*19 囚われの太陽と無垢な月/後編 *

「夢を、見るの……。その夢に現れる人は、太陽みたいに暖かい人なんだけど、月みたいに神秘的な面もある。私の名前を、ずっと呼んでる。私は、その声に答えようとしたところで、いつも、夢が覚める。その夢に現れている人と、寸分狂わず似てる人が、今、うちの学校に教育実習で来てるの。その人、私のことを知ってて…、私は知らないのによ? デスマスターがどうとか、ただの人間がとか、お前の願いがとか言われたけど、よく分からない。私は知らないはずなのに、その雰囲気を、知ってる気がする。夢のことは前世のことだって言われたの、その人に。今の世界になる前の、自分自身だって。そんなのファンタジーよ」

 紅茶を飲みながら、母と話す。話すと言っても、一方的に俐咋が喋っている。信じてもらえるはずがない、そう不信感を持ったまま。

「ファンタジーかしら」
「え?」

 予想しない答えに、俐咋は紅茶を飲む手を止めた。

「あり得ない話ではないと思うのよ、そう言うの。今、俐咋の口からデスマスターって単語が出てきて、納得したし」
「え? な、納得って……。お母さん?」
「……ある日まで、夢を見てたのよ、私も。でも、それ半分は私の夢じゃなくて、おばあちゃんの夢、だったみたいなんだけどね」
「おばあちゃん……って、私の?」
「ううん、私のおばあちゃん。俐咋から言うと曾祖母ね。賀瀬佐恵子っていうんだけど、実は、マコトの曽祖父の雄希さんと結婚してるの」
「え……っ!? そ、それってマコトがええと……いとこじゃなくて、はとこ!はとこってこと!?」
「うん、そう。言ってなかったけどね。それまでは特に関係がなかったんだけど……。あ、ううん、関係がなかったわけじゃないわね。志座と賀瀬は、どちらもデスマスター一族である」
「え?」
「……夢の中で、おばあちゃんとおじいちゃんが私に話したの。お前はデスマスターとして世界を守るんだよって。でも、私はそんな世界を守るだなんて、したことないわ。少なからず、この世界にいる私はね」
「この、世界……」
「ええ。デスマスターという仕事をしていた私は、きっと、俐咋が見ていた夢の過去の話。その世界の実在の話だったんじゃないかって思ってる。少なくとも、私は、その俐咋の夢が偽物だとは思えない。同じのを何度も視るなんて、普通じゃないのくらいあんたにも分かるでしょ」
「うん……」
「だから、普通じゃない。でも偽物とは思えない。だから、本物だって思うわよ」

* * * * * * * *

 何が虚像なのか。何が実像なのか。
 夢の中に現れた人物と寸分狂わず似ている彼。彼に、俐咋は何か言おうとしていた。その言葉が出てこない。その言葉は、きっと、彼と俐咋を繋ぐ何か。

 ベッドに横たわり、月の光が挿し込む部屋で考える。
 彼が現れたあの夢は、実在の事柄であるとして仮定する。彼は近しい間柄だったのではないだろうか。少なくとも、夢の中で彼に対して丁寧語を使ったことはない。普段、友人に話をするのと同じように接していたからである。

 どうして思い出さない、と迫られたときの彼の表情。とても悲痛そうだった。悔しそうでもあった。彼がそんなふうに感情を見せるような間柄だった。きっと、そうだ。

 暗緑色の髪。あの色を、夢以外のどこで見たのだろう。見覚えはある。でも、それがどこなのかは思い出せない。夢で繰り返される話だってそうだ。いつのことだろう、どこで起きたことだろう。

 記憶を遡る。あの夢の風景は、どこだっただろうか。

 街を見下ろせる丘だった。空は青く澄んでいたが、その空にヒビが入った。まるで空がガラスであったかのように、割れていった。地面は地震のごとく揺れ、大地にもヒビが入った。そうして、周りの風景が平衡感覚のない空間に溶けてゆく。

 そして目の前に、彼がいる。彼は、光の粒子と共に、空間に溶けてゆく。彼に、俐咋は大丈夫?と問いかける。その答えは決まって、「大丈夫だって、心配してくれんのか」―――大丈夫だって、心配してくれんのか。大丈夫だ、そのまま願ってろよ。俺は生きる、何があっても。必ず会いに、行くよ。

「―――会いに、来た……?」

 彼は会いに行くと言って、消えた。そして、彼は現れた。会いに、来たのだ。彼は約束を果たしに現れた。必ず会いに行くという約束を。
 この約束を結んだのは、どこだった? 街を見下ろせる丘だった。そんな場所はあっただろうか。

「丘……、昔、マコトと遊んだ場所……!」

 ばさり、と布団を蹴飛ばして起き上がる。住宅街の坂を登った先に、公園がある。その一角は街を見下ろせる丘で、春には花見スポットになっている。
 俐咋は慌ててカーディガンを羽織って、家を飛び出す。母に何を言われるかは分からない。けれど、急がないといけない気がして、坂を駆け上がった。

* * * * * * * *

「こんなに綺麗だってーのに、興味のある人はいねーのなあ。家から見てんのかなあ」

 いつもより明るく、大きい月明かりに照らされながら、丘への坂を登る。次第に近づく月を、おー、と声をあげながら見る。手を伸ばせば届きそうで、届かない巨大な光。宇宙の中にある、一つの衛星。
 こんなにも綺麗な月を見たのは、初めてだ。

「あれ、人影? ってことは先客………… ッ!!」

 誰だろう、と思いながら登り切った先に見えた姿に、心臓が跳ね上がる。この丘は、世界を再構築する前の起点にして、最後に崩れた場所。彼らが、約束を交わして別れたところ。
 それを思い出したわけではないはずなのに、彼女はそこにいた。

 彼女はこちらに気づいておらず、月の前に佇むようにして、座っていた。
 その姿ははたから見ればとても寒そうだ。この寒空に寝間着とカーディガンを羽織っただけだなんて、風邪を引きに来たようなものだ。

「……、お前も月を見に来たのか?」
「……っ……!!!」

 彼が偶然を装って発した言葉に、彼女は酷く焦燥した顔で振り返った。その目からは大粒の雫が溢れ出る。溢れ出るそれを止める術を知らないとでも言うようにだ。

「おいおい、そんな服装で大丈夫かよ……。風邪引くぞ、ほらこれでも着てろ」

 見ていられない。彼は自身の上着を彼女にかけて、彼女の隣に座った。

「今日は月が綺麗なんだぜ。16年に一度のスーパーフルムーンが見れる日なんだ」
「……そう、なの」
「見に来た……ってわけじゃないよな。飛び出してきたって感じだ。喧嘩でもしたかー?」
「……したわ」
「ええええ……、本気で喧嘩したのか」
「……、あんたと、ここで一方的に消えたあんたに喧嘩を売った」
「…………俐咋」
「でも、私はそれを口にしなかった。あんたが、必ず会いに来ると言ったから。だから待ってた。でも、私は覚えてなかった。きっとそれは術と、あんたの魔力を取り込んだ代償。そうでしょ、ーーー冬哉」

 涙の止まらない顔のまま、彼女は笑う。彼が好きになった彼女は、強かった。今、こうして涙を流しているのが嘘のようだ。彼女は、こんな風に泣くこともあったのかと驚かされる。
 それと同時に、彼女が思い出したことにも驚かされる。

「……思い出したのか」
「全部じゃないけど、最後にあんたと約束をしたことくらいは。ただの夢が、現実であったという認識は、出来てる。実在したことで、それを起こしたのは、私であるってことも。走馬灯みたいだった。坂を登ると同時に、頭に流れこんできたの」
「……この場の、残留魔力ってやつかもな」
「ーーーうん、そうかも知れない。ここにこなければ、私はきっとあんたのことを思い出せないまま、連絡がつかなくなってたんだと思うと…怖いわ」

 怖い、といって彼女は笑って見せる。それは強がりであることだって知ってる。心配をかけさせないように被る仮面の一つ。そんな少女が、愛おしくてたまらない。
 彼は、彼女をきつく抱きしめた。

「と、や……?」
「……良かった、俐咋だ。俺の知ってる俐咋」
「……思い出せなくてごめんね」
「思い出したからいい。いいよ、謝るなよ……」
「うん、じゃあ謝らない。良かった、冬哉もちゃんといたんだね……」
「いるよ、ここに。俐咋……、いるよ、俺は、ここに……」

 抱きしめられて伝わる温もり。この温もりは、確かにデスマスターであった頃と変わらない。変わったのは、魔力を持たない人であること。魔法が使えなくなったこと。

「そうだ、冬哉、私、冬哉に言ってなかったことがあっ……んっ!?」
「……言わなくても、知ってる」
「…………、ずるい」

 言おうとしたことを遮った挙句、知ってるだなんてずるい。俐咋がそう言うと、冬哉はくすくすと声を立てて笑った。

「でも、言って欲しいかな。俐咋から、直接聞きたい」
「……あんた、いじめたいの?」
「元々サド気質です。好きな子ほどいじめたいってやつだよ」
「…………〜っ!」
「ほら、言いたいことがあるんだろ?」
「い、いじわる……! い、言わない! 絶対言わないわよ!」
「ほう?」

 冬哉がにやり、と効果音がつくような笑みを形成する。その笑みに、俐咋は本能で危険だと悟るが、がっちりと抱きしめられている今、逃げることなどできない。

「……天文学専攻するロマンチストなんだから、こういう時くらいそう言うのやめてくれれば、いいのに…」
「うーん、俺は俐咋が照れてるほうがとっても好きだから無理です」
「………ほんと、救いようがないわね。でも、そんな救いようがないあんたのことを好きな私も、救いようがないかもね」
「そこに愛は?」
「あるわ。これは恋じゃない」
「それは良かった」
「まあ、いつ見限るかは分からないけど… くしゅんっ」
「だあああ、だから風邪引くって!ったくもう」
「だって、こんなに寒いなんて思わなくて…。あ、冬哉の家までどれくらい?」
「は?坂の途中だから直ぐだけど…」
「じゃあうちより近いんだ。早く行こうよ、寒い」
「お前まさかうちに来る気……だよな、はあ、俺の性格分かってて言ってるよな? 明日、無事かどうかしらねえぞ…」
「とっくに知ってるわよ?」
「なら問題はねえな。ほら、行くぞ」
「……うん」

 月の光が、二人の影を伸ばす。離れて歩き出した影は次第に寄り添い、隙間を埋めた。

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2011/03/20
2012/07/11 修正

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