:: 02 歯車は廻る(後編) ::

「…弱い…」

 数多くの警備員の倒れた姿の中心部に、少女が立っていた。警備員が倒れている原因を作ったのは、彼女の他ならない。

「…いや…私が強い…」

 自分は強い、決して弱い存在ではない、と己に暗示をかけるように彼女は言うと、足早に目的地へ向かった。

◆ ◇ ◆

「…来る」

 そうヴィリトが呟いた途端、強烈な風が吹き荒れた。この風を持ってきたのは誰か、直ぐに判った。

「…香野…奏」

 小さく呟くヴィリトの声は、風の音でかき消される。

「…浩司…くん」

 浩司の姿を見て、悲しそうに彼の名を呟く。
 互いにそれは聞こえることは無かった。奏の風が、全ての音を持ち去ってしまった。

「…どいて」
「誰がどくか。これを守るのが俺の仕事だ」
「…それなら仕方ないわ」

 垂直に上げた手を、勢い良く振り下ろすと、とても強い風が舞う。普通の人間なら、立っていることなど不可能な程強い風。ヴィリトは済んでのところで持ちこたえ、声を張り上げて奏に問う。

「風神はそちら側にはついていないはずだ…! それなのに、何故お前は風を使うんだ…!?」

 普通、人間と言う存在ならば魔力を持っていても使いこなすことなどできない。考えられるのは、風の力を持つ神にその力を与えられた、ということ。
 だが、風をつかさどる風神は未だ、中立を保っているはずなのだ。だというのに、何故彼女に風の力があるのだろうか。

「…神様に聞いてみたら? 私がどんな存在か、直ぐに判るよ」

 奏は聞いてみたら?と問いかけたのだ。ヴィリトの頭の中で一つの答えが生まれる。風の力を与えられていないのにも関わらず扱える、ということは、彼女がその血族であるということだ。
  風―――つまり風神の力。ヴィリトには覚えがあった。過去にいた風神が犯した罪。その禁忌を思い出させるには十分な証拠だった。

「私以外の人間なんて滅んでしまえばいいのよ! 私は…私は…ッ…!!」
「…!」

 風の威力が急に増したのが、肌で直ぐに感じられた。警備員は既に、最初の突風で酸素濃度を薄められたせいか高山病と同じ様な症状で倒れこんでいた。だが、ヴィリトに酸素濃度は関係しない。
 ―――妖精、否、酸素を必要としない罪人(トガビト)だから。

 普通、人間だったら倒れてしまう。そう思っていた奏は、浩司が倒れないでその場にいることに驚きを隠せないでいた。

 妖精は酸素を必要としない。その代わりに、人間の負の感情で生きている。呼吸なんか要らない。目の前にいる奏の負の感情は、負の感情を餌としている妖精からでもおぞましいくらいだった。
  それほどの強い感情が目の前にあるのだ。宿業を負っている身でも、これだけの感情を力にすれば強靭な力になる。

 倒れない、ということに焦りを感じ、奏はただの突風で突き飛ばすことにした。それにはヴィリトも驚き、飛ばされてしまう。ヴィリトが感じたその風は、マッハにでも到達するかの強い風だった。

◆ ◇ ◆

 奏はどうにか宝石を奪取して、屋上への階段を上る。思っていたよりも力を消耗してしまったらしく、体が重たかった。
 屋上への扉を開けて、さて逃げるかと気持ちを切り替えたところで、屋上にいる一つの人影に気づいた。

「…待っていたよ、私の敵対者」

 その声に、奏はフォーラ神―――火神が言っていたことを思い出した。水神であるクズル・レイェンは我ら元素神で一番強い。会ってしまったら、勝ち目はないと思った方が良い、と。
 色合いからすれば、彼は水を表現するにふさわしい色合いをしていた。もし、本当に彼がその『クズル』であるのなら、今、奏が持っている力を遥かに上回る。

 元素神の中で一番の実力を持つ彼は、その実績が恐ろしいのだと聞いた。人間界で起こった戦争の大体を、彼が止めたと言われているそうだ。

「…クズル…レイェン…!?」
「…知っていたか。だが、それで何かが変わるわけではない。返してもらおうか」
「誰が返すもんですか…! 神は人間に関与してはいけないはずじゃないの!?」
「…そういうお前も神に関与された人間だが? 私は、この世界を守るため…そう、そのために居るんだ」

 水の惑星…地球を守るため。その為ならば多少は無理をする。姉が愛した世界を守るためなら、何でもすると決めていた。

 「…そのまま突っ切るわ!」

 神々に、奏の能力より遥かに上回ると言われた。だが、それでも負けるわけにはいかない。この世界を壊してしまいたいという思いが、奏を突き動かしていた。

「…手加減無用、とみなすが」
「絶対に…負けなんてしない!」

 その言葉に、そうか、とクズルが目を伏せながら呟いた直後に、突風が放たれ、クズルは激流を放った。
 その飛沫が跳ね返ってきて、体が濡れる。だが、それに驚いたり、慌てては勝てなどしない。もう一度、とアクションを起こそうとして、奏は自分の体に異変を感じ、術を中断しクズルの攻撃を避けた。

(…そうか…っ、さっき使いすぎて…!)

 彼女が浩司と思っているヴィリトとの戦いで、奏は力を使いすぎた。それゆえの出力低下。だから、クズルに攻撃を仕掛けられない。
  体制を崩した奏を見て、ヴィリトとの戦いで消耗しているのだと判った。それをぽつりと呟いたところで、彼女には聞こえていない。

「…それがこちらには好都合、ということだ」

 ヴィリトのおかげで、多少なりと魔力を抑えることが出来る。
 クズルは、その能力を使いすぎてしまうと、自身もその力の制御が出来ない。自分で持っている力に対して恐怖を感じている程だ。

 奏は、何とか保っていた意識が薄れゆくのを感じた。目の前が白くなる。それは、貧血と同じような症状だ。体中が気持ち悪くなる。
 完全に意識が途切れて、奏は倒れてしまう。その姿を見て、クズルは溜息を吐く。仕方なさそうに近寄り、奏の手からその宝石を取ると、それを上に思い切り投げた。投げられたその宝石は、青い光を帯びて空に溶けるように消えた。

「…これで、あとはあいつが何とかしてくれる…。問題は…香野か…」

 はぁ、と今度は短く溜息をついて、クズルは如何しようものかと考える。そう考えているとどたどたと走ってくる人間の足音。否、その気配。

「ヴィリ…「クズル様!!!」

 その存在の名を呼ぼうとして、クズルを呼ぶ声でかき消される。ヴィリトのほうが一歩早かった。

「一応、さっきの戻しはしたんだけど」
「戻しは、した…? 如何いう意味だ? 何か問題でもあったか?」
「…あの宝石、あまりにも、黒く染まりすぎてて」
「まさか…、あの類の…?」
「そうみたいで。それだけ彼女の闇が深いって事でしょ? 下手すると、神に成れるぐらいの闇を持ってるかもね」

 彼女が手にしていた宝石は、神になるために使われる事もある宝石の原石だった。神への昇格試験で、その原石を真っ黒に染め、それを己で壊すことで神の力を得る。本来はそうして神になるものだ。
 その原石を、彼女はとても黒く染め上げた。神になる資格を有している可能性があるのだ。

「…アホが。神になるにはその宝石が完全に黒く、それで居て尚、その宝石を破壊できなくてはならない。それが、こいつに出来ると思うか?」

 そういって人差し指で下を指すクズルに、ヴィリトはその指した方向を見る。そこには床に倒れている奏の姿があり、ヴィリトは首をかしげた。

「お前との戦いで力を使いすぎて、私と戦う力が残っていなかったわけだ。だが、如何すればいいかと思ってな」
「…如何するって、如何?」
「この後だ。このままここにおいて行くわけにも行かないだろう」
「…いっその事連れて帰ります?」
「私は構わないが、ヴィリト、お前は」
「どうせ僕は人形かなんかで存在することになるんでしょうから構わないですよ。
部屋の隅にでも」
「…判った」

 お前たち、いくら人間より年月生きてるからってそれは無いだろう。

◆ ◇ ◆

「…もう朝…か」

 いつも寝るベッドではなく、ソファの上でその夜を過ごしたクズルは、つらそうに体を起こし、浩司へと姿を変えた。
 恐らく、彼女はそろそろ起きてくるだろう。そう思って、浩司は彼女を寝かせている自分の寝室に足を運んだ。

 同時刻、奏は、ふと目が覚めて、勢い良く体を起こした。そこが自分の知らない天上で、どうしてここにいるのだろうと頭の中で考えて、答えが出なかった。それでも、何故だ、どうしてだ、と考えていると、扉が開いた。
  扉を開けた何処で寝ていたか不明なくせに寝てました的な格好の男、そして多分その男が普段使っているであろうベッドで寝ていた少女。双方が驚き、そして双方がため息を出す。

「…どういうこと…」
「…そういうことだ」

 平然と返すその男…浩司に、奏は訝しそうに浩司を見る。それから、奏は昨晩のことを思い出していた。

「…最後に…クズル・レイェンがいて…」

 力が足りず、気を失った。それは覚えている。だが、その後の記憶は一切無い。もしかして、と考えたことを口にした。

「…倒れた?」
「倒れた」

 的確に返す浩司に、奏は辺りを見回す。

「ここ、どこ」
「俺の家」
「へぇ………ってぇええええええええええええええええええ!?」
「黙れ。近所迷惑」

 スパンとハリセンで叩かれて、奏はこれが夢でないことを確認した。

「…え、で、ちょ、な」
「言葉になってないぞ。第一だな、お前が敵だとしても、いち人間。そして高校生。学校があるだろ学校が」
「え…? あ、う、うん?」
「で、ついでにあの場所に倒れたままだったら確実につかまっていた。それなら、役目を果たせないだろう」
「…」

 奏はただ呆然と浩司を見ていた。なんだ?と浩司に問われてから、呆然と見ていたことに気づく。

「あ、いや、敵…なのに、どうして…」
「さっきも言った。敵にせよそれは夜だけの話。日の上っている時間は敵ではない。かといって仲間でもないが」
「…そ…れで?」
「…お前が警察に捕まってでも見ろ。そうしたら確かにすぐこの戦いは終わってくれる。それは本当に楽だ。だがお前としてはどうだ? 満足に役目を果たすこともできず終わる。役目を負う者は役目が果たせないのが一番悲しい。…ただそれだけだ」

「で、でも何でわざわざ…」
「お前の家は知らんし、そのあたりの公園にでも放置するかとでも思ったが、それだとやはり怪しいことこの上ないからな」
「…」

 唖然として浩司を見る奏に、浩司が逆に睨み返す。

「今日はまだ水曜だ。今から急げば間に合うが?」
「えっ?何に?」
「…何をとぼけている。学校だ。学校」
「…て、えと…、あの…今何時?」
「6時半。8時半までだから時間はゆうにあるだろう?」
「…あ、うん…。そ、だね…」

 ゆっくりと立ち上がると、すっと浩司の横をすり抜ける。そして、ふとここは浩司の家であることは確かだが、地名的にはどこになるのだろう、と住所を問いかける。

「あ、ここの住所は?」
「…季ノ戯町1385のリヴィシェヒルズ508号」
「…え?」

 間違いを聞いたかのように、奏はとぼけた声を出す。その声に、浩司が逆に怪訝そうに尋ねてきた。

「何だ」
「リヴィシェヒルズ…?」
「そうだが?」

 直後、奏の大音量悲鳴が轟いたとか轟いてないとか。

◆ ◇ ◆

 はあ、と溜息を漏らすのは制服を着た浩司。そしてその隣には制服姿の奏。

「…その溜息はこっちのセリフ。まさか同じだなんて思いもしなかったわ。508号が浩司くんで、710号が私…だもんねぇ…」

 敵同士でありながら住んでいるところが同じ。…というよくあるパターンである。

「昼間は仲間じゃないけど、敵じゃないんでしょ?」
「あぁ、そうだが?」
「だったら、一緒に行ってもいい、よね?」
「…嫌といえどもお前は付いてくるだろうが」
「ご名答ー」

 けたけたと笑って、足早に歩いていた浩司に追いつく。そして、更に浩司が深く溜息をついたのを目撃したのは、その場所を通った三毛猫だった。

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2005/07/11
(2007/09/23,2009/11/19,2010/01/02 加筆修正)
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