:: 08 向かい風 前編 ::

「―――クズル?」

 一点を凝視するクズル。何かあるのかと奏が名を呼ぶと、何でもないと彼は返す。

「…魔力の凝縮はあのハニワたちだったみたいだ。今は何もない」
「あ、そうなの…」
「全体を巡回して尚、結界系統の魔術・魔法は一切感じられない。私の仕事はコレでひと段落だ。残りは…一緒に回ってやってもいいが?」
「じゃ、遠慮なく!」

 にこやかに言う奏に、クズルは苦笑した。そういうだろうと、判っていた。

「…まぁ、たまにはこういう日があっても…いいか」

 ぽつり、と呟いた声は人々のざわめきにかき消された。

◆ ◇ ◆

 奏は麻奈に誘われて後夜祭に参加すると張り切っていた。クズルも行かないかと誘われたのだが、後夜祭は基本的に生徒のためのイベントだ。クズルである以上、参加は出来ない、と彼女に告げ、クズルはそのまま帰宅した。
 帰宅してすぐに、疲れた顔で椅子に座る。それと同時に、何事も無かったクズルの腕や顔に傷が浮かび上がってくる。

「騙しとおせたか…。奏には…見えていなかったから助かったような、ものなんだがな…」

 一点を凝視していたそのとき。奏には全く見えていなかったのだが、クズルのみを対象に攻撃が行われていた。それがあまりにも突然で、負った傷を一時的にどうにか隠すことしか出来なかった。その傷が、一時的な封印の時間を過ぎ、表面に現れてきたのだ。

「…奏…来たら驚くかな…」

 多分、また彼女は侵入を試みてくるはずだ。鍵をしていようがいまいが、彼女には無意味なもの。いとも簡単に彼女は鍵を開けてしまう。
 傷が予想以上に深く、痛みで顔が歪む。

「…回復魔法が唯一使えないってのが…苛立つ事だな…」

 満足に治癒もできない。
 本来水属性は唯一の回復属性。だが、彼は水を基本としてはいるものの、水だけでは無い為にそこまで能力が発達しないのだ。

「…驚かないでくれ…そういっても無理な話、だ…、な………」

 ふっ、とクズルの意識が途切れ、現実から切り離されていく。
 深い闇の底へ、彼は堕ちて行った。

◆ ◇ ◆

「水未さーん、起きてますかー?」

 夜中。後夜祭から帰宅した奏は、真っ先に浩司の家へ向かった。
 呼び鈴を鳴らして、在宅しているであろう人物を呼ぶ。だが、返答が全く無い。なのでいつもの恒例、不法侵入を試みる。だが、扉には鍵がかかっていなかった。

「…無用心ね…。閉めとこ」

 奏は中に入ると、鍵が開きっぱなしでは流石にまずいので鍵を閉めた。名を呼んでもまったく反応の無かったクズルは、居ない、のだろうか。

(居ないのに鍵開けっ放しはしないだろうしなぁ…)

 ブツブツと呟きながらリビングへ向かうと、机に伏せりながら寝ているクズルの姿を発見する。連れまわしたからだろうか、疲れて眠ってしまったのかもしれない。起こしてしまうのも悪いと思ったのだが、やはりそこは魔が差し、起こそうとする。
 だが、起こすよりも先に、クズルの周りの黒く変色してしまっているそれに気付く。

「うそ…なんで…?」

 それは明らかに血。変色はしたものの、血だった。それに驚いていると、起こそうとはしたが、起きていなかったクズルが目を覚ました。

「………―――……奏…?」

 水神は、寝ぼけ眼であくびをして、やはり侵入をしてきた少女におはよう、と笑いながら挨拶した。
 だが、少女はその挨拶に言葉を返すことが出来ず、ただただ怪我に驚いていた。

「クズル…怪我して…!!!」
「…あ。いや、そんな深くもないし…」
「だったらこの血は何!? 何なんですかこの血は!!」

 そう指差し言われ、一度それを見てクズルは視線を逸らす。答えるわけにはいかなかった。
 視線を逸らし、逃げようとするクズルの視線をぐりんっと奏自身へ向ける。

「まだ傷ふさがってないじゃない…!!」
「こんなもん直ぐに治る。心配すんな」
「するなといわれてしないほうがおかしいわ!こんなに血痕が残ってるのに!」
「お前なんかに心配されるほど俺は弱くないんだよ!」

 クズルは、自身が発した言葉にはっとして奏を見た。言いすぎた、と直ぐに気付いたのだ。それを謝ろうと口を開いた。
 昔は、こんなに心配されることなんて無くて。だから妙で、こうしてきつく言ってしまったのだ、と。
 弁明しようと口を開いたと同時に、奏が、乱暴に扉を開けて出て行ってしまった。弁明のタイミングを逃してしまった。

「…感情的になると…一人称が元に戻るというか。神をしていて、もうこの姿で俺ということもなくなったというのに…。いや、それよりも奏を探さなくては」

 彼女が終幕から開幕へ寝返った、と誰かが噂を始めたのならば、彼女が裏切り者として狙われることも少なくは無いのだ。
 家にしっかり鍵をして、それから探そうと廊下を走り出す。すると、階段のところで上から来たお隣のおばさんと鉢合わせになる。

「あら、浩司くんやないの」
「どうも…」
「あぁ、もしかしてさっき階段走ってった子でも追ってるん?」
「あ、はい…。あいつ、上っていったんですか?」
「そや。さっき7階にいたんやけどね、階段降りようとしたらいきなり駆け上がってる子が居るもんだからビックリ…」
「それで、7階に?」
「いや、ちゃうちゃう。それからまた階段上がってって…。屋上やろか?」
「…屋上ですか。有難う御座います」

 短く御礼を言って、浩司は階段を駆け上がっていく。その後姿を見て、おばさんが「若いってえぇなぁ〜」と呟いたのは言うまでも無かった。

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2005/10/12
(2010/03/21 加筆修正)
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