:: 04 失って得た痛み 前編 ::


「…全く…あの水神と来たら」

 天上界と呼ばれる神の住まう世界。その神々の住まう世界の頂点となっている城、ベレンディールの廊下をつかつかと歩いている女神が居た。
 その容姿ときたら神にあるまじき姿。神の服を着ることもなく、かといって魔界の服を着るわけでもなく、人間界で着用されているような普通の服装だった。
 だが、誰一人とそれを咎める者は居ない。咎める事など出来ない。なぜならば、彼女は、最高神レーヴェル・セヴェンテス。本来なら最高神のみ住まう神界にいるはずなのだが、諸事情で彼女はベレンディールへ来ていた。

 今、ベレンディール城は、世界を構築する元を持つ元素神、水神、火神、地神、風神の4神が不在だ。その理由は、彼女もよく判っていた。
 その4神が最高神に許可なく、勝手におっぱじめた戦のせいだ。だが、彼女は止めようとも思わない。最高神として、世界を存在させるか消滅させるか、それを考えるいい時期だと、そう思っているからだ。
 今亡き『創造主』はこの世界を必要と思い構築した。だが、それが本当に正しかったことなのか、なんてこと誰にも判らない。
 人は闘争を繰り返す。それが止むことは無いということを、一番知っているのは、誰でもない元素神たち。

「…水神も水神だが…他も全くだ。この城を放置するとは!私の城を放置してこちらに来てしまったではないか!」

 元素神の居ない城は静かすぎるくらいだ、とレーヴェルは溜息を吐き出しながら足を止めた。 いつもならぴーちくぱーちくうるさい城で、天上界から神界へ他の神から連絡が来るほどでそれがほほえましく思えたのに。いないならいないで、とてもさびしい気持ちにさせてくれる。

「…私も…堕ちたものだ…。昔はこんなこと思いもせんかったと言うに…」

 もう一度溜息を吐き出して、足を踏み出す。そして、一つの扉の前で足を止め、その部屋に鍵がかかっていることを確認すると、レーヴェルは10歩ほど後ろに下がり、そこから勢いを付けて扉にとび蹴りを食らわしたのであった。

◆ ◇ ◆

「…っ…は…!?」

 勢い良く起き上がって、それから辺りを見回す。
 ここは、人間界だ。人間界以外、考えられない。そうであると判っているのに、彼は…どうしても、疑わずにはいられなかった。

「…いや…っ、何も無い…。無いんだ…何も」

 手に入れた全てのものを失った。残っていたのは自分の能力だけだった。その夢を見た。正確には彼の過去を思い出していた。
 クズルはふと、自分の姿に目が行く。

「…というより…私は浩司…だったはずだ。何故…私、になってるんだ…?」

 解いた記憶は無い。だが、クズルになっていた。思い出そうとしても、昨日のことが思い出せない。

「…今日…は…。日…曜日…」

 そういった直後、姿が浩司に変わってばたり、とまた倒れて寝た。

◆ ◇ ◆

「おっきろー」
「…う…ん…」
「おーきーろー」
「あと3時間…」
「起きろ―――――――――――――っ!!!!」
「うわっ!?」

 ドテっ、と鈍い音がして、驚いた浩司は頭をぶつけた。その衝撃で目が覚めて、浩司は自分の目を疑う。ぱちくり、と何度も動かして認識しようとするのだが、いかんせん寝起きだ。なかなか認識できなかった。
 寝ぼすけは、そこに誰がいるのかようやく気付いたらしい。間違えることのない若草色の髪。それは、奏だ。

「なっ、何でお前がここに入ってこれてるんだ…!?」
「何で、って。そりゃ怪盗を見くびっちゃダメよー」
「まさか…」
「多分、そのまさか」
「鍵開けたなぁああああああああああああ!?」
「ごっ名とぉーう!」

 奏が元気に声を張り上げると、浩司は不法侵入だ訴えてやる!と奏を捕まえようとする。どだだんばたたん、とマンションなのに暴れまわる高校生ズは、最終的に寝起きの方が負けた。
 養分もナシに暴れまわったためか、朝に弱いのか。どちらでもあるのかもしれない。奏を捕えられなかった浩司は、ぱったり倒れた。

「…う…ぅ…」
「うなされてるけど、大丈夫? 空腹恒例の腹痛?」

 そう奏が浩司に問うと、唸りが止まる。どうやら正解だったようだ。空腹過ぎて腹痛を起こしているらしい。

「朝ごはん食べてなかったんだね…。もう、お昼だけどさ」

 どんだけ寝てるの、と奏に言われて、浩司は返す言葉がなかった。そもそも昨晩何をしていたのかの記憶がない、と彼女に言ったところで答えは返ってこない。口を開くのを諦めて、閉ざす。

「…で、食べるの食べないの?」
「………………は?」

 1テンポ、いや2テンポほど遅れて反応し、顔を上げた目の前にはどうみても食事としか思えないそれがあった。これは?と問うと、作った、と答えが返ってくる。更にお前がか、と奏に問うとそう、と短く。
 じゃあ頂きます、と浩司は親指と人差し指の間に箸を挟んで合掌。空腹特有の腹痛に悩まされているそれは、神の威厳が全く感じられなかったのである。

「ど?」
「ん、美味い」
「伊達に1人暮らししちゃ居ないわよ」

 けたけた、と笑いながら言う奏に、その一人暮らしはいつからなのか聞きたくなった浩司は、その質問を口にしていた。
 その質問を受けて、奏の表情が一瞬強張る。だが、それも直ぐにいつもの表情に戻って、中学に上がるときくらいから、と答えが返ってきた。

 親戚にも嫌われ引き取り手は誰も居なくて。中学のときから1人暮らしを強要されていたも同然で。そんな状況で、奏は生きてきているのだ。

「お金だけは入れてくれたんだけどねー…。暮らしは1人」
「そうか…。…人間嫌いがこんなでいいのか?」
「は?」
「敵である俺に昼飯を作るなんて、って」
「…昼間は敵でもなんでもないもの」

 その言葉に、溜息を吐いて箸を置くと、浩司は言う。

「…本当にお前人間嫌いって感じしないなぁ…」
「…嫌いなものは嫌いよ。ただ…それが限定されるだけ」
「…過度では、ないんだな…私と違って…」
「え?」
「…いや、聞いてたとしても聞かなかったことにしてくれ。聞いてなかったなら思い出すな」

 週明けの昼飯は、いつもと違う味。それが、人間が嫌いという少女の料理。人間が嫌いだというのに、人の温かみすら感じられる料理。
 奏の神に似た力を持っていても、浩司が人ではない何かである、ということには気が付かないものなのだろうか。

◆ ◇ ◆

「…どっか行かないの?」
「何処にも行くつもりは毛頭無い。って、なんだその妙に悲しそうな顔は」
「や…人間味ないな、と」
「人間嫌いがいうか!」

 浩司にばしっ、と叩かれても尚、奏は笑っていた。

「…暇だー」
「…邪魔だ」
「…そっけないなぁ」

 そんな会話が何度あったことか。昼に奏が来てからというもの、ずっとこうだ。

「…あ、今日の仕事は?」
「…こっちはお前に合わせて仕事してるんだ」

 呆れながら宿題をざかざかとやる浩司に、それを奏は反対側から眺める。暫くそれを眺めて、短い溜息を吐き出すと同時に 「…紗久利(しゃくり)美術館」と、呟いた。

「…わざわざ俺に提示する必要があるか?」
「なんとなく。ただ盗むだけじゃつまらないから」
「…返り討ちにあっても知らんぞ」
「…あの時はたまたま…!」
「たまたま?」

 にやり、と含みのある笑みを浮かべる浩司に、奏は途端顔を赤くして伏せる。

「…なんでもないわよ、もう!」
「俺だけじゃ無いってことも考えておくんだな」

 浩司が喉で笑うと、奏は拳を突き出して浩司を殴ろうとする。が、それは失敗に終わった。

「…もういいわよ!今度は敵だからね!」

 そういうと、奏はばたばたと居なくなっていった。その姿を見ながら、嵐のようで荒らしのようだ、と溜息を吐きながら言って、夕暮れグラデーションの外を見る。

「…紗久利…か…。あそこには…全ての宝玉の原石が存在してる…。…何を、盗るっていうんだ…原石しか存在しない美術館だと言うのに…」

  いや、と思考を一度止めて転換する。

「…加工しないからこその原石もあったな…」

 そう考え、真っ先にヴィリトを喚ぶと、けだるそうに羽耳青年が姿を現す。

「…お前…何してた?」

 にこやかに黒い笑みの浩司に突然呼び出された羽耳青年=ヴィリトは自嘲する。

「…や、ちょっと…遊んでまして…」
「ほう」
「…で…その…」
「判った。その姿をしてるだけでわかった。残念だがこの後、紗久利の美術館に行って貰う」
「そ、そんなぁああ!!!」
「…女遊びするお前が悪いんだ」

 だからこれは、お仕置きだ。そうにこやかに言う浩司に、逆らうことが出来ないのがヴィリトであった。

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2005/09/09
(2010/01/20,23 加筆修正)
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