:: 09 old memories 中編 ::

「私の名において、彼がこの世界で戦うことを許したのも私だ。ラヴィリト、クズルには伝えたのか」
「いえ、まだ」
「ならば仕方あるまい。まぁ、私から直接言っておこうか、単刀直入にな」

 そういうと、彼女は一度上空のテュエラスを見た。それから、少女たちに視線を戻し、口を開いた。

「お前たちの良く知る『水未浩司』は現代よりもはるか昔、存在していた人間の名。そしてその『水未浩司』は確かに彼である。だが…『人間の水未浩司』は既に死している」
「ど、どういうことだよ!」

 眞澄が声を上げると、レーヴェルは目をすぅっと細めた。その仕草に、真澄も麻奈も身を強張らせた。

「…そのままの意味だ。お前たちの知る『水未浩司』は人間ではない」
『―――!!!』
「本名をクズル・レイェンと言う。ウィデラ神話の水神だ」
「水神…って…」
「そのままの意味だ。お前たちが俗に言う神様だよ」

 あっさりと、レーヴェルは言った。

「あいつが…神?!」
「浩司くんが…?!」

 まだ、話をするのが早かったのか、と疑問を混ぜた声音で、ぽつりと彼女は呟いて、それから続ける。

「既に、彼がこの世界へ訪れてから私たちの暦では4000年経っている。ココの暦ではまだ1年らしいが…。クズルの現在の年齢は17万3千。神の中で真ん中あたりだ。まあそれでも、私よりは年上なのだけどね」

 そこまで言葉にして、軽く溜息をつく。それから、2人が対峙している上空を見上げる。

「…一番のバカはクズルだよ」

 そう言葉を発したレーヴェルにつられて、少女たちが上を見上げる。すると、上から落下してくる浩司の姿が見えた。
 それを見て、はあ、と溜息をつきながら「馬鹿者」と言い、危ない、と少女たちが悲鳴を上げようとしたその瞬間、ぱちん、と指を鳴らすと、その落下速度が弱まる。

「いつまで同じことを繰り返すつもりなのだお前は」
「…レーヴェル…?」

 浩司の体が、ぽす、と緩やかに落ちる。地面に体を落とされ、それから浩司は体を起こす。

「…大丈夫か」
「あぁ、どうって事ない…って、何だもしかして、私のことをバラしてたのか、レーヴェル」
「あぁ、そうだが」
「じゃ…この姿は必要ないと見なして構わないか?」
「本気で、アレを封じるつもりならば、な」
「…本気だよ、私は」

 一人称の違う浩司の姿。それを見慣れない2人は、対応に困り、言葉を発すことが出来なかった。漠然と、神様だといわれて、一瞬にして存在が遠くなったのだ。
 ふと浩司を見て、その姿が違うことに気付く。

「浩司…?」
「あぁ、言い忘れていたな…。これが私だ。水神、クズル・レイェン。名塚、お前に話したヴィデラ神話の神だ」

 神話の中の神様。それが実在していて、目の前にいる。クズルと名乗った彼は、浩司とは、雰囲気が明らかに違った。落ち着いた中の厳しい感じを持つ者。

「まぁ、こうなった以上はやると覚悟しているんだが。この一帯を破壊しかねない…」
「…制御は出来んのか」
「基本的無理」

 レーヴェルに問われて、クズルは即答する。それにレーヴェルが険しい顔をすると、クズルが困ったように笑う。彼が笑った直後、がくん、とクズルの体制が崩れて、奏が「クズル!大丈夫!?」と声を荒げて近寄った。
 奏がクズル、と彼の名前を躊躇いもなく呼んだことに、麻奈は困惑したまま、その表情を変えることが出来なかった。

「…奏…あんた…」
「…ごめん、麻奈。騙してて。彼ね、浩司のイトコなんかじゃないの、これが浩司の…本当の姿だから」
「…あんた…知ってたんだね…?」
「いろいろな事情でね」

 色々な事情として、新聞に取り上げられた怪盗も私だよ、と奏は言う。似ていて当たり前だった。本人だったのだから。

「…奏、お前はここでこいつらを守れ」
「でも…」
「…いい。あいつは私が片付ける。レーヴェルもここで戦え」
「最高神に命令とはいい度胸だ」
「私より年下が何言うか」

 ぐりぐり、とレーヴェルの頭を固めながら、クズルは真澄と麻奈に申し訳なさそうな顔をして、言葉を紡いだ。

「まぁ、私が神だというのがいずれ判ってしまうとは、予測できていたんだ。だが、テュエラスやレーヴェルが来るとは思いもせんでな。騙していたことは、本当にすまないと思っている。だが… …!!!」

 話の途中、ひゅんっ、と紐のようなものが地面を叩いた。それを慌てて避けると、空から声が落ちてくる。

「のんびりとお話の時間は与えないつもりだよ、クズル?」
「あぁ、そうか。お前はせっかちだからな…。…あとは、頼んだ、奏」
「うん…判った」

 奏は、無事に帰ってきてね、とは言えなかった。存在が違う以上、その言葉を言ってはいけないと判っているから。
 クズルが、ふわり、と宙に浮いて、テュエラスと同じ高度で留まる。これを見ているだけでも、到底人間になどできないことだ、と驚くしかなかった。

 レーヴェルは、クズルが地を蹴ったのを確認すると、奏に向きなおり命令を下した。

「奏、お前は防護風陣を」
「判りました」
「…まさか…奏も…」
「彼女は、望まれない命だった。風神と人間の子供の子孫、香野一族の唯一の生き残り、風神ラーダスの子孫、香野 奏」

 それが、神々の間で彼女を呼ぶ時の名前だよ、とレーヴェルは眉間に皺をよせ、目じりを下げて笑った。
 ぴゅう、と奏が口笛を吹くと、吹いていた風が、遮断された。

「ご苦労」

 レーヴェルは奏に言うと、それからぶつぶつと呟きだす。少女たちには、恐らく呪文なのだ、と言うことだけは理解出来た。

「…奏…」
「ま、私も…そういう類で、さ。一応、人間なんだけど…気持ち悪いって、怖いって言われて、拒絶されてきて…。そんで…クズルと敵対するように命令されて、戦ってただけ」

 前風神ラーダスの子孫である、ということを知ったのは最近だった。それを聞いてから、自分が他の人と違うことに納得した。神の力を持つからなのだ、と。

「気持ち悪いでしょ、こういうの。クズルは神様なのに人間として過ごしてて、その姿を隠す必要があって。それで、なんとなく、境遇的に似てるし敵対者だし、ってことでこんな状態。今は、敵対したく無いから裏切り者なんだ。私は、世界を、終わらせたいとは思わないから」

 今にも泣きそうな笑顔を浮かべる奏に、真澄も麻奈も、言葉を口にすることが出来なかった。
 ぶつぶつ、と呟いていたレーヴェルが何も言葉を口にしなくなった。それと同時、彼女の周りを、青い風が舞う。それから、ぴりっ、と空気が揺れ、雷をまとった風が、テュエラスめがけて放たれた。
 テュエラスはそれを避け、一度レーヴェルを見ると、それからクズルの剣戟を浴びる。

「神だとか悪魔だとか人間だとか、 そんなもの、どうでもいいような気もするの」
「奏…」
「私のことは、嫌いになってもいいよ。もう、それには慣れてるから」

 拒絶されることは、もう慣れた。だから、大丈夫だ。彼らが自分を嫌いになってしまっても。
 奏がそれを口にしなくても、少年少女はそれを汲み取ってしまったようで、困った顔のまま何も言えずにいた。

 苛ついているレーヴェルの前に、光が突然現れる。

「セーフェ…!」

 その名を叫ぶと、奏もはっとして振り向く。かつて、浩司がクズルそのものであると口にした女性だ。光が形を作り出して、それが人へと変貌する。

「…セーフェ…さん…」
「確か…奏、だったな」
「セーフェ…一体何が起こってるか判るか?」
「一応は、了解済み。ただ…ノーベが主催に付いた」
「…ノーベが…」
「神々は、現在悪魔の軍制と交戦中。この学園の外でね」
「まさか…終幕と開幕のメンバーが変わったのか…?」
「終幕は主催の者だとはっきり判った。開幕は…、レイェン、フォーラ、ウィレール、リアズと私、ということになります」
「…フォーラ様が?!」

 奏は驚いて、目を見開いた。その奏を見て、セーフェは頷いた。

「初期、人類の破滅を望んでいた2神、フォーラとリアズはノーベによって仕組まれていたシナリオの中で動いていただけ。最終的な意味で、ノーベの望むこと…この世界を滅ぼすのだとわかった今、私たちに協力的な姿勢を見せています」
「…そんな…世界を滅ぼすって?!」

 説明をするセーフェに、麻奈が慌てて言葉を発した。少女の問いに、セーフェはそのままの意味だと返した。

「人類だけでなく、この世界全てを滅ぼし、初期から構築しなおすつもりなんだ」

 終わりの混沌と呼ばれるそれが、世界を滅ぼそうとしていて、それに加担しているのがノーベで。騙されていたのがフォーラやリアズ、そして奏やクズル。
 ノーベの描いたシナリオに、狂いはないのか。

「殺した後、私たちも其方へ向かいます」
「判った。それまではなんとか持ちこたえておく」
「…宜しく御願いします」

 そういうと、その姿は光になって消える。消えたことに驚いていると、レーヴェルが今のは幻術だ、と一言口にした。
 つまり、セーフェは幻術のみをこちらに向かわせて、フォーラたちと共に戦っている、ということになる。

「セーフェたちが外で戦っているのなら、この中を守るのは私たちだ」

 上空で戦う因縁の2人。彼らが共に本気を出せば、逃れられない破滅がある。

「クズルが本気になるかどうか、怪しい所なのだがな…」

 何があっても、クズルは本気を出そうとしない。神見習いのときはそうでもなかったのだ。過去と今との差は、一体何なのか。
 レーヴェルの中で、答えが出ない疑問が延々と回り続けていた。考えても答えはないのに、だ。

「私には…わかるはずも、ないんだろうな…」

 クズルと、年齢が違うから。彼と自分の時間があまりにも違いすぎるから、判らないのかもしれない。クズルにとって、自分は子供でしかないんだろう。それが、レーヴェルの結論だった。

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2005/10/14,15
(2010/04/05 加筆修正)
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