:: 05 氷山融解 後編 ::

 セーフェがこの異空間から姿を消す直前、笑っていたのは見間違いではない。そう思いたかったのかもしれないけれど、確かに彼女は笑っていた。

「…さて」

 セーフェが消えたその水色世界。そこに残るのは、クズルと、奏。敵対者である二人だ。

「今の話、聞いていただろう?」
「…うん」
「それでも、お前は『終幕』側につくか?」

 それとも、クズルの『開幕』側につくのか。2択しかない。『逃亡』『傍観』なんて選択肢は、ない。ここまで、踏み込んでしまったから。それは、奏も薄々気づいていた。彼女が身を置いている場所は、逃げることなどできない場所だということ。

「私の…この力が、人を滅ぼすためにあるって言われたときは、なんでか、嬉しいはずなのに苦しかった。本当は、あの人たち以外、殺したいなんて思ったことも無い。実際、あの学校に来て…楽しくて、何でこの世界を壊さなくちゃならないんだろうって、思ってた」

 楽しい場所を、奪いたくなかった。だけど、神は人間を殺せという。

「だから…っ、どっちが本当でどっちが偽物なのか判らなくて…!」

 人を殺すことが望みなのか?人を救うことが望みなのか? 奏は、自分がどっちを望んでいるのか、判らなかった。今でも判らない、と彼女は呟いた。

「殺すことが幸せなのか、救うことが幸せなのか。何も知らないまま、ただ機械みたいに動いてるのも、嫌だった」

 だから、せめてもと、昼間は、敵同士じゃなくて、クラスメイトとして過ごしていたかったのだ。
 そこまで話をして、そういえば、と奏は気付く。クズルが浩司?浩司がクズル? どちらなのだろうか、と。その疑問は問いとなって口から出ていた。

「どっちが、本物?」
「どっちも本物だ」
「ちゃんと答えて」

 さらりと流したクズルに奏が膨れる。それでは答えになっていないのだ。

「水神、クズルだ。私の別人格の方のな」
「…そう…。本当は…神様なのね…」

 『水未浩司』という存在はやはり現代には居ないのか。存在するのは『クズル・レイェン』という神なのか。

「貴方に、名前はないの?」
「私も、クズルと言う名しかない」
「…いや、それは本当の人格の所持者の名でしょ…。貴方自身を証明する名前は?」
「…そんなもの、貰った覚えも無い。私は…龍神でしかないのだから、名前など、不必要なものだ。―――…時間か」
「え?」
「…現代に戻ったら私は倒れる。私、ではないのだがな」

 ふっと口元だけでクズルが笑った直後、世界は暗転した。

◆ ◇ ◆

 はっとして、奏が目覚めた時に飛び込んできた風景。それは、浩司の…いや、クズルの家だった。どうやら異空間から戻ってきたようである。
 奏の目の前には水神クズルが倒れていて。あれが夢ではないのだと、再度確認させられる。

「…浩司…くん」

 浩司じゃ、ない。そう思うと、どうしても今までと同じように接すことが出来ない。ましてや、彼は敵として初めて出会い、そして今まで戦っていたのだから。

「…クズル…か…」

 敵対したことは、幾度かある。だけど、彼と浩司が同一人物であるなんて誰も考えていなかった。なぜなら…ヴィリトが浩司を演じていたからだ。

「…小細工、得意なのね…貴方」

 気を失っている彼に、聞こえては居ない。

◆ ◇ ◆

「…っ…う…」

 クズルは、頭を抱えて起き上がった。異常なほどに頭が痛い。

「…何があったん…だっ!?」

 全て言い終わる前に、クズルは自分に驚く。浩司の姿だったはずなのに、どうしてクズルの姿になっているのか。そう思って、彼は自分を凝視する。

「…何故」
「…それはこっちが聞きたいわ」

 その言葉に、クズルは驚きを隠せずに声の主を向く。そこには、奏がいた。

「…どういうことか、説明して」
「それは私が聞きたいぐらいだ。何故お前がここに居る。そして私は一体何をしていたん… ―――!!!」

 普通に会話をして忘れる所だった。今の姿はクズル。そして場所は…浩司、もといクズルの家。

「…一応、水龍のクズルとセーフェ・ディエリィから聞いたわ。水未浩司はクズル・レイェンだって」
「………………そう…、か」

 ついに、バレてしまった。水未浩司が本当はクズル・レイェンである、と隠す必要も、もうなくなった。

「ならば、こう聞かれただろう? 『終幕』側につくか、『開幕』側につくか」
「…今私の置かれてる状況は『終幕』側に属するって」
「…そうだ。私は…『開幕』側。そのどちらに付くのかはお前が決めること。だから私は何も言わない」
「…私…は」

 殺したいと思ったのは、あの、極一部の人間だった。だから、それ以外は殺したいとも思わない。特に、今の学校では。だから、終幕側にはつきたくない。

「『終幕』側には…付きたくない」
「では、『開幕』側につくか?」
「…それは…」
「今すぐに答えを出す必要は無い。ただ神々の戦いにお前は巻き込まれているだけなのだから…無理に、答えを出す必要は無い。だが、ここまで踏み入った以上、『脱走』と『観客』は許されない。それだけは…考えておいてくれ。…私の、ことも」
「え…?」
「…私が『水未浩司』であることは知っているんだろう?」
「…あ…」

 そのときのクズルの表情が、とても苦しそうだったのは気のせいだろうか。

「ならば、もう隠す必要もなくなったわけだ。今後どうするか、考えてくれ」
「もう、怪盗はしないと思う。その必要もなくなったから。だけど、その…クズル、さんは」
「無理にさんづけしなくていい。浩司とクズルが同一人物だとは誰も思うまい」

 そういって苦笑するクズルの顔は、浩司としてでもクズルとしてでも見たことがなかった。彼は少し楽しそうに、笑っていた。

「クズルは…どうするの?」
「この戦いが終わるまでは、『水未浩司』と『クズル・レイェン』を演じねばならん。戦いが終わるまでは、な」
「じゃあ…あの学校に居る…?」
「そのつもりだ。この近辺が最後の舞台になりそうだからな」
「じゃ、その…改めてよろしく…?」
「…そうなるな」

 互いは互いをじっと見た後、途端笑い出す。今までのことが嘘みたいだった。

「初めましてじゃなくて改めまして、よろしくね、クズル」
「それはこっちのセリフだが?」
「今までのこと、嘘みたい…。なんかすっきりしちゃった」

 そういう奏に、クズルは思わず笑みをこぼした。

「…まぁ、当分は浩司だがな」
「そうなの?」
「…この姿でうろつけるとおもうか?」
「…そうだね」

 その姿でうろついてたら本当に怪しいよ。それに、新聞にだって載ってるし、直ぐに人だかりが出来ちゃう、と奏は笑った。それもそうだな、とクズルが言って、2人してまた笑い始める。

「だったら、こっちのほうがいいのかな? よろしく、浩司」
「あぁ」

 クズルの姿でそう受け答えると、奏が笑う。それにつられてクズルも笑った。

Back | Top | Next
2005/09/12,16,22
(2010/02/10 加筆修正)
Copyright © 2005-2010 OzoneAsterisk All Rights Reserved.
OzoneAsterisk