*16 根底の支配者/前編*

 たゆたう意識。まるで布団に寝ていて、ぼうっと、眠気に誘われてゆくのと同じ。ふっと体から力が抜けて、寝るのか、と冬哉が認識したと同時、急に落下した。
 急速に落ちていく自分の四肢。それによって一瞬で目覚めた。体の向きを変えて、下を見る。するとそこには、大きな泉と1つの大樹が見えた。それはとても美しく、自分が落下しているのを忘れてしまうほど。

 その景色に見とれたまま、冬哉は吸い込まれるように泉に落下する。泉の中へ吸い込まれ、透き通った水が目の前に広がった。水面から光が差し込む。この美しさは、滅多に見れないものだ。
 そう感嘆して、ふと自分がどこまで落ちるのかと考えた。泉はとても深く、底が見えそうにない。もしかしてこれは、溺れるのか? そう思ったと同時に、体の中を危機感が支配する。
 冬哉は、慌てて自身の周りに膜を張った。一瞬で水が遮断される。水の中にいるのに触れられない、互いに侵略などできない。その状態になって、冬哉は、自分が飲みこんでいた水を吐き出した。

「げほ……、うわ、気付くのおっせえな俺」

 誰もいない海の様な泉の中。その中で浮遊しながら、自己嫌悪する。だいぶ水を飲みこんでしまっていたようで、胃の中の物を全て出すのではないかという勢いで水を吐き出した。
 それから、どうして自分がこんな状況になっているのか考え始めた。

「さて、意識が持ってかれたのは覚えてるが…」

 どうして泉が見えたのだろう。どうして大樹があったのだろう。ここは館の中ではなかったのだろうか。それに、ラヴィスの姿も見えない。
 上に上がるか、更に泉の底を目指すか。どうしようかと迷っていると、人の姿が見えた。それは冬哉が今いるところよりも深い場所。まるで、遺跡のような場所。
 こんなところに普通、人なんているわけない。そう思いながらも、冬哉はその人影を目指して降りて行った。

* * * * * * * *

 少女は水の中にいた。そこが一番落ち着く場所だったからだ。かつての大きな戦が起きた地。今となっては、泉の底になった、かつて海であった場所。
 ここは全ての始まりだった。世界が始まる全ての場所。創造主という名を授けられた少女がずっと住んでいる、時の流れの狂った場所。
 その場所の空間を割る気配がした。つまり誰かがこの世界へやってきたのだ。恐らくは、ラヴィスの誘導によって。

「……もう、そんな時期か。早いものだな」

 こぽり、と水が空気に包まれて動く。それを見ながら、恐らく今落下している最中であろう存在のことを考える。それは真っ逆さまにこの泉へ落ちてくるだろう。そして、泉の中に佇む少女を見つけるだろう。
 ふと、後ろから気配がした。比較的慣れているこの気配。それに対して、少女は右手を上げて無言で挨拶をする。その動作に、後ろからの気配が微笑んだ。

「やはりここにいたか、マラーナ」
「直ぐに判るお前も怖いな、ラヴィス」
「精神体同士、共感する物もあるんだろう」
「……そうだな。特にお前は今、死の淵にいるのだものな」
「その言い方はやめろ、虚しい」

 目を伏せて、言われる。言葉を選ぶことを間違えたか、とマラーナと呼ばれた少女は嘆息した。
 目の前にいる青年はとっくの昔に肉体を失って、精神体で生き続けている。それは創世してからそれを見続けていたマラーナと一緒だった。精神体同士、気も合う。

「だが、少年がここに辿り着けば、お前は完全に存在を消すことになるだろう?」
「あいつは少年か? まあ長寿なお前からすれば赤ん坊程にしか思えないんだろうけれどな…一応青年だぞ。あいつが本当の管理者になれば、維持のためにいる俺は、必要ない」
「『セイジが命を絶った場合でも世界を存続できるように、精神体であり、セイジを構成する1つであるラヴィスを世界の核とする』―――お前が言いだしたんだろうが」

 肉体を持つ星治がもし、何らかの理由で命を失った場合。星治が世界の核であるのならば、その世界は消えてなくなってしまう。
 不測の事態が発生して、大事な時に世界が壊れてしまったら。そんなことがあったら、オーパーツの管理場所として作ったチャイルドワールドごと、オーパーツが消えてしまう。それは神々として許せないことであった。
 だから、本当の管理者を作ることにした。

「それは妻でもなく、息子でもなく、兄弟といえる存在」
「その話を聞いたときに、適任だと思った。俺は本来数千年も前に死んでいるはずの存在。命の恩人に、返すことが出来るのならなんでもやると決めていたんだ。だから、チャイルドワールドでは俺が肉体をもって存在できるレベルまで魔力の力を引き上げた。そうだろ、引き上げた張本人?」
「―――判っていたのか、流石だな。お前が肉体を維持できて、なおかつ問題なく戦えるレベルにまで引き上げた。その環境設定は、確かに私がした。それをセイジにやらせたら、あいつが死んだときにお前の存在を維持できなくなるからな」
「星治の中に存在する、別の存在だからな。あくまでもあいつの中に生きてる。いや、生きていた、なのかもしれないな」
「どうしてそう思う?」
「実際、星治が死んでしまって、それでも生きているんだ。普通、当人が死んでしまえば、その中に生きている存在もいなくなるだろうが。それなのに、俺はまだ存在しているんだぞ」

 それは、とマラーナは溜息を吐き出しながら言葉にする。
 彼が完全に星治の中に生きているわけではないからなのだ。ラヴィスがチャイルドワールドの本当の管理者になると決まったとき、彼の存在を存続できるように、魔力で構築された肉体の半分をマラーナが構築した。だから、星治の魔力をもっていながら、マラーナの魔力を持ち、存在を維持している。

 そして、星治の力が、本人がいなくなっても解放されないようにしたのも、マラーナなのだ。その魔力を残しておけば、世界を繋ぎとめることが出来る。

「本当に、星治は核になったわけではないからだ」
「ただ、構築に携わっただけ、か?」
「厳密に言えば、そうなるんだろうな。ラヴィスという存在がセイジの中に生きていた以上、セイジが核であったのは確かなんだ。管理者であるラヴィスの宿り所だったんだ」
「まるで、俺が本体であったかの言いようだな」
「私からしてみれば、核はラヴィスだ。セイジではない」

 世界の核は、星治の命ではない。彼の中に宿っていたラヴィスという存在が本当の核だった。それを、星治は知っていたのか判らない。気付いてはいたのかもしれない。
 精神体であるラヴィスに肉体を与え、自分の中にいただけの精神体を外へ出す。マザーワールドでは存在できない精神体を、チャイルドワールドで存在できるようにした。それも全て、本当の管理者であったから故。

「さて、そろそろ少年がくるぞ」
「だから少年じゃないって…。来るなら仕方ない…俺は待つだけだ。あいつが管理者になるってことを」
「ああ、もうすぐ新しい管理者の誕生だ。しっかり眠れよ」

 眠れ、と言ったマラーナの言葉に、睡眠の眠れではないと理解した。永劫の眠りがやってくるのだ。どの世界からも、ついに消える。所謂、死を迎えるのだ。
 それを理解して、ラヴィスは「ああ、おやすみ」とマラーナに言った。それと同時に、水に姿を溶かす。

「……長い間、拘束して悪かったな、ラヴィス=コンチェルサス。神に愛されし悪魔―――…」

 少女の瞳から、大粒の雫が零れ落ちる。だがその雫は、直ぐに海の様な泉に溶けて消えた。

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2010/05/29

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