:: 09 old memories 前編 ::

「じゃあ…クズルは…」
「えぇ…浩司ですから、どう対処するかと…」
「神は…人間に正体がバレちゃいけないって…」
「…状況によっては、仕方が無いそうです」

 それはつまり、水神クズル・レイェンであるとバラす、ということなのだろうか。そんなことをしてしまったら、クズルは神としての一生を終える可能すらあるのだ。クズル・レイェンという神が消滅することになる。

「…レーヴェル様が居られるようなのでどうなるかは不明ですが」
「え…?」
「彼女…レーヴェル様の制約によっては、一生を終えなくて済みます。神々の総統者、最高神の命令はそれだけ力があるんです」

 現在の最高神は、年齢的には、まだ若い。クズルよりも年下だ。だが、最高神という肩書きを持つ以上、その力は絶大であり、神々の絶対なる存在だ。

「え、じゃ、もしかして…、クズルが生きることもできる…?」
「そうですね。でも、生きる、生きないという以前に、今も、襲撃される可能性は大いにあります」

 特に、貴方はね、とヴィリトは、口にすることは出来なかった。裏切り者として殺される可能性が高い彼女。それを、ヴィリトが守るよう、クズルに命令されている。
 だが、最高神がいると言うことは、それをしなくても済むのかもしれない。クズルであることを口外する必要があったとしても、最高神の権限でどうにかなるのかもしれないからだ。

◆ ◇ ◆

 浩司は生徒と客の喧騒の中、厨房と言う名の調理室に戻ると、麻奈に声をかけられた。もうそんな時間なのか、とほっとしたような溜息を吐きだしながら答えると、次は俺とバトンタッチだ、と真澄が言い出した。

「よし、頼んだ」
「おっしゃ、頼まれた!」
「じゃ、俺は気にかかることがあるんでさっさと退散しようかね」

 奏を守れとヴィリトに言ったはいいものの、彼はアレで女好き。奏に手出しされたらたまったもんじゃない。そう思っていたから、直ぐに奏の所へ向かおうとした。

 だが、一瞬にして切り替わった空気に、浩司はその鋭い眼差しを向けながら、しゅるり、とネクタイを解いて投げ捨てた。まだ仕事をするのか、と聞かれてある意味で仕事だ、とはっと笑って見せた。
 にこやかな表情をしているのだが、その中には険しい表情も混ざっている。そんな表情で、窓の外を見る浩司。その視線を辿って、麻奈と眞澄は窓の外を見る。
 浩司は軽く溜息を吐きだしながら、がしがしと頭を掻いて、自分の視線の先にいる存在に、一言呟いた。

「ま、予想はしてたんだがな」
「…久しいな…始まりの混沌」
「お前にはもう、一度も会いたくなかったよ…」

 浩司の視線の先にいたのは、漆黒の悪魔。クズルと対になるその存在。通称、終わりの混沌。本名、テュエラス・エヴィエール。
 クズル同様、全ての属性を使役する者。そして、神になれなかった者。

「罪人さん」

 浩司は、そう静かに紡いだのだった。

「ちょ…何コレ」

 麻奈の声は、言葉を失ったその場の人間の言葉そのものだった。その声に、浩司が思い出したように振り返って、真澄と麻奈に避難の指示を飛ばす。どうしてだ、と彼らが問おうと口を開くよりも先に、浩司が口を開いて、恐ろしい言葉を呟いた。

「…殺される前に」

 その言葉を理解するより先に、彼らは行動に移していた。人間の本能で動いたのだろう。
 テュエラスはそれを狙うようにぽぅ、と手に光を持つ。そして、その光と共にテュエラスは攻撃に移った。だが、浩司がそれに気付かないわけがない。テュエラスの前に立ちはだかるように仁王立ちをした。

「俺を忘れんなよ」
「すっかりさっぱり忘れていたよ…浩司くん」

◆ ◇ ◆

 ふと、気配に気づいたヴィリトが上空を見上げた。奏もその視線を追うように、その光景を見ていた。

「アイツ相手に浩司の姿のクズル様じゃ何も…!」
「な…あ、あの黒づくめ、そんなに強いの?!」
「クズル様と対等の終わりの混沌と呼ばれる者ですよ!? 人間の姿をしているクズル様じゃ圧倒的に不利です! けど…、もしかしてこうなるというなら…」

 最高神はこれすらも予測済みだったのだろうか。ヴィリトの頭の中には、色々な考えが渦巻いた。

「こうしちゃ居られない…!奏さん、僕と一緒に来て下さい!」
「え、あのちょっと…!!!」

 ぐっと奏の腕を引っ張って、ヴィリトはその場所から消えた。

◆ ◇ ◆

「…何故、人間の姿をしているんだい、君は」
「色々と事情があるんだよ。お前に言わなくともいいだろが」
「そうだね。それよりも…僕は君を殺しに来たんだし」
「…ノーベから、俺が水未浩司であると聞いたようだな。彼女はお前のなんだ?」
「ん、ノーベかい? ノーベなら僕の側近だけど」
「…やはり、そうか…。お前とノーベは『主催』か」

 その言葉に、ご名答、とテュエラスは呟いた。

◆ ◇ ◆

「ね、ねぇなんか…凄いことになってるんですけど」

 麻奈の声。それに同意する眞澄。彼らは浩司とテュエラスが対峙する光景を、避難した先であるグラウンドから見ていた。

「…なんか…知らないが…。魔法…?」
「何、魔法!? あんたそれ本気で言ってるの!?」
「だってそうだろ!明らかに…」

 人間の出来ることではない。真澄の頭の中には、怪盗を名乗っていた少女と、それと対峙していた青年を描いていた。
 まさか、もしかして、と今までの疑問が一瞬にして解決した気分にすら、陥っていた。

「…まさか…」
「なんか思い当たる節でもあった?」
「ほら、つい最近なんか怪盗とかいざこざあっただろ?」
「あぁ、確かにあったわね…。奏に似た女の子が…って…」

 奏に似た、少女。怪盗を名乗っていた少女。その姿が、どうしても何かを引っかからせていた。
 その最中、「麻奈!名塚くん!!!」と呼ぶ声が聞こえた。噂をすれば、来る。2人は声の主を向くと、更に仰天した。奏の後ろに居る羽耳のそれはなんだ、と。

「か、なで…?」
「な、何なんだ…後ろの…」
「ラヴィリト・リデスルス。宿業を負う妖精兼罪人。水未浩司の…使い魔です」
「使い魔って…」
「…正式には『水未浩司』という人間は存在しませんが」

 それを、言ってしまっていいのか? そう、奏が視線で訴えた。だが、ヴィリトは言っていいのだと、そう言う。その表情はどこか安心を覚えている表情に見えた。
 その表情に驚いていると、「私がそれを許したのだ」と別の声が聞こえてきた。それはもちろん、ヴィリトではない。かといってテュエラスでもない。そして、クズルでもなく。

「最高神、レーヴェル・セヴェンテスとは私のことだよ、奏」

 ヴィリトの後方に、長い銀糸を持つ少女のその姿があった。

Back | Top | Next
2005/10/14
(2010/04/05 加筆修正)
Copyright © 2005-2010 OzoneAsterisk All Rights Reserved.
OzoneAsterisk