*19 囚われの太陽と無垢な月/中編 *

 マコトが家の用事で早退、冠南は学校代表でスピーチ大会、熾音は体調を崩しているらしく休み。友人たちが全員下校までいなかったのは、日直の日振りだった。休みを含めて6日振りだ。
 つまりそれは、教育実習生として来た彼が、過去の記憶だと話をしてから6日経った。今日は理系の授業がない日課で、朝から見ていない。学校内でもだ。
 ただそれだけのことなのに、ふと思い出してから気になって仕方がなかった。

 そんな思いと葛藤していても仕方がない、と俐咋は鞄に宿題を詰めて、椅子をしまう。気がついたら教室には誰もいなくて、 そんなにも長い間葛藤をしていたのだと気づいた。ふと窓の外を見れば、夕日が落ちゆく空だった。

「あ、賀瀬さん!ちょうど良かった!」

 声が聞こえて、扉を見る。そこには担任の姿があって、なんですか、と俐咋は返して見ると、担任の手は既にプリントの山になっていた。話を聞くと、教卓に今日回収した進路希望調査票を置き忘れていたのを取りに来たという。つまりは、この進路希望調査票を運ぶのを手伝ってくれ、ということだ。
 急ぎの用事があるわけでもないし、と俐咋はそれを了承して、自分の鞄と進路希望調査票の束を持って、理科準備室へ向かった。

 理科準備室の前で、手が空かない担任の代わりに扉を開けると、一つの視線と絡む。教育実習生の或河冬哉。今日もまだ残っていたらしい。
 担任の姿も見えて、その荷物の量に彼は慌てて椅子を立って、さも当然というように、俐咋が持っていた進路希望調査票も持ってしまった。その荷物を机に置きながら、彼は言う。

「追川先生、荷物が多いなら呼んでください、取りに行きますから」
「会議終わった後そのまま印刷してきたから、呼ぶにも呼べなくってねー。あ、進路希望調査票は今見るわ」
「了解です。どうぞ」

 まだ仕事があるのだろう、邪魔をするわけにはいかないし、生徒が聞いていい話はないだろう。そう思って、「私はこれで…」と立ち去ろうとすると、担任に引き止められる。

「賀瀬さん、コーヒーは好き?」
「嫌いじゃないですけど…」
「じゃあちょっとお茶でもしましょ。或河くん、コーヒーいれてー」
「えええ、俺が淹れるんですか。賀瀬さんがいれたほうが美味しいと思いますけど」
「……え?」

 彼の声に、二人が動きを止めた。その二人共がどうしてだ、という顔をした。答えを求めているのは恐らく担任だけで、その求めているであろう答えを、彼は言う。

「ああ、言ってませんでしたね。いとこなんですよ、俺と俐咋」
「な…、それ今まで黙ってたの!? 担任である私に!?」
「まあ、特にいう必要もありませんでしたし。な、俐咋ー?」
「え? あ、ああ…はい、うん、そ、そうです」

 いきなり何を言い出すんだ、と彼を睨むが飄々と笑うだけ。いとこだなんて嘘にも程がある。その一言で、俐咋が淹れることになった。

* * * * * * * *

 コーヒーを淹れて、ソファーに腰掛けて他愛も無い話をする。いとこのお兄さんがこんなじゃ大変でしょう、なんて聞かれても、俐咋にはそれを嘘で答えるしかなかった。

 淹れたコーヒーを飲み終わって、さて帰るかと思った矢先、担任がまた引き止める。今度はなんだと若干呆れ気味にしていると、「或河くんも帰りなさい。いとこなんだから送ってってあげなさいよー、暗くなってきたしね」と笑いながら言われた。
 その言葉に、彼は一瞬驚いて、礼を言う。仕方がないので彼が荷物を整えるのを待って、俐咋は彼と一緒に学校を出た。

「先生、歩きですか」
「地元だし」
「…そうですか」
「いとこだって嘘をついたこと、怒ってる?」
「怒ってはいませんけど…」
「納得行かない、って顔だな」

 ふふ、と笑い声がした。それにむっとしようとした俐咋に、彼は影を落とす。とっ、と壁に手を着き、この先へ俐咋を行かせないように閉じ込める。

 …同じようなことが、以前にもあった。

(でも、いつ?)

 確かに、彼と同じ人が、こうやって閉じ込めようとしたことがあった。この既視感は、なんだ。

「…俐咋」
「…な、んですか」
「俺のこと、思い出せない? 俺はずっと前から思い出してる。なんでお前だけ思い出さない? あの術はそんなにもお前の記憶をなくすほど影響があったのか?俺が力を貸したからか?」
「なに、言って…」
「この世界じゃ、俺もお前ももうデスマスターじゃない。ただの人間になった。これは、お前が望んだ世界そのものだろ…!?」

 デスマスター、ただの人間、お前が望んだ世界。彼の口から出た言葉に、俐咋の思考回路がストップする。何から情報を整理していけばいいのか分からない。

「……っ、悪ぃ、急かしても思い出せないもんは思い出せねえよな」
「…、ごめんなさい」
「同じ世界にいるなら、いつか思い出せるだろ。俺には、それを待つしか方法がないからさ…。ああ、ほら、家どっちだ、送ってく」
「…もう、直ぐですから、いいです」
「………そっか、気ぃつけて帰れよ」
「…、はい」

 彼と別れて、帰宅する。ただいま、と言った声が思いの外細く、母が居間から顔をのぞかせて確認した。声が聞こえなかったのかもしれない。

「……俐咋、あんた何かあった?」
「え?」
「聞かなくても、何かあったんでしょうけど。何があったの?」

 俐咋は母に聞かれて、この話をそのまま話してもきっと信じてもらえない。そんなファンタジーがあるわけがない、と否定されるだろうと考えた。
 俐咋自身もよく分かってないのだ。今何が起きているのかということも。夢の話だって、してない。

「……なんでも、ないよ」
「嘘つけー。話しても信じてもらえないって顔してる」
「な…っ!」
「ほら、こっち座って」
「……、うん…」

* * * * * * * *

「……、ただいま。つっても誰もいねえけどさ…」

 テレビと直線上に置かれているソファーの上に、鞄とジャケットを放り投げる。ネクタイを緩めて解くと、それも投げる。重さの問題で、ネクタイはソファーの背もたれにかからず、床に落ちた。それを気にすることもなく、冬哉は冷蔵庫を開けて晩ご飯を何にしようかと考える。

 一人暮らしの部屋。リタンダとして生きていた頃の自身の部屋よりも、生活感のある部屋。一人で何もかもをしなければいけないとなった時、もう少し料理なり家事をやっておけば良かったと後悔したのは言うまでもない話だった。

「しっかし、なんで俺だけが思い出して俐咋は何も思い出さねえんだ…。アーバインが俐咋の力封印してたみたいに誰かが封印して…、なんてことはねえよなあ…。俺だって今魔法使えねえし…。ああ、ほんと独り言増えたな俺。一人暮らしってこんなもんなのかな」

  再生をする時点での死者は、再生できない。それが、記憶がはっきり戻ってきてから気づいたことだった。気づいた頃には一人で暮らしていた。
 かつて戦神と謳われた父や、大悪魔であった母はどこにもいなかった。

(そりゃそうだ、父さんはあの時点ではもう生きてなかった。母さんだって、俺をチャイルドワールドに転送する時にアーバインの魔力を取り込んでたんだ。生きていたら、奇跡だっただろうな)
「はあ…、なんか報われねえなあ……。……鍋焼きうどんにでもするか。あー、俐咋の料理が食べたい…だぁああもう!ほんっとに俺、俐咋が恋しくてたまらねえわ!!自分でも気持ち悪いくらいだなおい!」

 はあ、と溜息をついて、しぶしぶ晩ご飯の準備をする。
 料理をしながら、何かを忘れているような気がして考える。天文学的に、何かのイベントがあったような気がした。専攻なのに覚えていないとは自分でも情けない、と嘆息する。
 ふと鍋の蓋を見て、思い出す。スーパーフルムーン、地球と月が最接近する日だ。

「……ああ、そうだ、今日はスーパーフルムーンだったか…。あの丘からだったら、綺麗に見えるだろうな。飯食ったら行ってみるか…」

 あと1日。明日が教育実習生として俐咋の目の前に現れるのが、最後だ。

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2011/03/19

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