:: 03 風の末裔 ::


 ぶっすりと膨れっ面の浩司に、眞澄がその顔をのぞく。すると、浩司はそれに気づいて眞澄の顔面に鉄拳を打ちこんだ。

「…ど、どしたよお前…」

 顔に当たる寸前でどうにかとめると、眞澄はそう浩司に言った。ここ最近、浩司が不機嫌な顔をしている、と生徒の間でも専らの噂なのだ。どうして脹れっ面をしているのかと真澄に聞かれて、好きでこの顔をしているわけではない、と浩司は言葉を返した。

「ただでさえお前怖がられてるのにその顔は無いだろう、その顔は。もっと嫌われるぞ」
「嫌いたければ嫌えばいいだろう。俺に関係することじゃない」
「うわっ、孤立発言!」
「黙れ」

 本日二度目の鉄拳は見事に当たり、真澄の悲鳴が上がった。その一方で、女子たちは、最近の『例の事件』で騒ぎ立てていた。

「そうだよねー、なんかさ、この子奏ちゃんに似てるー」
「やーだー。そんな私綺麗じゃないってー」
「何言ってんのよこの子はっ!校内新聞で謎の美少女転校生って言われてるわよ!」

 そんな他愛もない会話。その『例の事件』は浩司にも、奏にも関係しているあの事件のことだ。

「…女子ども相変わらずだなぁ…」
「お前も相変わらずだな」
「…浩司にそういわれるとは思わなかったぜ」

 項垂れる眞澄をよそに、浩司は、情報収集を兼ねてその会話に耳だけを傾けることにした。

「…でさ! 良くこの子と対峙してるの見かけるこの人!」
「ね! 誰なのかなー!」
「私も知らないんだー」

 会話の中で上げられた張本人は、ため息をつく。厳密には『張本人』ではない。対峙しているのは『浩司』ではなく『クズル』なのだ。
 真澄は、女子は案外情報を持っていない、と不思議そうに口にした。浩司はぼうっとしながら、眞澄を見て再度ため息をつく。

「それはお前がそういう情報網を持ってるからだろ。親が捜査課の人間だからそう言う情報が嫌でも回ってきて、それを女子には伝えないから」
「そりゃさぁ…、一応、守秘義務がね…。女子は話しにくいし…」
「…そういえば…苦手だったんだな、お前」

 眞澄は警部を務める父の男手一つで育てられた子供のためか、女というものが苦手らしい。だからというわけか、どうしても女子とは話が出来ない。女子の前で言葉があまり出てこない。遠まわしに見るのならば大丈夫なのだが、いざ話を、となるとまったく出来ないのだ。

「…クズル…レイェンねぇ…」
「…神話の神名だ。それは前にも言っただろう?」
「言われたけどよ…。なんか納得いかねぇんだよ…」
「何がだ? その存在が実在していることか?」
「まぁ、それもあるけど…。なんか、なんていうか…気にくわねぇ…。あの怪盗まがいの女の名前だってわからないし…」
「…警察でもわからないのか」
「あぁ。情報一切無いらしいぜ。ただ予告状が届いてくるだけだってよ」

  その言葉に呆れながら浩司は横目で奏を見る。予告状なんて出していたのか、と今更に知った。

「それにしても名前を明記しない怪盗なんて存在してるのか?」
「いんや、今回のコイツだけだね。まぁ、歴史上…ってことになるか…。歴史にかかれてないこともあるからどうか、って感じだけど」
「…ヴィデラ神話もその一部だ」
「あぁ、クズルって神が出てくる神話のこと?」
「…この地球上に存在しない地名の神話。一応書物は残ってはいるらしいが、その書物がある図書館がわからない」
「図書館…にあるもんなのか? 博物館とかじゃなく?」

 その質問に浩司はふと、あれはそこまで重要なはずではない、と口にする。現世に伝わる神話としては非常にマイナーなものなのだ。
 聞き取れなかった、というように聞き返してくる真澄になんでもない、と返し、次の授業当たるだろ、と言うと真澄が大慌てでノートを開いた。

「うーわっ、ヤベェ! 次歴史!?どーすんべ俺! ってわけで教えろ浩司!」
「…結局は俺か…」

 まったく、と呆れながら真澄のノートを見て、教える。真澄に教えながら、浩司はウィデラ神話―――自身が神として物語に描かれている書物のことを考えていた。
 ウィデラ神話は、昨今に存在する神話でそれほど重要なものに数えられていないのに、何故かその書物は一切見つからない。神話の複製のものですら、この現代に存在していないのだ。

(…天界に帰ればあるか…? いや…帰ったところで何か変わるわけでも…)

「浩司! 2の3の19番!」
「はいはい…」

 そうして浩司が教えたおかげで次の時間、眞澄は安堵したとかしていないとか。

◆ ◇ ◆

 学校の屋上。そして現在昼休み。浩司は、ごろんと寝そべり、空を見上げていた。

「…青……水の色……そして…地球。水の惑星。守るべき場所。…守るべき…、私の…」

 地球は、クズルにとっての唯一の存在場所。地球という惑星は、地表が70%が水で覆われている惑星だ。
 目をつぶって考えても、浩司の脳裏に浮かぶのは水の世界だけ。水が滴る、地球が出来上がったころの地球。それは、先代の水神がクズルに残した地球の記憶だ。

 購買で買ってきた昼食を食べるべく、つむっていた目を開けると、浩司は途端飛び起きた。間違えることのない若草色の髪を持つ少女の姿があった。

「…っ、こ、香野…!?」
「やほー!」
「な、なんでここに…って名塚!?」

 奏の後ろに、沈没している眞澄の姿を見つける。その状況から考えるに、場所を教えろとか言われて強制連行されたのだろう。

「…おま…っ、酷い女…」
「名塚くんって女の子苦手なんでしょ? だったら克服するのにいいじゃない?」
「…悪女」
「なんですって?!」

 その一言で口喧嘩は大発展を始め、どたんばたんと喧嘩がおっぴろげられるその奥で、やはり眞澄は未だ沈没していた。
 数分して、その口喧嘩が落ち着き、浩司が溜息を吐き出すようにしながら一体何の用だ、と尋ねる。それと同時に、真澄には教室に戻っていいと告げる。それを聞いた真澄は、直ぐに階段を降りていった。

「ちょっと聞きたいことがあって」
「聞きたいことって…別に家が遠いわけでもないんだから…はぁ…。なんだよ、さっさと言え」
「…あ、その前にお昼」
「…食べてなかったのか…」
「浩司くんもでしょ?」
「…狙ってきたのか…?」

 訝しげに見ると、奏は何事も無かったように浩司の隣に座り、袋から昼食(と思われるもの)を出し、ぱくり、と食らいついた。

「で、聞きたいことって何だ」
「…ヴィデラ神話のこと」
「は?」

 昼食に手をかけた浩司が、その単語に思わず動きを止めた。

「…だって、あの男…クズルって言ったけ? クズルが如何して私の邪魔をするのかわからないし」
「そりゃ神だからだろ…」
「今回の事件に関与してる神なの?」
「俺がそこまで知ってると思うか?」
「思うから聞いてるんじゃない」
「…書物見たことないやつに聞くな。わかんねぇよ。ただ、俺の元に来たのはノーベとかいう闇の神だったけどな」
「…ノーベ…。ノーベ・アルカニア…?」
「…と名乗ったなあの女は」
「…だとすると…やっぱり、そっか…」
「何だ、何がそっか、なんだ。人に聞いておいて」

 勝手に納得をするものだから、いらっとして、浩司はぐにっと奏の頬をつねった。すると奏がばたばたと抵抗するのを見て、面白いヤツだと思いながら手を離した。

「…いや、フォーラ様から聞いてたのがクズルとノーベだったから」
「へぇ…どんな?」

 奏は、浩司に異様に黒いオーラがまとわり付いているのは、きっと気のせいだと思いながら話を続ける。

「元素属性を持っていても持ってなくても一番上に君臨する神がクズルで、最近世代交代した暗黒の支配神がノーベだって」
「…そうか」

 神にとって、属性は大切なものだった。その属性によってはどんなに力が強くでも負けることがある。奏は、フォーラから、クズルは水属性一本の癖にやたら強い、と聞かされていたと口にした。
 フォーラは神としては先輩に当たる、火の神だ。属性的には水が有利で、殆どフォーラが負けている。

 言われて見ればやたら強いかもしれない、と浩司は自分の能力を思い出し始めた。自我を失ったとき、浩司―――つまり、クズルの能力はやたらと強くなる。
 勿論のこと、自我を失えば、制御が利かない。制御が利かないと、自身で普段使える以上の力が出る。

 クズルの身の中には水龍(すいりゅう)とクズル自身が呼んでいる龍がいる。その龍が何かを切っ掛けとして呼び起こされると、クズルの意思とは反対に術者へ直接の攻撃を仕掛ける。だから、やたらに強いのだ。

 クズルも神になる以前は人であった。その時から、水龍を身に秘めていた。それは、彼自身も覚えている。過去に自分が何をしていたのかの記憶はない。ただ、それだけを覚えていた。
  その力が、天使や神になっても残っていた。神になってからは、その龍の力と神が持つ力が反発しあい、バランスが崩れると龍の力が具現する。それによって、とてつもない力を放出する。

「…戦いに於いては躊躇いなんか持ち合わせていないからな…」
「何か言った?」
「…いや、お前には関係ないことだ。他に用は?」
「んー、特にはないかなぁ…」
「それだけのために名塚に案内させんな」
「だってー」
「だっても何もない。アイツは女が苦手なんだから」
「どして?」
「男で一つで育てられたからだ。…って何で俺が答えてるんだよ」
「あはは」
「笑うな」

 再度頬をつねる。そしてまた奏はじたばたと暴れた。

「…何、頬弱い?」
「うっ…」
「図星か」

 にやり、と浩司が笑うのに対し、かっと赤くなって浩司に鉄拳制裁を加えようと拳を突き出すがそれはあえなく止められる。そして今度は口喧嘩に発展して昼休み終了のチャイムが鳴ったのだった。

◆ ◇ ◆

 帰宅し、見つけた姿に呆れてしまい仁王立ちになった浩司の前には、相変わらず神出鬼没なノーベが居た。
 浩司は、条件反射で今度はなんだ、と聞くと、ノーベがさも当たり前というような顔つきで、敵の少女の名前は香野 奏でしたよね?と問うた。それに対して頷くと、何かを思い出すように考え込み始めてしまった。

「黄緑色の髪…香野…奏…」
「どうした、何があった?」
「彼女…風、使いでした?」
「…あぁ」

 浩司の肯定に、ノーベはやっぱり、というように視線を一度逸らす。それから短く考え込んで、その視線を浩司へ向けて、彼女は末裔だ、と一言短く言った。
 その言葉に、何の、と問わずにはいられなかった。浩司は、それを問おうとしたが、ノーベは間髪入れずに説明を始めた。

「今の風神…ウィレール・レヴェーになる前の神…」
「…それは、ラーダス・マクエズス…だが?」

 浩司がさっと答えると、ノーベは過去の事実である「ラーダス・マクエズスは、殺された」ということを口にした。それがどうした、と判らない顔でいると、ノーベは、ラーダスが殺される前に人間界にいたことを口にした。

 その事実は、クズルの記憶にはなかった。黒神は歴史を前の黒神より継ぐため、神々の中で最も歴史を知っている。神の中で若年であろうとも、歴史の知識量は誰もが越すことのできないものなのだ。
 何故人間界にいたのか、と浩司が問うと、ノーベは一呼吸置いてから話し始めた。

「愛すべき者を守るためにです。ラーダスが愛した女性は、ラーダスの子を産んだんです。そして、その子供は神の力を備えて生まれた…。それが、何故か、引き継がれていってしまったんです…現在まで。彼女…奏は、その末裔です。ラーダスの子を産んだ女性の名は、香野 梨牡(りお)ですから…。だから、彼女が選ばれたんでしょう。元々人からかけ離れた能力を持っていますから…人から嫌われ、そしてそれが嫌になり、人というものを嫌っている…。現在の姿は…外面だけの人間…彼女の内部は凍て付いているでしょう」

 浩司は、そこまで話を聞いて、自分のことを考えた。今使っている『水未』の苗字。今使っている『浩司』の名前。それは、神になる前…正確に言えば、人間として死を迎える前、使っていた名。親によってつけられた名だ。

「…どうして…、水龍を使えた…?」

 それが、もとよりの『水未』の力だったのかもしれない。それならそれでいい。だが、両親にもそんな力はなかった。なのに、何故突然『水未浩司』に水龍を扱うことが出来るようになったのか、本人もそれを知らない。
 気付いたときにはもうその力が備わっていて、 気付かぬ間に、その力を扱えていたのだ。それが、当たり前だった。

「…私は…一体…」
「…レイェン神。貴方は今、人間ではありません。神です。水神、クズル・レイェン。…違いますか?」

 ノーベにそう言われて、浩司はふと我に返った。今は、クズル・レイェンという名の神だ。人間ではない。
 神になる前は神見習い、天使、天使見習い、とランクが下がっていくが、クズルと言う名を授かったときから、人間ではなくなっていた。

 何故、どうして、水龍という力を持っていたのだろう。そう考え始めた頭は、自分が『水未浩司』ではなく、水神『クズル・レイェン』であるからだ、と自分に言い聞かせる。今は、その問題をのんびり考えている暇はないのだ。

「そう…まだ思い出さなくて、よろしいんですよ…」

 悩み、頭を抱える浩司を見て、ふふふ、と静かに笑ったノーベの笑みは、神とは思えぬ邪悪な笑みだった。

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2005/08/02,25
(2010/01/06 加筆修正)
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