*16 根底の支配者/後編*

 ゆっくりと下降して、見えた姿の近くに着地する。どうやら建物だったらしい。
 水の中に髪を揺らめかせて凛然と立っている存在。その存在に冬哉は近づいていった。

「或河 冬哉」

 あと10歩ぐらいか、と冬哉の頭の中で数えたその時、鮮明に声が聞こえた。しかも、冬哉の名前を呼ぶ声。水のように透き通った声で、冬哉はびくり、と背筋を震わせた。

「新たなる支配者、か」
「支配者…?」
「つまり管理者のことさ。ラヴィス=コンチェルサスの後を継ぐ者という意味でもあるが」
「…ラヴィスの?」
「この世の本当の管理者だった存在さ。お前の父の中に眠っていた精神体だがな。彼がずっと、この世界を守り続けていたのさ。お前の父にもしものことがあっても、世界の維持が出来るようにと、神々の願いを込めて」
「……神々…?」

 眉間にしわを寄せて、どうして神様がそこで出てくるのだ、と冬哉が聞いた。確かに星治は神だった。その周りの存在も神だとしておかしくないのだが、チャイルドワールドの創世には他の神も関わっているのだろうか。
 オーパーツの管理をしていると聞いたこともあるし、あながちそれは間違いではないのかもしれない。

「ここに来たということは、チャイルドワールドの管理者になるということで間違ってはいないだろうな?」
「ああ。間違ってない」

 即答された答えに、マラーナはふうと笑った。迷いはないようだ。

「では、お前に問おう。何故管理者を引き継ごうとする?」
「何故か…? そんなことを聞いてどうするんだ?」
「適性試験と思え。真面目に答えないと管理者にしないぞ」
「判った判った、答えるって。答えたらどうして聞いたのか教えてくれ。それくらいいいだろ」

 その言葉に、本当に星治にそっくりだ、と心の中で言葉にする。懐かしい存在を見出した感覚。でも冬哉は星治ではない。その血を引いている息子であるだけなのだ。
 答えを聞けたら、答えてやる。そう目を伏せながら言うと、青年は自身の中にある答えを吐き出した。

「理由は3つ。まず一つ目、大切な人達を守るため。二つ目、父さんが築き上げた世界を守り抜くため。そして最後、三つ目―――どうしようもなく愛しい少女を、守るため」

 その言葉に、マラーナは面食らった。さらさらと言葉にして見せる冬哉。全ての理由がとても個人的な理由だ。そして極めつけの最後。それは内容からしてみれば、星治にはすんなりと言えないような台詞。『どうしようもなく愛しい』だなんて、妻にさえ言ったことのない言葉だろう。そんな言葉を、息子は躊躇いもなく言うのだ。
 そんなことに驚いていてはいけない、と思いつつ、冬哉を星治と比べて見ていたのだと言うことに気付く。彼は息子であって本人ではないのだから、あり得ない話ではないのだ。

「その程度で、世界を守る気か?」
「―――その程度で悪かったな。俺が管理者になる理由はこれしかないんだよ。父さんと比べられるのだって嫌いだし、俺が父さんに及ぶわけがない。だから、管理者になってから考える。父さんがやってきたこと全て、俺が越えるぐらいに世界を守って見せるつもりだ」

 とりあえず、といったところか、とマラーナは冬哉を見据える。今現在どうして管理者になりたいのか、なってからどうするのか。それがはっきりしているのは流石だ。後者はまだ明確とは言い切れないのだが、父を超えると言っているのだから、頑張ってもらわねば。

「判った。お前を『第2支配者(セカンダリ・ルーラー)』に任命しよう」
「セカンダリ…って…、そういうふうに代を繋ぐものなのか?」
「ラヴィスは『第1支配者(プライマリ・ルーラー)』の名を持っていた。いや、私がそうした。だからお前もその名を引き継ぐがいい」
「……了承した。そういう慣習ってことだな」

 目を伏せがちにしながら、了解する。その了承の合図を見たマラーナは、冬哉を手招きした。本当の引き継ぎはこれからだ、と。

「お前の父が…いや、ラヴィスが管理していた全ての物を引き渡す必要がある。今から空間を飛ぶぞ」
「ま…っ、どうして聞いたのか答えてくれるんだろ」
「お前が管理者に適しているかどうか、目的ははっきりしているか、悪しき心を持つ者ではないか。それらを確認したかっただけだ」

 答えたぞ、だから飛ぶぞ。そうマラーナは言って、冬哉の手を取る。待ったを言わせない早さで、冬哉の目の前が暗転した。

* * * * * * * *

 ふ、と目が覚めて英数字の羅列が並ぶディスプレイが幾つも目に入った。ここはどこだ、自分の知っている場所か、と体を起こしてあたりを見回す。
 そこには先程の少女がいて、ディスプレイを眺めていた。

「なあ」
「起きたか。おはよう。思ったより早かったな」
「あ…、ああ、おはよ、う…」

 まさか挨拶をされるとは思わず、しどろもどろで挨拶を返す。思ったより早かった、と言われてどうしてだと聞くと、少女は星治よりも早かった、と答えた。ただそれだけなのだそうだ。
 少女はディスプレイから視線を逸らし、冬哉を見る。

「これから引き継ぎを執り行う」
「ああ、判った。何をすればいいんだ?」

 こんな場所で引き継ぎをするだなんて、信じられない。ただディスプレイが並んでいる機械の部屋。そんな場所で、何が出来ると言うのだろうか。

「今からお前の体内に、軽く電気を流す。普通の人間とは違うから、電気は痛みすら感じずに耐えられるだろう。その後、現存オーパーツの管理権限をお前に引き渡すために、印を刻むぞ。体の外には現れないから安心しろ。その印こそが、オーパーツの管理者であることの証明になる。それから」
「まだあるのか」
「お前の父がしてきたことの一かけらにしかすぎんぞ? それから、ここに蓄積されてきた全ての世界の歴史を一瞬でお前に刷り込む。恐ろしい情報量だから、気を失う可能性もある。上手く行ったとして、車酔いのような気分になるだろう」

 つまりここは歴史が蓄積されていた場所。ディスプレイを流れる文字の判読は出来ないが、少女には全て判っているのだろう。そして、今は亡き父も。

「ここにあるのは、チャイルドワールド創世からの全ての歴史。軽く千年分はあるだろう。お前がチャイルドワールドの管理者としてこちらの世界で生きるより前からの歴史だ」
「―――判った。それを全て受け入れて、歴史を理解しておかなきゃいけないんだな」

 世界を管理するという仕事は、決して楽ではないのだ。全てを知っていなければ始まらない。同じ過ちを起こさないために、全てを知っておく必要がある。そして、力のある者に扱える武器、オーパーツたちも、だ。

「暫く痛いかもしれないが、それくらい我慢しろよ」

 にい、と笑った少女の顔が、とても恐ろしく見えた。

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2010/05/29

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