*15 Duel/後編*

『この館の最下層に、世界の根源たる塊があるの。そこに行くのがまず大変なんだけど』

 母の言葉が頭の中を支配する。冬哉が知らなかったチャイルドワールドの秘密。世界の管理者になることの重要性、そして、父の存在の重要性。
 それがどれだけの物であったのか、リノスは説明してくれた。

『この世界を作ったのは、星治。あなたの父親だと言ったわね? それに間違いはないわ。だけど、彼は1人でその世界を作ったわけじゃない。いくらなんでも1人で1つの世界を作るなんて出来るわけがないのよ。世界を作る力を持つ【創造主】の力を借りて、この世界を構築したの』

 創造主という存在。それは冬哉が父である星治のことだと思っていた。皆がそう呼ぶのだ。彼が世界を創った者だから、と。けれど実際は違って、世界を作ったのは本物の【創造主】。マザーワールドを創世した【創造主】。
 星治はチャイルドワールドの管理だけを任されていた。

『彼が管理者であった理由…。魔力だけではもう1つの世界を作れなかったから、彼の生命を世界そのものにしたからなのよ。これが、どういうことか判る? 星治という存在そのものがこの世界だったのよ。謂わばこの世界は、星治の体ってこと』

 世界が壊れれば、星治の体の調子は悪くなる。それをサポートする役目として、妻であるリノスがいた。そして、彼にもしものことがあった時のために、息子がいた。
 神と大悪魔の血を引いているのであれば、2人の力を超えている可能性があると【創造主】に言われた。事実として、息子である冬哉は恐ろしい魔力を秘めていた。

『元々、普通に子供が欲しくてあなたを産んだのだけど…。背負わせてしまうことになるとは思わなかった。産んでから数百年して、あなたが元気に駆け回っている頃に、チャイルドワールド創世の話が来たのよ。運命の残酷さを知ったわ。自分の子供にまで、そんなの背負わせたくなかったもの』

 星治もリノスも人間として、片や悪魔として生きていた時代、大きな戦争を経験しているのだそうだ。だからこそ、子供には何も背負わせたくなかった。普通に生活してほしかった。

『【創造主】は、世界を作る力を持ち、未来を予見する力を持つ。だけど、彼女は全てを言ってはいけないから、詩的な言葉にして、未来を教えるの。その未来が、同じになってしまったのよ。あなたはチャイルドワールドの管理者を一時的に担当してしまったし、賀瀬俐咋という少女が、本当にこの世に生まれ出でた。そして彼女は、本当に【フォーサイト・リング】の適合者になった』

 そして、最終的に冬哉がこの世界の管理者になるということも判っていた。
 そう発せられた言葉に、冬哉は息を飲んだ。どうしてそこで息を飲んだのか判らない。何に対してだったのか判らない。俐咋が生まれたことだろうか。自分が管理者になったことだろうか。

 全く判らなかった。何故だ、何故だと考えても、答えは一向に出ない。
 その答えが出ないまま、冬哉は館の中を走り続けていた。

* * * * * * * *

 長い廊下を走り続けて、一直線の長い廊下に辿り着く。すると、小さな扉が見えた。その廊下に、扉は一つだけ存在していた。こんな場所、今まで見たことがない、と記憶を呼び起こす。
 この館に、こんな扉があった覚えがないのだ。

 ふと、身の毛がよだつ視線を感じて、立ち止まって振り返る。だが、そこには誰もいない。気配を探っても、誰もいない。

「……来たか」

 いなかったはずなのに。目の前の扉から、するり、と1つの影が見えた。影は次第に姿を作り、出来あがった姿は、見慣れた人物の姿だった。

「ルサ、さん」

 長い銀糸をたゆたわせ、伏せていた長い睫毛をゆったりと押し上げる。そうして見えるのは赤と黒の瞳。冬哉はこの二つの瞳の色を見たことがなかった。
 姿自体は知っているのに、違う存在に見えた。

「…その名前も、そろそろ終わる」
「終わる? どういうことなんだ…?」
「言っていなかったな。俺の本当の名前と、存在を」
「本当の…名前」

 星治から聞いたことがある。ルサの名前は本当の名前じゃない。それを教えてくれと言ったけれど、星治は教えてくれなかった。知る必要もないから、と一刀両断された。

「長話になる。この扉の先の階段を降りながら、話そうか」

 ルサが手を伸ばすと、扉がゆっくりと開いた。

* * * * * * * *

 微かに足元が見える。下手をすれば踏み外してしまいそうなくらいの薄暗さだった。

「俺の名前はルサではない。ラヴィスという。ラヴィス=コンチェルサス。かつて悪魔の力を持って生まれた人ならざる存在。力を持っていただけで、悪魔とも言えない不確かな存在」
「どういうことなんだよ? 悪魔とも言えないって…、あんた、悪魔だったのか?」
「厳密に言うと、俺は親を持たない。造られた存在だった。お前の父親、星治の身代わりとしてな」
「身代わり…って…。そんなに父さんって重要な役目をもってたのか?」
「当時は、星治は悪魔…いや、堕天使のティオスティーラの生まれ変わりとされていた。ティオスの意識を宿らせる器として、あいつは悪魔たちに大切にされていたんだ。だけれど、もし星治の魔力が強かったら、ティオスは宿れない。それに対して危惧した悪魔たちが、俺を作ったのさ。―――昔の話を聞いて、楽しいか?」
「いや、喋ってるのあんただろ」

 的確に突っ込みを入れられて、ルサ…ラヴィスが呆れたように溜息を吐き出した。

「…その話が必要だったから、したまでだ。その後、星治は別の体に宿ったティオスと対峙し、ティオスとは別の人間であると告げた。それをティオスは受け入れ、人として生きることを選んだ。星治の中にあったあいつ自身の魔力は、星治の中から抜き取った。それによって被害が出ていたことも確かだからだ」
「話が全く読めないんだけど」
「その後、俺はこの世から消えるはずだった。ティオスが人として生きることを選んだのであれば、生きる必要のない器だからだ。元々、俺にもティオスの魔力が使われていて、それを抜きとられたら俺は存在を維持できない、死を迎えると判っていた。生きることなんて出来ないと」
「そのことがどうして今、関係して来るんだ?」

 冬哉の問いに、ラヴィスは答えなかった。一息置いて、ラヴィスはまた話を続けた。冬哉が質問をしても、もう答えないというように。それを感じ取った冬哉は、黙って話を聞くことにした。

「俺は、肉体が消えゆく中で星治の中に取り込まれた。精神体として、もう一度生きることが出来るようになった。それから何千年過ぎただろうか。あの夫婦の間にお前が生まれて、幸せそうな二人をずっと見続けて、ある日だ。突然、星治の元に【創造主】が現れた」
「……その後、父さんはこの世界を作るために基板になった」
「なるほど、リノスから聞いたか。その通りだ。星治は、この世界の基盤である。だけれど、今管理者はリノスで、彼女は基板になっているわけではない。星治亡き今、どうしてこの世界が存在出来るのだろうな」

 言われてみれば、と冬哉は考え込んだ。
 星治の命がこの世界の命であったならば、今、リノスの命がこの世界になっているのだろうか。冬哉がアルトとしてこの世界の管理者に一時的になったとき、命が関わっているなんて話、されたこともなかったのだ。

「リノスは管理者を一時的にしているだけ。昔のお前と同じ状態だ。つまり、本当に管理しているのは別の存在だということになる。星治本人がいないのに、だ」
「頭こんがらがってきたぞ。父さんが生きていないけれどこの世界は存在していて、だけど母さんはこの世界の管理者を一時的にしているだけであって…。別の存在が、管理しているのか?」

 その冬哉の問いに、ラヴィスがふっと笑った。

「別であって、別ではない」
「遠まわしだな」
「星治の魔力が残っていれば、この世界は辛うじて維持できる。死んだからと言って、星治の魔力が残っていないとは限らない」

 階段が終わった。扉を開けた時はとても長い階段に見えたのだが、さほど長くなかったようだ。それとも、話に集中していて長い階段が短く思えたのかもしれない。

 ラヴィスが目の前に現れた黒い扉に手を伸ばす。だが、その扉にドアノブは存在しない。押して開けるのかと思えば、ラヴィスはその扉に手を付けた。
 ぽう、と淡い光が暗闇を支配していく。急に現れた光に、冬哉は目が眩みそうになった。

「精神体であったはずの俺が、どうしてこの世界に存在出来ているんだろうな」

 その言葉に答えようと口を開いたと同時、淡かった光が目を眩ませる強い光になった。冬哉はそれに驚いて口を噤み、腕で光を遮ろうとする。
 それと同時に意識が何かに引きずられる気配がして、すうっと抜き取られていくように意識を手放した。

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2010/05/08-29

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