:: 04 失って得た痛み 後編 ::


「…ったく、クズル様も酷いなー」

 紗久利の美術館へと急ぐ浩司inヴィリトはぶつぶつと文句を呟き、それからふと足を止めた。

「…僕の宿業は…他の妖精とは違ってるから…ってのもあるのかな…」

 だから、こうやって神の近くに居ることが出来るのかな。ただでさえ、異端なのに。

 ヴィリトは自分自身が起こした罪が大罪だと思っている。愛する人のためなら、その罪を被ると決めていた。自分が妖精である前、どんな存在だったかも判っている。その存在だったからこそ、今の宿業が特殊なのだ、と言い聞かせていた。

◆ ◇ ◆

「…なるほど、これが…」
「はい。この原石は遥か昔からそのように言われている石だと」
「…ならば…彼女が狙う理由も判らなく無いですね。神と同等の力を得るためか…否か…」
「え、あの…何かおっしゃいましたか?」
「…いや、こちらの話です。警備を怠らぬように」

 暗闇の中で照らす月明かりにうっすらと浮かび上がる銀糸。警備員と会話をしていたのは、一人の青年。その青年が暫し考え込むと、そこに、もう一人の来訪者が現れた。
 青年はその存在を臆することもなく、問うた。

「そこに居るのは、クズル・レイェンですね?」
「…ヘレヴァ」
「お久しぶりです、水神様」

 にこり、と含みのある笑みのヘレヴァと呼ばれた少年は、クズルに言う。

「ノーベから聞きましたか?」
「ヴィリトをこちらに向かわせたと同時にな。だから私がここに居るのだが」
「…そうですか。ならば話は早いでしょう」
「…すまないが、外で警備を」

 ヘレヴァの隣に居た警察官はクズルに言われて、そそくさと逃げ出すように居なくなった。

「彼女が、風の末裔である以上、こちら…天使にはあまり好き勝手動くことは許されません。いくら敵でも、神の力を継いでいるという時点で私たちよりも能力は数倍上ですからね」
「あいつは、簡潔にいってしまえば神の申し子…見習いというあたりか」
「でしょう? 一応、上に火神様が付いておられるようですから、申し分ないかと」
「だが、あいつは本当に人間が嫌いなのか…判らん」
「その様子…何かあったみたいですね?」
「…些細なことだがな」

◆ ◇ ◆

 ヴィリトが浩司になりきって紗久利美術館へ到着したとき、すでにそこは厳戒態勢。自分は水未浩司だと言ったら、すんなり通してもらえた。こういうあたりで警備が薄いのではないか、と案内されながらを考える。

(…つーか、本当いきなり呼ばれたから放置ってきちゃったしなー…。後でどうなるか…死にかけるのは想定しとかないと)

 これから起こる事と全く違うことを考えながら、その場所へ案内された。
 宝石の警備をしているその場所に案内されて、色々と説明を受ける。外に警備員は何人、警察は何人、通路は幾つあって―――と説明を流すように聞く。ヴィリトは話を聞かないでも、気配を探るだけで判る。だが、説明をすることを仕事としているのだろうから、話を聞くふりをした。

 話を聞き終えて、宝石の原石、今回のターゲットを見つめながら、新たな気配の到来を待つ。その気配は、退屈して待つ程の時間を待たずに現れた。

「…来た」

 ぽつり、と呟く浩司に、警官たちは反応を示す。だが、それに気付いたころにはばたりばたりと倒れる音が近づいてきて、さらに緊張感が高まる。だが、

「…めんどい」

 ぽつん、と呟いたその言葉に、その場の警官たちが一斉に浩司を向く。しかし、浩司は自分じゃない、と手を振る。では誰だ、と誰もが困惑したとき、その入口に、一つ影が見えた途端、ごっ、と風が舞った。
 これは、奏の風ではない。怒りの詰まった、風。奏以外の者の風といったら、この場に感じられる存在は一人しかいなかった。

「本当面倒なんだよいちいちさ。こっちにも用事ってものが存在してるんだ」

 そういって浩司の隣に降りてきたのは、ヘレヴァ、だった。

「…まったく、ただそれだけの為に全てを巻き込んで何がやりたいのかわからないね、フォーラは。何の罪もない子に人殺し紛いなことをさせて、宝石を盗んで。馬鹿馬鹿しいにも程があるんだよ、やり方は」
「ヘレヴァ…!?」

 浩司はその出現に驚きを隠せず、自分の隣のそれをまじまじと見た。それから、扉が開き、奏の姿が見えた。途端、強風が体を襲い、浩司とヘレヴァはその風を凌ぐようにして会話を続けた。

「そんなに驚くことですか。……浩司の化けの皮をかぶったヴィリト」
「いや…だって…。化けの皮は余計だ」

 思わず浩司は突っ込むが、ヘレヴァはそんなことなど気に留めていないようで、奏に向かって口を開いた。

「さっさと、こんな無駄な戦いは終わらせればいいんです。そうすれば…誰にも迷惑はかからない。この戦いで一番辛いのが誰だかも何も知らないで、貴方たちはそうしてバカみたいに戦ってることしか出来ないんですか」

 浩司と奏が、その言葉に動きを止めた。この戦いで、一番辛い人。その言葉が、妙に引っかかる。

「…自分だけが、って思わないでくださいね。もちろん僕だってそうですが、この僕よりも…もっと辛い方だって居るんですから。過去の記憶さえいじられ、本当の記憶を持たない、偽物の記憶しか無い人。自分が誰なのかも何もかもわからないのに戦ってる人。記憶を失うことがどれだけ怖いか、貴方たちはご存知ですか?」

 その人は、ずっと、本当の自分というものが判らなくて。今でも、悩まされていて。自身の能力は2つに分離して反発しあい、均衡が崩れれば自我を失い、死んでしまうというのに。

「その人に比べたら、貴方たちの戦いは比じゃない」

 その言葉が、終止符だった。その言葉と同時に、現段階の奏が扱える風よりも強いものが、奏の風を止めた。

◆ ◇ ◆

 奏は、美しい銀糸の髪を持つ青年の強い力で、廊下の壁に叩きつけられそうになった。何とか自分の身だけは守って、闇に姿を晦まし、自宅へ帰った。

「…一番辛い人…」

 奏は、それがどうしても頭から離れなくて。何か、知っているような気がしてしかたがなかった。だけど、それが中々思い出せなかった。
 自分で思ってることが出てこない。判らない。

「確かに、私以外にももっと酷い状態の人が居る…。けど…私は…これでもってぐらいに、傷ついて…るのに…」

 だが奏は、一番辛い人、と聞いてそれを自分ではないと即座に思った。それは自分じゃない、他の誰か。その人が、一番傷ついて、悲しんで、苦しんでいる。そうなんだ、とどうしてか思えていた。
 もしかしたら、その気配を知っていたからなのかもしれない。奏自身が知っている存在の誰かなのかもしれない。
 だから、自分じゃないとだけは、直ぐに判ったのだろう。

◆ ◇ ◆

 天上を見上げて、何度も思い出す彼女との思い出。何度思い出してもそうだ。同じ想い出が脳裏を駆け巡る。
 彼女は最後になんていった? 苦しみの先には幸せがある? その言葉…ずっと信じて今まで生きてきた。それももう、疲れてしまった。

 浩司はベッドに横たわりながら、ぽつり、と小さく呟く。

「…レヴェーラ」

 その名は、前世最愛の姉にして、現世の恋人。姉であると知ったのは、彼女が、クズルを逃がしたときだ。それまで、かつての最高神、レヴェーラが前世の姉だなんて知らなかった。

「…俺は…一度も、一度も、姉さんって呼んだ事ないよな…、レヴェーラ…?」

 名を呼んだ者は、居るはずも無い。彼女が居なくなってそれだけの年月が、歳月が経っている。

「…俺には…記憶が無いから、人間だったときも、レヴェーラが姉だったってことも…何も覚えて無いんだ…。知らないんだよ…何も…」

 知りたいのに、どうしても思い出したいのに。
 体を起して、勢い良く壁を殴る。殴ったところで、得られるのは拳にじんと伝わる痛みだけ。

「なんで…判らないんだよ…!」

 もう、得るものなんて一生無い。これから先、失うだけの人生だ。

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2005/09/11,12
(2008/04/27,2010/01/23 加筆修正)
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