:: 11 たいせつなもの 前編 ::


 天井を見上げる。見上げたからといって、何かがあるわけではない。別に何もない天井だ。それをぼーっと眺めてから、クズルは目を瞑った。

「…もう、得ることなど無い、と…思っていたのに。…また俺は…」

 『大切なモノ』をつくった。失いたくないものを。
 クズルはゆっくりと、目を開けて体を起こす。それからハンガーにかけてある制服に手を伸ばした。

「…これも、仕方ないのか…」

 溜息を付いて、クズルというその姿を浩司に変えた。面倒だが、そうするしかない。そうして、 ワイシャツのボタンを締めながらふと気付く。

「…髪…伸びたな…」

 引っ張りながら呟く。元からクズルと浩司を区別する為に結ぶ所を変えてはいたが、流石に長くなってきた、と思う。

「…切るか…、いや、結ぶか」

 髪を結うのに魔力制御具を使っていた理由も少なからずはあった。髪を切ると結う必要が無くなる。となると、制御具をどこにつければいいか、となる。腕に巻くのでもなんでも構わないのだが。

「…約束…だったな」

 きゅっと、後ろで結んで。

「レヴェーラ…」

 今亡き、愛しい人よ。

「…お前が…俺にくれたもの…」

 その制御具の元となっている青いリボン。それは、レヴェーラが彼にくれたもの。彼はそれを加工して制御具とした。
 ふと、時計を見やる。時刻は既に11時を回っていた。無論、遅刻だ。はなから遅刻である。

「…行く意味が、もう無い様な気もするんだがな…」

 浩司として、学校という場所へ授業を受けに行く必要はないのではないかと、そう思う。行った所で敬遠されるだけだ。
 人ならざるものとして、拒絶の視線を向けられるだけ。

「人間ではないのだからな…」

 浩司は、曇った表情のままワイシャツのボタンを締め終わった。

◆ ◇ ◆

「…ねぇ、奏…」

 そう、名を呼ばれたのは何度目か。「何?」と窓際で椅子に座り頬杖をつきながらぼーっと外を眺め、返答する。視線だけ移動して、確認してまた視線を外へと戻す。

「浩司くん…」
「浩司が、何?」

 何度目だろう。こう返すのは、何度目だろう。

「どうして学校に来ないの?」

 こう聞かれるのも。嫌になってくる。

 彼女達が浩司のことをクズルだと囁く度、心が軋む。そのせいで彼は学校に足を運ぶのを躊躇っている。
 学校へ行かないのかと聞けば、行く必要もないだろう、と答えが返ってきてしまう。拒絶の視線を向けられるだけだろうから、と。

 彼女達には、判っていない。彼女達が原因だと。
 あの場で襲ってきたテュエラス…そして主催のノーベが根本的な原因であるが、それだけなら彼は学校に足を運んでいただろう。
 彼女達が噂をするから彼は、来ないというのに。

「…知らないわよ」

 奏が答えても、それは本当の答えにはならない。クズルが言わなければ、答えとしてそれは返すことが出来ない。

 奏は、小さく深く溜息を吐き出す。それから校門へ視線をやったそのとき、見慣れた姿を見つけた。
 奏はその姿を見つけるなり、椅子から勢い良く離れ、ものすごい速さで走っていった。

 何事か、とクラス中が窓から外を見る。そして、その顔は驚愕に変わる。

 奏は、息を切らしながら校門に辿り着く。そして、そこに現れた人物―――浩司の名前を呼んだ。

「ど…して…」
「…事情説明も済んでないだろ。だから仕方なく登校、というわけだ」

 奏は、溜息とともに顔が歪んでしまった。それを見て、浩司は苦く笑う。

「気にするな、お前には関係の無い事だから。俺の正体、どーせ全校にばれてるんだろ?」
「え…? ………あ…」

 浩司が校舎の方を見ているのに気が付き、奏も視線を動かす。すると全部のクラスから生徒がぎゅうぎゅうに窓から身を乗り出しているではないか。

「人間ってのはそーいうもの。最高神直々にばれても仕方ない言われたからもうどーでもいいんだ」

 うっすらと笑みを浮かべて、浩司は校舎へと向かう。奏も浩司の隣を歩く。

「だけど…そうしたら浩司はどうするの?」
「何が?」
「この学校に、在籍するのかってこと」
「そうだな…。もう在籍する必要も無いな」
「…そっ…か」

 浩司は己のクラスの戸に手をかける。それから一度奏を見てにこりと笑う。勢い良く扉を開け放つと、浩司はにこやかに恐ろしいほどの笑顔でクラスを見渡した。
 ―――怖がる者の方が、多い。

「ま、当たり前といえば当たり前だな。人間というのは違う種族の者を怖がる習性がある」

 浩司が一歩前へ踏み出す。クラス中が一歩後ろへ下がる。

「怖いならさっさと嫌いになった方が身のためだ。私は情けをかけることは好きじゃない。いや…情けなどかけるつもりもない」

 浩司が、クズルへと変わって。さらに彼らは下がる。

「お前達が人間『水未浩司』だと思っていた人物はもとより存在などしない。あえて言うのであれば、『水未浩司』は私の前世だ。お前たちの知らない時代の人間だよ。怖いならそれで良い。私から離れてゆけば、それでいい」

 嫌いなら嫌いに、怖いなら怖いと。そう、はっきりさせろ。

「私の用事はこれだけだ。ただ、本当のことを言いに来ただけ。―――さよなら、水未浩司のクラスメイト」

 そう吐き捨てるように言って、にこりと、彼は笑った。そして、踵を返してこのクラスを出ていった。

◆ ◇ ◆

 クズルがこのクラスから姿を消して、彼らは緊張が解けたようにへたり込んだ。ただ1人、奏を除いては。

 彼女の中で、怒りがこみ上げてきていた。クズルが去った後もその場から動かずに、ただその場で拳を握りしめていた。
 違う存在だからと怖がるなんて、どうかしてる。確かに自分達と違えば怖いと思うだろう。だが、こんなにも大勢で彼に怯えた姿を彼が見て、傷つかないはずが無い。傷ついても、彼は顔になど出さないのだろうけれど。

「…あんたたち最低よ…!!!」

 今までに無い大声で奏が叫ぶ。それに彼らは驚き、一斉に視線が奏を向いた。

「馬鹿よ最低よやっぱり人間なんて信じられない!!!」

 奏が、そう吐き捨ててクズルの後を追うように消えた。その姿を見て、「何故だ」「どうしてだ」とクラスの中から声が出てきた。
 その言葉の意味を組み取れたのは、麻奈だった。彼女は自分の頭の中で出来あがってきた答えを、何も考えずに紡いだ。

「…そうか…奏…」

 麻奈の呟いた声は、クラスのざわめくの中でもよく通った。

「…奏も…浩司くんと…ううん、クズルさんと同じ…」

 『人間』に嫌われ続けていた。ようやく『人間』を信じられるようになったのに、彼らがクズルを恐れたことで再度再発した。

 ただそれだけで? そう思うかもしれない。そんなの人事だろう、と。

 けれど、彼女にとって浩司…クズルは同じような境遇の仲間。唯一信頼できる人。だからこそ、また人間が嫌いになった。
 彼女の言葉は、大切な人を嫌う人は嫌いなのだと、言っているようにも汲み取れた。

「…クズルさんを傷つけただけじゃなく、奏も傷つけてしまったのね…」

 それを、気が付かないのがクラスの人間。彼女が、人間が嫌いだという理由も一瞬ばかし判るような気がした。それを判っているのは…隣の真澄くらいか。

「名塚」
「んだよ」
「…あんた、このクラスどう思う」
「最低だ」
「…激しく同意」
「…あとでクズルさんち行きますか」
「無論。クラスの連中だけじゃなく、俺らも悪いわけだし」
「…クズルさんだけじゃなくて奏をも傷つけたって、判って無いんだろうね…」
「香野がいきなり怒鳴った理由か…。判るはずも無いだろ。外ッ面友達やってたヤツも多いだろうから」
「…よね…」

 私たちとは全く違う人生を歩んでいる彼ら。そんな彼らを怖がる人間。少なからず、麻奈も真澄も言われたときは怖かった。
 だが、今は違う。

 奏は奏以外の誰でもなくて、クズルはクズル以外の誰でもない。それぞれの存在、地位が違ったとしても、『ヒト』であることは確かなのだ。

 だから、怖がる必要も、無い。同じ、『ヒト』なのだから。

Back | Top | Next
2006/01/22
(2010/05/08 加筆修正)
Copyright © 2005-2010 OzoneAsterisk All Rights Reserved.
OzoneAsterisk