:: 08 向かい風 後編 ::

 長い髪を、風がさらってゆく。夜の冷たい風が身に良く染みた。
 拒絶されるのには慣れていた。慣れていたはずなのに、昔のように無邪気になって、浩司の傍に居てずっと拒絶されなかったからか。拒絶されたような、そんな気持ちになるとやるせなくて、とても悲しくて。

「…このまま…飛び降り自殺でもしようかな…」

 そうすれば、この事件に巻き込まれた自分はいなくなる。クズルにとって、楽になるかもしれない。
 けれど、そう簡単に死ねるわけでもない。生死を彷徨った挙句に目を覚ます者も少なくは無いから。ほんの少しの確率で生きることも、十分にありえるから。

 だけど、賭けてもいいなと思った。死ぬこと、生きること、どっちかに転じるのは当たり前。じゃあ、死ぬ確率に賭けて飛び降りてみよう。
 そう思って、がっ、と足をかける。
 下を見ればいつも帰りに通る道。前を見れば綺麗な星空。そして、暖かな町並みの光。今まで、こんな景色を見たことはあっただろうか。

「…っ、ま…早まるな!!!」

 予期せぬ声に驚いて、奏は後ろを向く。

「…クズル…?どうして…」
「どうしても何も!死なれたら困るからに決まってるだろ?!」
「え…」

 屋上。そう聞いて、一番に頭に飛び込んだのは自殺の2文字。まさか、自殺をしないだろうと思いながら、あった後では困ると階段を全力疾走してきたのだ。

「この世界で魔法が使える人間は数少ない。それに私だって…この姿でなければ魔法が一切使えない。もしも奏が終幕側に着こうとも、それは私が決めることじゃない。それは判ってる。けど…けれどな!」

 人生を諦めることがどれだけ辛いことかを、知っている。だから、16年しか生きていない少女には未来がある。

「お前はまだ生まれて16年!私はもう生きたくないくらいに生きてるが、お前にはまだ未来があるだろうが! 今ここで諦めたら…今までお前が努力したことが全て、無駄になる…!」

 力を隠して、人間として頑張って振舞ってきたその努力。そして、こうしてクズルとであったことも。全て、無駄になる。

「……私は…その配置上、人間に加担するなという掟がある。だから、お前が死にたいのならそのまま落ちてしまえ。何があっても…私は責任なんかとらない、天上界に戻るだけだ。お前のことも忘れてやる。だが、私はお前のことが嫌いなわけじゃない。勘違いするなよ」
「わ…たしは…」

 今の苦痛から逃げたい一身で、自殺をしようかと考えた。先のこと、今までのこと。そんなこと考えていなかった。
 自分の努力が全てなくなる。今までの思い出が全て無くなる。そう考えると、自分という存在、自分の持つ記憶、それら全てが自分にしかない、そして大切なモノである。
 そう、思った。

「…それだけだ。死ぬのも生きるのも勝手にしろ」

 もう、これ以上お前には干渉しない。元より、人間に干渉することは禁止されているのだから。そう心の中で呟いて、クズルは踵を返してしまう。奏はそれを追うように、きゅっとクズルに抱きついた。

「…生きる道を、選ぶのか?」
「…うん」
「生きたいと、そう願うなら…終幕ではいられない…。それは、判ってるか?」
「…判ってるよ…。裏切り者になるって」

 殺される可能性も高くなるって。判ってるよ。ちゃんと。
 ぽつり、ぽつり、と聞こえてくる声に、安堵して胸を撫で下ろす。

「決意があるなら、死のうなんて思うなよ…もう…」
「…久しぶりに…拒絶されたと思って。それで…バカみたいに傷ついただけ…。クズルは…悪くないから…」
「…バカ」
「え…今、なんて」
「何でもない」
「何でもないって何よ!! 言ったこと繰り返したって減らないでしょ?!」
「減る減らんの問題じゃない」
「だったら言ってくれたって!!」
「…バカつったんだよ、バカ」
「な…! ―――!?」

 途端目の前が暗くなって、気付いたときにはクズルがこちらを向いていた。奏は、何が起きたのかと整理して、唇に微かに残る感覚に慌てる。

「な、なっ…」
「ご馳走様」
「…い、意地悪…!!!! 悪魔ぁああああああああ!!!!」
「残念、神様です」

 神様ってのは、気まぐれなんだよ。だけど、今のは嘘じゃないからな。
 顔を真っ赤にして慌てる奏を見ながら、自然とクズルの口元は緩んでいた。

◆ ◇ ◆

 ふ、と過る昨晩のこと。うつらうつらとした意識が覚醒してきて、ベッドに寝ている感覚を取り戻し、気付いて飛び起きる。それから周りを見回して、溜息をつく。
 朝日が柔らかく差していて、気持ちの良い朝だ。

「…何も無いってば…。昨日のことだってば…」

 昨日、死んでやろうかと屋上から飛び降りようとして。それから―――…。

「…それから…。 ………。うぁああ、思い出すな思い出すな私!!! 今日は文化祭最終日で午前中仕事!!! そう、仕事よ!仕事!」

 奏は自分を叱咤し、ベッドから飛び降りるように起きた。

 身支度を整え、日課になりつつある、朝に弱い浩司を起こしに乱闘。したいのだが、 昨日の今日で突入できずに、扉の前で身悶えする。暫く悩んだ末、今日は真正面から普通に行こうと決心し呼び鈴を鳴らす。そして扉が開いて、予期しない姿に叫び声をあげた。

「あぁ…はい…って奏…」
「ぎゃー!! なんで朝からクズルなのよ!?」
「…別に驚くことでも無いだろ、今更…」
「だってここは水未さんちですよクズルさん!!!」
「はいはい…判ったからとりあえず中入れ」

 よろけ下がった奏の腕を引っ張り、無理やり中に入れる。奏がシフトが午前なんだと抵抗をしても、まだ8時にもなってないだろうが、と欠伸をしながら扉の鍵を閉めてしまった。

「この時間帯に起きてるのが珍しいね」
「…言われて見れば珍しい」

 いつもは8時15分頃に奏が脅して起こす。それだけ朝に弱いはずなのに。

「…元の姿だからかな…」
「昨日一晩…?」
「ん、あぁ、そうだけど?」

 まだ眠たそうに再度欠伸をする。そんなに眠いのならまだ寝ていればいいのに、と思いながら、奏の脳裏には昨晩の出来ごとばかりが過っていた。
 思い込みが激しいかもしれないが、ああいう類のヤツはさらりと照れもせずやってのけるある意味の危険人物であって…。と考え込んでも仕方がないのだが、奏は考えることしかできないでいた。

「…無理!!!」
「何がだよ…」
「いや、こっちの話…うん…。クズルには何でもないのよ、うん、そう、なんでもないの…」

 無意識に言葉にしてしまった。口に出さないように気をつけなくては。

「昨日の夜風で熱ぶりかえしは勘弁だ」
「こっちも勘弁して欲しいわ…。んじゃ、何事も無いみたいなんで学校行きます」
「あぁ…また午後」
「うん、午後ね」

 平常心を保ちつつ水未家を出ると扉を閉めて、それから勢い良く走り出した。

◆ ◇ ◆

「あ、奏お早うー!」
「麻奈!」

 いきなり後ろから声をかけられて、心臓が飛び出るかのように驚く。誰だと慌てたことに対して、奏は損をした、とまで思ってしまった。

「そいえばさ、昨日…」
「な、何?」
「―――…一緒に居た男は誰」

 がしっ、と肩を掴まれ、何故か異常なほどに力の強い麻奈。奏は、思わず視線を泳がす。

「あんたには浩司くんが居るでしょうがぁああああああああああ!!!!」
「うわぁあああああああ?! え、えと…あの、浩司のイトコで…!」
「は、イトコ!?」
「そ、そう、イトコなのよ」

 そう言ったとき、奏は無意識のように心の中で御免クズル!と呟いていた。

◆ ◇ ◆

「…つ…かれた」

 無事に午前の仕事も終わり、奏がぐったりして更衣室から出てくる。

「あ、奏―――!」
「ん、あー…麻奈、どしたー?」
「えーっと、あぁそうあの、浩司くんのイトコ…だっけ?
その人が来てるんだけど…」
「?!?!!!」

 その言葉を聞いた途端、奏は走り出した。

 何でどうして何で居る!と焦りが表情に表れてしまいそうなくらいだった。浩司で来るのなら判る。午後は彼が仕事の時間だ。だが、クズルで来る理由がわからない。

「―――クズル!!!」
「あぁ…、奏さん」
「―――?!」

 彼は、奏にさんをつけることは無い。ということは誰だろうか。奏が自分のしたことに気付くよりも先、「ちょっとこっち来いあんた!!!」とクズルの姿をしているそれの襟首を引っ張って、裏庭に連行した。

「あんた、ヴィリト?」
「…あぁ、やっぱり判っちゃいました? クズル様に頼まれてちょっと…来たんですが」
「クズルに?」
「はい」

 浩司としてこれから仕事をするからだろうか。だからヴィリトに任せたのだろうか。納得のいかないまま、ヴィリトの話を聞くことにした。

「今日、今までで魔力が一番強く感じられているそうで…」
「それって…つまり襲撃…があるとか、そういう?」
「この魔力からして、そうだと思われますよ。クズル様は浩司の姿をしていなくてはなりませんので、代わりに僕がそれを伝達に参りました。それと…以前、容赦なしに攻撃したことのお詫びをと思いまして…」
「え…」
「同性ならほぼ容赦なく殺しにかかるんですが…。女性にあんなに傷を負わせてしまって…」
「あ、いや…別にもう気にして無いし…」
「でも…」
「気にしてないから気にして無いの!!!」

 クズルの姿で言葉遣いが違うものだから、妙な違和感を持ってしまう。姿が同じで校まで違うとどう対応していいものか判らなくなってしまう。
 思わず、元の姿に戻って!と口走って、ヴィリトが慌てて元の姿に戻った。その時の効果音がぽんっ、と言う可愛らしい音で、奏は笑ってしまった。

 目の前に現れたのは羽のような耳を持つ青年で、この世界にはまず存在しないであろう種族だというのは直ぐに判った。クズルにはさくらんぼ2つ分と聞いていたのだが、それが本当の姿というわけではなかったらしい。

「そして…、本日が決戦になる、という可能性もあるとのことで。魔力が強く感じられるのはクズル様以外の神が下界しているためであると見られています」
「それって…」
「ええ。火神フォーラ・スペンデラ、地神リアズ・ケーヴァス、風神ウィレール・レヴェー、黒神ノーベ・アルカニア、白神セーフェ・ディエリィ。そして、最高神レーヴェル・セヴェンテス。以上6神が現在進行でこの学園周辺に居るそうです」
「え…それって…」
「はい。天上界、及び神界に存在する、元素神全員です」

 そんなこと、奏は全く予想していなかった。クズルはそれを判っていたのだろうか。こうなる、ということを。

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2005/10/12,14
(2007/09/23,2010/03/21 加筆修正)
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