* At Next Future *

「………俐咋」
「はい」

 結局、冬哉の家に行って、朝帰りとなった俐咋の前にいるのは、母。

「その格好で出て行ったの」
「……うん」
「風邪引くでしょ」
「ごめんなさい」
「で、夢の中の人とは和解できたの?」
「え?」
「いきなり飛び出していったんだから、俐咋がそれほど大切に思っていた人なんでしょう」
「ええっ!?」
「違った?」
「ち、違わない…けど…」
「まあ、娘が一晩帰って来ないのも不安だけど、きっとその人はいい人のはずだからこうして帰ってきたんでしょうし」
「え…? なんでいい人だなんて言い切るの?」
「さあ、なんでかしらね」

母には敵わない … これからも、ずっと。

 授業が終わって、みんなと帰路をゆく。その途中で、俐咋はごめん、寄るところがあるからと断りを入れる。その理由を知っているのは冠南だけで、マコトと熾音は不思議そうな顔をする。
 じゃあねと行って、本来帰る道と逆の路地を歩いてゆく。

 坂を登り、その途中にある集合住宅の一角のマンション。そこに彼は住んでいて、大学生が一人でマンションになんて住めるものなのかと思いながら、そのマンションに足を踏み入れる。

 ひとつの部屋の前にたどり着き、呼び鈴を鳴らすと、眠そうに「はい」と答える声がして、「私」とだけ短く言うと、扉が開く。そこには、本当に寝起きのような彼がいて、その姿に笑ってしまう。
 笑ったことにむっとされて、ごめん、と返すと部屋に足を踏み入れる。

「寝てたの?」
「ん…、まあ…。昨日、ちょっと飲み過ぎて」
「相変わらずお酒には強いんだ?」
「いや、昔ほど強くはねえけど…」
「え、うそだ」
「昔は魔力で酵素でも生成してたんじゃねーの。ねっむ…、ってそうだ、課題あったんだった」
「冬哉が大学生とか…。アカデミーにいた頃と全然違うよね、冬哉。勉強したがらないのは同じか。でも、なんで大学で教職課程とったの? 教師になりたいの?」
「俺にその理由を聞くか…」
「え?聞いちゃいけない?」

 何か特別に言えない理由でもあったのだろうか、と俐咋が不思議そうな顔をしていると、冬哉は溜息を吐き出して俐咋に問いかける。

「俐咋、俺とお前の歳の差を言ってみろ」
「ええと、私は17歳で、冬哉は22歳、だから5歳? ってうわ、5歳も離れてたんだ」
「おい、今更だな」
「だ、だってほら、冬哉がアルトだったとき私とあんまり年齢変わらなかったでしょ? だからそのままだと思ってて…あ、でもマザーワールドに来たときは、確かに違ってたんだっけ…」
「その歳の差だ。真面目にお前を探そうと思うとなると、俺より一つ下の学校にいることになるだろ。高校生なんだから」
「……まさかとは思うけど…、私を探すためだけに教職課程取って教育実習で来たの…?」

 おずおずと冬哉に問うと、冬哉はわずかに頬を紅潮させて、視線を右往左往させる。その反応からするに、どうやら本当にそのようで、そうまでして探そうとしていたことに、俐咋は驚きを隠せない。
 そんなにも大切に思われていたのか。それなのに、忘れていただなんて。申し訳ない。

「……あの、冬哉…。忘れてて、ごめんなさい。そんなにもあんたが、私のことを大切に思ってくれてるなんて考えてなくて…」
「俺だって自分で驚いたくらいだ。言っとくけど、この世界の俺は誰とも付き合ってねえぞ」
「……………え?」
「……言わせんな馬鹿。お前以外考えられなかったんだよ」

あいしている … だから考えられなかった。他の女と付き合うだなんて。

「冬哉、何悩んでるの」
「マグロのぶつ切りにするかさくにするか」
「ぶつならお吸い物、ねぎまでもいいわよね…。それは確かに悩む。あ、そうだタイムセールまであとどれくらいかな…15分くらい?」
「ん、そうだな。15分くらいしたら戻ってくるかー」
「うん、そうしよう」

「今更だけど、冬哉もやっぱり人間なのね」
「おま、俺をなんだと」
「だって、人間ではなかったでしょ。それに、唯さんや星治さんがいたから、買い物はほとんどしなかったし…。それに、冬哉が料理をするのがあまり想像できなかったっていうか。今はなれたけど、一種のカルチャーショックだったわよ。普通に食べれるモノが出てきたから、もっと驚いたけど」
「ひでえ…」

カルチャーショック … 冬哉が料理をするなんて信じられない。

『俐咋、お前今日授業は?』

 高校を卒業して、大学に進学して。特にコレという目標がないから、推薦で入れる大学に入った。そんな大学の授業の合間の休み時間。携帯に掛かってきた電話に出ると、第一声がそれだった。

「今終わったよ。教授が会議で休講になってるから今日はこれで終わり」
『よし、じゃあ迎えに行くから大学にいろ。20分待て』
「え、ちょ、仕事は?」
『終わった』
「うっそお。高校教師のくせにそりゃないわ」
『元々今日は早いんだっつーの。いいか、誰とも約束すんなよ!俺が先だからな!』
「ガキかあんたは!言われなくても優先順位は一番上よ!」

 こんな風に電話をしていると、友人たちは誰と電話しているのか分かっている。俐咋が年上に、友人と同じように接するのは一人しかいない。

 電話が切れて、溜息を吐き出す。その俐咋を、大学の友人である由希が笑う。

「もう、また?」
「うん、まあ…。朝のうちに言えってーの」
「何年目だっけ?」
「3年。5歳も年上だなんて思えないわよ…。いや、元からこういう奴だけど」
「結婚の予定は?」
「え? はあ!?」
「えっ?」
「えっ!? 私なんかおかしいこと言った?」
「いや、だって3年も付き合ってたら、年も年だし結婚くらい考えるかと思って…」
「…私、学生なんだけど」
「学生でも結婚する人はするじゃない。或河さんだったら問題ないんじゃないの?」
「……、結婚、ねえ」

(考えもしなかった)

 デスマスターとして生きていたことが長かったからだろうか。そんなこと、考えなかった。そもそも彼とは相入れるはずがないと思っていたのだ。

 それから20分しないうちについたと連絡があって、大学の裏門の方に向かう。車に寄りかかってぼーっと暇そうにしている俐咋の恋人を見る女学生たちの視線に、やはり見た目では気になる人が多いのだと再認識する。アカデミーでもそうだった。
 俐咋の姿に気づいた冬哉が、むすっとした。

「遅い」
「早いのよあんたが。しかも急だし…。朝に言ってよ」
「……寝起きが決していいとは言えないお前に、言っとけと」
「ああそうですね、私起きませんもんね!!起こしてくれたっていいでしょ!今日遅刻したし!」
「それはお前がいけねえんだろうがあああ!! って痴話喧嘩してるところじゃなかった。行くぞ」
「はいはい」

 どこに行くんだ、と車の中で聞く。いろんなところ、と答えが返って来る。買い物に付き合わされるのだろうか。普通は男性が女性の買い物に付き合わされる、というのだろうが、この二人の場合はそれがほぼ逆転している。

「……車、かあ」
「あ?なんだ、どうした」
「いや、免許取ったほうがいいのかなって思って」
「………、心配だ、お前が運転するとかやめろ。俺の心臓に悪いからやめろ」
「二度も言われた…」
「遠出したいなら俺に言えばいいだろ。手があいてりゃ送り迎えくらいしてやる」
「珍しいわね、あんたがそんな事言うなんて…」
「魔力が使えりゃひとっ飛びで転送だけどな、この世界にはそういう物自体が存在しねえんだから、しゃーねえだろ。それに、生憎と俺はお前を手放す気はない」
「………それってさ、デスマスターだったときにできないと思ってたことをする気? その…、絶対結ばれちゃいけないっていうのがなくなったから…」
「俐咋」
「な、何?」
「お前が大学出たらがいいか、学生のうちがいいか言え」
「えっ!? はい!?何が?!」
「……、お前分かりやすいんだよ。俺はいつでも構わないからお前の意志を尊重する。元々エンゲージリング買いに行く予定だったし」
「……はい? 今なんて…」

 聞き間違いがなければ、エンゲージリングーーー婚約指輪を買うと言った。
 ぽかんとしながら俐咋は冬哉を見る。何が面白いのか、彼はくすくすと笑っていた。

「おいおい、大丈夫かー? だから言っただろ、大学を出たらがいいか、学生のうちがいいかって」
「いやっ、でも……でもねえええ!唐突すぎるでしょ!? …結婚、だなんて…」
「結婚指輪じゃないぞー婚約指輪だぞー。けど、そうでもないだろ、もう3年目だし、お前は20だし。それに、お前が他の男に惚れるとは思ってないが、虫除けも兼ねてあったほうがいいだろ。指輪は最大の束縛だなんていわれもあるから、お前が嫌なら買わないけど」

 デスマスターであった頃の彼は、もっと強引だったのに。嫌ならいいと言ってくれるような人ではなかった。この世界で彼に出会ってから、驚かされてばかりだ。
 かつて出会った世界で、好きだと自覚してから、彼の思いを拒否し続けていたのに。それでもやはり彼は優しい。こういった優しさが好きだ。

「…もらえるなら、ほしい、な」
「あー、くそ、運転さえしてなければ顔真っ赤にして口ごもってる可愛い俐咋が見れたのに!」
「っちょ、ば、ばかじゃないのあんた!!」
「そりゃ俐咋のこと大好きだから馬鹿にもなる」

EngagedRing … 虫除けと、未来への布石。

「2Dディスプレイめんどくせえ…」
「…今更なこと言ってるわよねそれ」
「3Dだった俺に2Dはねえわ…。まあ、今の状況でそんなんあったらオーバーテクノロジーだな。仕方ねえけどさ…。自分がどれだけ発達した世界にいたのか、思い知らされるよ」
「うーん…。もしかして私が2セクターをベースに構築したから? 2セクターには3Dのパソコンなんてなかったから…」
「一理あるな、それ。俺の作業効率が落ちるのは俐咋のせいだ」
「えええ…、そこまでいう…?」
「というわけで俐咋さん、こっち来なさい」
「そんな理由付けするほどのことでもな…うわっ?!」
「……、お前に期待した俺が馬鹿だったわー。ほんと、女らしくねえよなお前。その驚きの声とか」
「…ほんと、突拍子も無いのは変わらないわね、あんたは」
「ほら俺基本的に狼だからー?ほーら逃げねえと食っちまうぞー?」
「ん、くすぐったいってば! もー、どうしたのよ」
「疲れたので癒されたくなりました。癒して」
「無理言わないでよ」
「眠い」
「っちょ、あんたどこに顔置い…っ」
「ん?言わせる?」
「あああ言わなくていい!言うな!」
「りさー、鼓動が早いですよー顔真っ赤ですよー」
「からかってるでしょ!!」
「うん。あー本気で眠い…」
「…明日も仕事でしょ?寝たら?」
「おや、珍しい。俐咋が俺を誘うとは」
「…とーや」
「……うん、ごめん。からかってるだけだから。お前だって判ってるだろ、それなのにいっちいち同じ反応されるとからかいたくなるもんでさあ。そういうところが可愛いんだよなあお前」

「可愛いなんて言わないで」 … それを言うのはあなたぐらいよ。

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2011/03/21
BGM 君に届け/君がいて
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