*17 過去と現在を繋ぐ記憶/後編*

「ねえ、俐咋」
「なに、アーバイン」

 俐咋は一歩ずつ後退しながら、アーバインはそれを追うように一歩ずつ進みながら、会話を交わす。じり、じり、と照りつける日差しのように一歩も譲らぬ攻防戦だった。

「君が愛しているマコトは、俺の分身なんだ。アーバインの本体は、マザーワールドの佐伯 泰樹。言うなれば、泰樹の分身がマコトとも言えるんだ。俺はね、マコトを通じて、ずっと君を見ていたんだ。だから、君がデスマスターであることは判っていたよ。マコトには教えなかったけれどね。ずっと待っていたんだ、君のこと。何千年も待ち望んだ【フォーサイト・リング】の使い手にして俺の一番大切な人だから…」

 言葉を口にしながら目を細めてはにかむアーバインに、俐咋の眼前でマコトの影が重なる。違う存在なのに、同じ表情をする。マコトがアーバインの分身だ、なんて言われても、信じられない。信じたくもなかった。
 俐咋はその言葉を口にしようとして、マコトの影が重なっていた。

(…アーバインは、マコトじゃない)

 自分自身に言い聞かせる。マコトはマコトで、アーバインはアーバインなのだ。生きていた年月が違って、考え方も違って、魔法が使えないマコトと使えるアーバインはやっぱり違う。

「マコトとは違う。あなたとマコトは違う。マコトは魔法や魔術なんて使えないし、ここが…チャイルドワールドが作られた世界だってことも、知らないのよ。知らなかったのよ。分身として作られたのかどうかは分からないけど、そうやって生を受けた時点で、あなたとマコトは違う存在よ!」

 張り上げられた俐咋の声に、アーバインの微笑みが崩れた。だらり、と腕も力なく落ちる。

「俺と、マコトが違うだって…?」
「違うよ。例えあなたと似ていて、あなたがマコトを乗っ取ることが出来るようにしていたとしても、意識は別物でしょ? だから、あなたとマコトは違うの」

 ぴしゃり、と何かが割れたような音が聞こえた。何の音だ、と俐咋が辺りを見回すと、空に大きな亀裂が入っていた。どうして亀裂が出来るのだ、と俐咋の頭の中はパニックを起こしそうになっていた。
 ふと冷静になって考える。元々この世界は創造主と呼ばれている或河 星治によって『創られた』世界だ。崩壊することがあっても、おかしくはない。

「違うわけがない!!」

 アーバインの叫び声に、ぴしゃん、とまた亀裂が増える。今度は地面だ。ぱし、ぴし、とガラスが割れるような音が聞こえて、俐咋の表情は焦燥に変わった。

「俺は、マコトは…同じなんだよ…! なあ、俐咋、マコトを愛しているのなら俺のことだって…!」

 焦燥しきった顔で、アーバインは手を伸ばして俐咋に駆け寄ろうとした。俐咋は、捕まったら終わりだ、と直感的に悟るとアーバインに背を向け全力で走り始める。
 追いつかれてはいけない、と後ろを振り向いたとき、ドオオン、と空を裂く大きな雷が落ちた。

* * * * * * * *

 轟音を伴った雷に、焦燥しきっているアーバインも驚きを隠せず、その場に尻もちをついていた。

「っ…、間に合ったか」
「…と…うや…」
「あー良かった、生きてるな」

 空を裂いた雷と同時に姿を現したのは、他の誰でもない冬哉だった。どうしてここにいるのだろう、どうしてここが判ったのだろう、と、俐咋の頭で処理が追いつかないでぼけっとした顔をしていると、冬哉が優しい笑みを零した。

「無事で何よりだ」
「え…、あ、うん…」

 何が起こったのだろう、と俐咋が疑問符を頭上に浮かべていると、冬哉が管理者となったことを教えてくれた。全権限を持つ状態ならば、敵はいない、と言って、その後に訂正する。この状況が打破できるかは分からない、と。

「アーバイン、お前の目的は判ってるよ」
「な…、んだと!」

 冬哉の存在を確認すると、アーバインは慌てて体制を立て直した。今すぐに魔法を扱えるように、何歩分も後退した。

「お前は魔界で除け者扱いされてるよな? 母さんから聞いてたから知ってる。居場所がなくて迷い込んだのが、このチャイルドワールドだった。違うか?」
「…っ…」
「悔しそうな顔して黙ってるなら正解なんだな。そのチャイルドワールドで、お前は俐咋の曽祖母に会った」

 その言葉に驚いたのはアーバインだけではなかった。自身の曽祖母の話など出るとは思っていなかった俐咋が、至極驚いた。

「その人に、優しくしてもらったんだよな。自分の居場所はここなんだと錯覚を覚えてしまうくらいに。だけど、この世界には、本来存在する物以外の『イレギュラー』を弾き出すプログラムが存在する。プログラムに気付かれたお前は、この世界から弾き出された。だけど、弾かれる前に一つだけ種を植えた。それがマコトの曽祖父にあたる―――」
「―――そう、志座 雄希(ゆうき)だ」

 冬哉とアーバイン両者の言葉に、俐咋は驚きを隠せなかった。自身の曽祖母だけではなく、幼馴染の曽祖父まで一連の事件に関わりがあったなんて、思いもしなかったのだ。

「志座 雄希に種を植えたお前は、それを通じてチャイルドワールドを、いや、賀瀬家を見続けていた。志座 雄希は4人兄弟の長男で、元々志座と賀瀬は昔から関わりのある一族だった。アーバイン、その理由は知ってるか?」
「初代ガイアマスターが志座家だったからだ」
「初代が…マコトの家…!? 私の家がずっと担当していたんじゃないの?!」

 俐咋の声に、冬哉がちらりと一度だけ俐咋を見た。その視線そのものが、それは違うと口にしている気すらした。
 冬哉は、アーバインに向かって「そこまで調べてたのか」と嘲笑を含んだ感嘆をした。それから俐咋を向いて、今の志座にガイアマスターを務めていた記録はない、と口にする。つまり、マコトはかつてチャイルドワールドを守っていた一族であるということを知らないのである。

 俐咋は、口を開けたままその場に立ち尽くした。

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2010/07/04

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