なさそうに言う。その言葉に、奏の顔は歪んだ。

「そんな顔するなよ…」

 困るだろ。そんな顔すると。今、手を伸ばせば届くのに。それが届かなくなるんだ。いっそのこと、連れて行きたいとまで思ってしまう。
 けれど、それは許されない。

 彼女は…ラーダスの子孫以前に、『一般人』だから。

「…奏…」
「嫌だよ…やだよ…クズル……。いなくならないで…」
「…―――……ごめん…」

 ただそう言うしか出来なかった。
 だからこれは、せめてもの償いだ、とこの地球上存在しないその石、いつぞやか彼が作っていた魔石のネックレスを奏に差し出した。

「これ…!!!」
「…元々お前のために作ってたんだがな…作業してるところを見られてしまって。私…いや、俺の魔力が十っ分に入ってるから効力はかなりある。狙われても必ずお前を護れるくらいには、な」
「…―――…」

 言葉も出なかった。嬉しいのに悲しくて、どう言い様も無くて。

「…だから」

 笑みが見えた。泣きそうな顔が見えた。ああ彼もこんな顔をするんだ。
 奏の意識で認識できたのはそこまでだった。

「Thank you for happy time the current Miss.
 I do not forget this time even at one o'clock either.
 Love, and ..playing...
 .. as one man as the god.」

 奏にその英語を聞き取る意識はなかった。ふっと遠のいて、クズルが笑っている顔だけしか、見えなかった。
 それも暗くなる視界で、失われてゆく。

「今は、大人しく眠っていて」

 彼の魔法で意識を失い倒れた奏を抱えて、彼は悔しそうに呟いた。

「…もう、お別れなんだよ、奏」

(有難う、愛しい人よ。貴女が居て、俺はとても心強かった)

 人間界に逃げてきて、奏と出会って。最初は敵対をしていたのに、いつの間にか特別になっていて。

◆ ◇ ◆

 長い沈黙が間を支配して、暫くが経った頃。フォーラがため息交じりに、奏の中の記憶を消すかと聞いてきた。その言葉に、クズルはそうするしかないだろう、と作り切れていない笑みを形成した。

「奏だけじゃない、私に関わった全ての人間から私の記憶を消す。そうすれば、私が地球に現れる前と同じく世界は進行する」
「いくらなんでもそんなこと、俺にゃ出来んぜ?」
「私がやる。その代わり私の荷物を放り込んどけ」
「りょーかい」

 苦笑い気味に段ボール箱を何も無い場所に放り投げる。するとそれは光を帯びて消えた。既に天上界のクズルの部屋に転送されているのだ。
 それを見て、クズルはすぅっと息を吸い込み、唱えた。

「…―――Everything is erased.Anything is lost.」

The earth of goodbye of ..love...
The earth that his loved.
All existence of I is erased and it falls behind.
All proofs where I lived are erased and it falls behind.

I do not exist any longer in this world.
Existence that doesn't become even dust.
Existence of zero.

Now did I disappear?

―――さぁ、私は消えたかな?

◆ ◇ ◆

 天上界、ベレンディール城。水神クズル・レイェンの部屋。
 居るべき世界に戻ってきたフォーラとクズルは、久しく戻ってきたクズルの部屋の掃除や物の転送が済んでいるかの確認に来ていた。

「うわ…埃まみれっ」

 扉を開けて、真っ先に声を出したのはフォーラだった。天上界の暦ではとても長い間不在だった。
 埃だらけなのも仕方がない。

「…掃除するのも面倒だな…。一掃するか」

 クズルは、埃でくしゃみをしているフォーラを見て呆れながら、淡々とその言葉を口にした。

「一掃ってお前な…」

 呆れるフォーラにすっと手を突き出すクズル。次の瞬間強風と共にその部屋が綺麗になる。

「私は水神の名を持っていても全ての属性を扱えるんでな?」
「うわーすげームカつく…」
「ふふ…」
「あんだよ気色悪ぃ」
「気色悪いとは失礼だな」
「俺の方が年上だし」
「たかが3千。そこまで関係ないな」

 しれっと言い返すと部屋を一瞥する。そしてまた何かを呟くと、フォーラが転送したクズルの荷物が動き出し片付いてゆく。

「更にムカつく!」
「だから言っただろう私は」
「もういいそれ聞くの飽きた…」

 クズルは残念そうな顔をして踵を返し、部屋を出て行った。そのクズルを、フォーラは追いかけた。
 先程通ってきた通路を戻りながら、フォーラはクズルに質問をする。

「で、何でさっき笑ったんだよ」
「いや? 懐かしいなと思って」
「…たった5千年でか…」
「人間界に居た時間が長いんでな、ものすごく遅く感じたんだよ」
「…確かに…人間界に居た時間は短いはずだが長く感じたな…」
「世界が違えば時の流れも変わるものさ」

 そう言ってぴたり、と扉の前で動きを止める。その扉を開けるとそこは食事会。

「遅いぞクズル」
「といいつつお前も先ほど来たばかりだなセーフェ。あまり減っていない」
「ただ食が進まぬだけだ」

 ぷいとクズルから視線をそらす。クズルはそれに笑い、それから昔と変わらぬ定位置に着く。

「懐かしすぎるよ、本当」
「懐かしむのも構わぬが、本題だ、クズル」

 そういうのはリアズ。地神。外見はインテリイケメンお兄さんにも関わらず年齢は一番高い。クズルの師匠と同期でありながら、現役なのだ。

「…そうだな…。私の知っていることを全て、話す。それで構わないか?」

 その言葉に、全員が頷いた。

◆ ◇ ◆

 ノーベが現れてそれを命じたこと。フォーラとリアズがノーベに操られたこと。奏が敵対者として現れたこと。
 セーフェがフォーラに天上界に引き戻されたこと。そしてクズルと戦ったこと。
 ウィレールが封印術で力を封じられていること。
 奏がラーダスの子孫だったこと。
 テュエラスが襲ってきたこと。

 クズルが、人間界に居た時に会った人間の記憶を全て消したこと。そして、神々のこともすべて、人間の記憶から消したこと。

「…奏の記憶も消したのか…」
「仕方がなかったんだ。これ以上巻き込むわけにもいかなかったから。それよりも、今後どうするかだ」

 直ぐに話題を変えるクズルに、話したくないことなのだと誰もが悟った。奏から記憶を全て消してしまったから。
 それなのに、彼はいつもと変わりなく接しようとする。今までで培ってきた力の一つ、といえるのかもしれない。

「ノーベの動向も掴めぬ。セーフェの神格も戻さねばならん。ここは一度体勢を立て直した方が良いのではないか?」
「クズル、異議はあるか?」
「いや、私に聞かれても最高神。それは最高神が決めることでしょう」

 いくらそれに最も深く関わっているとはいえ、神々の長は最高神、レーヴェルなのだ。誰が、何を言おうとも彼女に最高権力がある。

「リアズの言うとおり、セーフェの神格も戻さねばならん。ノーベの動向も掴めない。その時が来るまで、待つとしよう。―――異議は無いな?」

 その言葉に、全員が頷いた。

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2006/02/02,06,07
(2010/05/08 加筆修正)
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