*18 Last Wish/後編*

「俐咋」

 アーバインが呼ぶ声がした。その声に、俐咋はゆっくりと瞼を押し上げる。
 覚悟は決まった。自分の思いを正当化する時間は十分取れた。それを実行するために、ここにいる二人を一時的にでも騙す必要がある。騙す、なんて心苦しいことだけれど、仕方がないのだ、と言い聞かせる。

 アーバインの目を見て、俐咋は頷く。これが、1つ目の嘘にして2つ目の嘘。アーバインに対しては願いを叶えないという決別、冬哉に対しては願いをかなえると言う嘘。

 俐咋の頷きに、アーバインの表情が明るくなる。ふと見た冬哉の顔がこの世の絶望のような暗さを持っていた。叶えないよ、と冬哉を見て口を動かすが、彼には見えていないようだった。

 きん、と耳鳴りの様な音がしたと思うと、封印を解いたよ、と柔らかい声がする。ありがとう、と声に出してみると、声も出た。これで声の制限と、能力の制限どちらもが解除された。

「アーバイン、あなたの願いは?」
「…志座が賀瀬に思いを抱くことなく、どちらもデスマスターとなり、俐咋、君が俺の生涯のパートナーであるように過去を訂正してくれ」
「……判ったわ」

 判っている。けれど、その願いは叶えない。
 ぽう、と【フォーサイト・リング】に光が集う。オーパーツの使い方など知らないはずなのに、リングに吸い寄せられる光のように、使い方が脳に伝わってくる。
 俐咋がこれから願うのは、アーバインの願いではない。俐咋個人の願いだ。それを知らないアーバインは恍惚とした表情で俐咋を見て、集う光が強くなり、目が眩みそうになるほどになると、「俺の願いを叶えてくれ!」と天に願うように空を仰いだ。
 絶望から意識を覚醒させた冬哉は、「やめろ、俐咋!」と必死の形相で叫んだ。やはり先程のかなえない、という言葉は伝わっていなかったようだ。

 ―――かなえないよ。

 俐咋は、冬哉に判るように口許を動かし、一言だけ伝えた。本当に伝わっているかは分からない。けれど、願いを叶えるために集中しなければ。

 ぴしり、ぴしり、と空や大地のヒビが進行する。そのヒビの間からは淡い光が洩れてきていた。リングの周辺を包む光と、大地や空から現れる光で、目が眩んでしまいそうだった。

「ほう…、これが新世界の誕生か…。これで俺の長年の願いは叶う!俐咋!新しい世界の誕生の日を、俺たちの記念日にしようじゃないか!」

 至極嬉しそうに、恍惚とした表情のアーバインに、俐咋は眉尻を下げて、短く「ごめんね」と呟いた。その謝罪の意味が理解できず、アーバインが手を伸ばしながら「大丈夫か?」と尋ねてくる。
 その手が俐咋に届くか…というところで、光の粒子になってゆく。アーバインはそれすら、新世界のための構築なのだと受け入れてしまっていた。半分以上が粒子となって消えて来たとき、俐咋はもう一度「ごめんね」と言った。

「あなたの願いは叶えてあげられないのよ、アーバイン」
「は…?」
「私は、あなたの願いは叶えてないの」
「な…、それはどういう…ッ!?」

 ことだ、と続くはずであった言葉は、粒子となって消えたために聞き終えることはなかった。アーバインの存在が消えたのが俐咋に判った。これで元凶は消え去ったのだ。
 その安心からか、俐咋は立っていることが辛くなり、膝をつく。呆然とアーバインが消えてゆく様を見ていた冬哉が、慌てて近寄り、支えてくれる。

「…ありがと」
「俐咋、お前…何を望んだんだ。アーバインの願いを叶えたんじゃないのか…?」
「あんな願い叶えないわよ。アーバインの生涯の妻なんて、御免だもの」
「ったく…もう、心配させないでくれよ…」
「この世の終わりみたいな顔するから、びっくりしちゃった。 …ッ!!」

 急に走った激痛に、俐咋の呼吸が荒くなる。願いが重すぎたのだろうか。魔力が足りずに、命が魔力へ変換され始めたようだ。だけれど、それだけでは足りない気がする。叶えることが出来ない気がする。

「…俐咋、大丈夫か」
「あんまり、大丈夫じゃ、ない…かも…っ…しんな…」
「もしかして…生命力が変換され始めてるのか!? …っ何を願ったんだよ!」
「どんな種族でも、愛し合える世界でありますように。結ばれる世界で、ありますようにって…。デスマスター同士がだめなのも、これなら、どうにかなりそうだと思ったの」

 願いの内容を告げると、冬哉の目が一瞬見開かれた後、穏やかなものに変わった。「どうしたのよ」と俐咋が問うと、「嬉しいことをしやがるな、と思って」と返された。

「けど、今のままだとお前の生命力がなくなるだろ」
「うん、そうだね…」
「…我慢できるか?」
「? 何を?」
「違う種類の魔力が流れても、だ」

 その言葉に、冬哉が加勢しようとしているのが判った。けれど、俐咋と冬哉では魔力の波が違うのだ。以前、俐咋が魔力を使いすぎたために、ゼフィアの館に漂っていた冬哉の魔力を勝手に吸収した際、体調を崩したという前例がある。
 魔力の量によっては体調を崩すどころでは済まないかもしれない。ただでさえ違う波の魔力が流れることが普通ではありえないことなのだ。

「願いを叶えるためなら、ちょっと…じゃないかもしれないけど、それくらいの痛みは…どうにでも、なるわよ!」
「よく言った、えらいぞ」
「もう…、私そんな子供じゃないわよ」
「俺にしてみりゃ子供だよ」
「じゃあ冬哉はロリコンってことになるね」
「そう来るか。否定できないな」
「ばか、そこは否定しなさいよ」
「生きてる年数的には否定できないんだよ、って話。やるぞ」

 ぴり、と電流が流れる感覚がする。全身を駆け巡る魔力の波に、俐咋の体に力が入る。他人の魔力を取り込むなんてこと、普段は絶対しない。緊急の時ぐらいしか、しない。
 今は緊急だ。だから、我慢をしなくては。

 ぴき、とリングに亀裂が入り始める。これは成功なのか失敗なのか―――。その不安が頭を駆け巡っていると、魔力によって、意識が飛んで行きそうになる。その痛みに負けないようにと意識を維持しようと必死に堪えていると、ぱきん、と鈍い音が聞こえた。左手を見ると、指輪の姿がない。それと同時に、指先が光に包まれ始めた。

「…始まったな」
「はじ、まった…?」
「父さん、母さんは『均衡崩し』と呼んでいたんだ。その意味が一体何のことを指していたのか、漸く判ったよ。俐咋の…【フォーサイト・リング】による過去の改ざんのことだったんだな、と」

 その言葉と同時に冬哉の体が光に包まれ始める。何が起きているのか理解できない俐咋は、冬哉に「大丈夫?」と声をかけた。その声に、冬哉の笑い声がした。

「大丈夫だって、心配してくれんのか。大丈夫だ、そのまま願ってろよ。俺は生きる、何があっても。必ず会いに、行く…よ…」

 姿が掠れて、声も掠れて。この場所から姿を消した存在の名を呼んでも、反応など返ってこない。判り切っているのに、どうしてか、俐咋は冬哉の名前を呼ばずにはいられなかった。
 過去が改ざんされた世界で、会える保証なんてない。だからかもしれない。

 俐咋の体も光に包まれ、いよいよか、と独り言を呟く。それと同時に、意識が混濁してくる。魔力を使いすぎた影響なのか、他人の魔力を取り込んで使った影響なのか、はたまた、この術の影響なのか。その理由は判らないけれど、不思議と怖くはなかった。寧ろ、清々しいくらいだった。

「そういえば、最後まで言えなかったことがあったなあ…」

 消えてしまった存在、いつ会えるか判らない。最後にくらい、言っておけばよかった。

「ねえ、冬哉。私さ、あんたのこといつの間にか好きになってた。それを認めたくなくて…。好きになることが怖くて。デスマスターという存在である以上結ばれちゃいけないんだから…。だから、新しい世界を望んだのよ。新しい世界で会ったら、あんたに伝えたいことがあるんだ。…今度、言うね―――」

―――すきだよ、って。

 俐咋の最後の言葉は、言葉とならずに光の粒子と共に、消えていったのだった。

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2010/07/21,22

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