*17 過去と現在を繋ぐ記憶/前編*

 ぼうっとしていた意識が覚醒してゆく。それは普段通りの目覚めのようで、少々眠たかった。まだ寝ていたい、と寝がえりを打って、俐咋はどこで寝ていたのか気付いた。
 ゆっくりと、瞼を押し上げるようにして開いた双眸に映ったのは、青草。草原の上で寝ていたらしい。

 上体を起こし、辺りを見渡す。懐かしい空気で、その空気を吸い込むと同時にまた草原へ倒れ込んだ。まだ寝ていたいと体が下した命令に、俐咋は逆らうことをせず従った。
 だが、その命令は1つのイレギュラーによって危険信号を下した。身の毛がよだつような気配に、本能が反応をおこしたのだ。飛び起きて気配から離れるように後退する。
 その存在が誰なのか判らなかった。マコトなのか泰樹なのか。はたまた他の誰かなのか。

「俐咋、どうしたんだよ、そんなに警戒して」
「…あなたは、誰」
「誰…って、忘れたのかよ、俐咋。俺だよ、マコトだよ」
「本当にそうなの? そうは見えない」

 俐咋はすう、と目を細めてその存在を見る。姿は確かにマコトなのかもしれない。だが、俐咋はマコトではないと本能が告げていた。どうして疑うんだ、と口にして手を伸ばしてくる青年に、一歩ずつ後退する。
 滲みだす雰囲気、魔力。それらからして、マコトではないのは明確だった。マコトは魔力なんて持っていないのだから、魔力を感じるはずがないのである。

「マコトには魔力なんてない。彼はただの人間だもの。例え…、アーバインに支配されていたとしてもね」
「…そうか。気付いてたんだな、俐咋。マコトは俺の器だったってこと」
「つまり、あなた、アーバインなのね」

 本当にそっくりだ、と驚きを隠せないでいた。こんなにも姿が似ているなんて、もしかして、と別の憶測が飛び交う。マコト自体が彼の生まれ変わりだったのではないか、と。だからこそ、アーバインはマコトを器にすることが出来たのではないだろうか。

 ふ、と、アーバインの後ろに見える景色に、俐咋は声を失った。見えた景色は、もう戻ることが出来ないのではないかと思っていた、俐咋が本来生きる世界、2セクターだった。しかも、しっかり日本レイヤーだ。
 その場所にどうして存在しているのだろうか、と疑問が生まれる。2セクターを隔離し、管理下に置こうとしたのがアーバインであったからではないだろうか。その疑問を、俐咋は本人へぶつけてみることにした。

「2セクターを隔離したのは、あなた?」
「ああ、そうだよ。行動に移す時が来たからね。この時を、何千年と待ったんだ。やるときは素早くやらなきゃね」

 アーバインはふふふ、と子供のような笑顔を見せて、言葉を紡ぐ。
 何千年、という言葉に俐咋は目眩を起こしそうになった。そんなにも長い間生きていて、ただ一つの目的のために生きてきたのか、と。人ではないから出来ることなのかもしれない。

「俐咋を待っていたんだ。予言で、【フォーサイト・リング】の力を使える存在が生まれると聞いてから、とても楽しみにしていたんだよ」
「…そうだ、オーパーツ…!」

 アーバインが口にした俐咋のオーパーツの名前に、慌てて左手を見る。人差し指にはめていた指輪は、定位置になかった。ここだよ、とアーバインの声が聞こえて、視線を向ける。鎖に通された指輪が見えた。

「ちょっと、邪魔者をかわすために使ったんだ。勝手に持っていってごめんね、俐咋。返すよ」

 返す、という言葉に俐咋は驚いた。鎖ごと手渡されて、驚いた顔で受け取ると、どうしたんだよ、と笑顔を向けられた。まさか返してもらえるとは思わなかったのだ。そのことを口にすると、アーバインがまた笑った。

「だって、適合者は俐咋じゃないか。俺が持っていても―――その力は使えないんだから」

 すう、と目を細め、笑うアーバイン。それが急に怖くなった。嫌な予感がする。俐咋は【フォーサイト・リング】を嵌めて、その左手をきゅっと強く右手で握った。

 何かある。笑顔の裏の策略が、何かある。
 俐咋に影を落とすアーバインに、俐咋は一歩ずつ後退した。

* * * * * * * *

「っ…、…う…」

 こみ上げてくる酸味に、冬哉は思わず口を塞ぐ。浅く呼吸を繰り返し、落ち着いてきたところで、深い溜息を吐き出した。それを見ていたマラーナが関心したように「思っていた以上に、強いな」と呟いた。
 マラーナが口にした強さが一体何の強さなのか、冬哉には理解できなかった。

「やはりリタンダというだけある。いや、リタンダであることには意味はないのか。堕天使ティオスティーラの生まれ変わりと謳われた人間であった神とティオスティーラに悪魔にされた大悪魔を親とするからなのかもしれんな」
「…堕天使、ティオスティーラだと。ティオスティーラは大悪魔だったはずだろ」

 冬哉が星治から聞いていた話では、彼は五大悪魔と呼ばれる悪魔の一人だった。そして、ティオスティーラと同じく大悪魔であった一人が自分の母親である或河 唯ことリノスであるということも、その時聞いた話である。

「元々あやつは天使だった。大天使だったんだが、天上界を裏切ってな。最高神によって魔界へ追放された。正確に言えば、あやつ自身が悪魔と密接に関わっていたんだが。その時代は、天使と悪魔の仲は悪かったのだ」
「…ああ…、入ってきた歴史にあるな。母さんは…昔日本人で、廃墟と化した地球に住んでいたのか」

 自身に移植された記憶を覗いている為に、冬哉の目が空を見ていた。
 その姿を見て、マラーナが思い出したように「あまり、個人の歴史を見ない方が良い」と口にする。その声に冬哉の目には光が宿り、意識が戻ってきた。

「大悪魔や神となった者の歴史は全て記録されているのだ。良く言えば、暇つぶしにはなる。だが、記憶に意識を持って行かれないようにしろよ。世界と同化してしまうぞ」
「世界と、同化?」

 冬哉はマラーナの言葉を、疑問符を浮かべながら復唱する。世界と同化するという言葉が、新鮮だった。何かと同化するなんて言葉を聞いたことがなかったからなのだろう。
 同一とは違う、同化という言葉。それを口の中で転がしていると、マラーナが顔を顰めて理由を口にした。

「…世界そのものに、吸収されてしまう。気をつけろ。そうしたら、世界は終わりだ。決して同化するな。今、お前は自分の願いを叶えるために管理者になったのだろう?」
「ああ、そうだ。俐咋を救うために管理者になった」
「早く行け、アーバインとやらが小賢しいらしいが」
「―――ああ、行くよ。俐咋を…、俺の大切な人を助けに」

 冬哉の手から、ばちり、と火花が散る。それをマラーナはただじっと見ていた。本当に冬哉が管理者の力を扱えるのか、問題なく受け継いだのか。少なからず彼女には不安があった。強大な魔力を持つ冬哉だが、それを制御できなくては意味がない。

「あやつは2セクターにいる。俐咋もそこだ」
「サンキュ。それじゃ、行ってくるよ」
「ああ、気を付けて」

 ヴン、と空間が揺れて、冬哉の姿が揺らぐ。その姿が揺らぎながら消えていく様を見届けて、マラーナは溜息を吐きだしながら、口元に笑みを形成した。

「さすがだな、本当に。星治の息子…か…」

 その言葉は、誰もいない広い部屋に吸収されていったのだった。

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2010/07/02

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