*15 Duel/前編*

 こんな闘い、今まで見たことがない。

 それが、冬哉の正直な感想だった。両親が本気で戦う姿を見たことなく育った冬哉は、今、目の前で母が戦っている姿を見て驚きを隠せないでいた。
 大悪魔・リノス。黒い羽を自在に操り、空を舞う。そして、彼女は悪魔でありながら、地球全てを守ろうと戦っている。星治より力がないと言っていた人物とは思えないほど強い力を持っているのだ。
 つまり、星治は本気を出すとこれ以上の力を持っていることになる。
 そしてその2人よりも強い力を持って生まれたのが冬哉。こんな力制御できない、と冬哉は自分が怖くなった。

「…ッ…、あなた…もしかして…!」

 空中で対峙する2人の悪魔。彼らが対峙している高度はとても高い所だ。リノスが地球全体にバリアを張るために一気にアーバインを追いやったからである。
 それなのに、冬哉には彼らが口にしている言葉すら聞こえてきた。これは、持っている魔力の副症状とも言えるのだろうか。

「もしかして、なんだ?」
「……あの人に、力を使わせただけじゃないわね」
「あの人? ああ、セイジか。そうだな…彼には2つ、力を使ってもらったよ。1つ、魔界自体を爆破してしまうような爆発的な力。2つ、魔力自体を―――…」
「あなたが吸い出した。元々あの人は大悪魔・ティオスティーラの力を持っていた人だから、波長が合ったのね」
「ティオスの波長は俺の波長に実に似てる。お陰で普段以上の力を持っているよ」
「下衆が……ッ!!」
「おっと…! ま、旦那を殺されたも同然なんだものね、怒りもするか」
「…ええ、そうね。大衆のためじゃない、あなたを殺す個人的な理由が出来たわ」
「旦那の復讐、か?」
「ええ…。悪いけど、収まりそうに…、ないのよ…!!」

 途端、ブワッと強風が吹き荒れた。その一瞬に悲鳴が聞こえてくるが、直ぐに強風は収まった。冬哉はそれを不思議に思って、上空の母を見ると、彼女の周りを黒い風が渦巻いていた。
 強い力を使うために、一瞬バリアを弱めたのだろう。バリアを弱めてまで使う程の力ということは、相当な力だ。

「アーバイン!!」

 ドスの利いた低い声。こんな声を、冬哉は今まで聞いたことがなかった。いつも優しくて、ちょっと刺さるようなことを言う母だけれど、ここまで感情を露わにしたことはなかった。
 それほど、星治のことを愛していたのだ、と冬哉にも理解出来た。普段の両親を見ていても、おかしいくらいに仲が良かった。それは彼らが様々な困難を乗り越えていたからこそあったことなのかもしれないし、必然的に惹かれあったのかもしれない。
 そう言うことがあったって、おかしくない。

「リノス、それをぶつけたらどうなると思う?」
「確実にあなたに大ダメージが行くわね。相当力入れてるわよ」
「…いいや、俺には行かない」
「何…?」

 リノスは疑問符を浮かべながら、顔を顰める。それと同時にじゃらり、と鎖の音がした。その鎖に通されている小さな銀色の輪。それが何か、リノスには直ぐ判った。

「俐咋の、オーパーツ……」
「そうだよ、彼女のオーパーツ、【フォーサイト・リング】。手に入れるの、苦労したよ」
「どうして…、あなたが持っているの!」
「判っているんだろ? 俐咋は俺の元にいる。場所は教えないけれどね」
「……ッ…」
「これがある以上、俺に危害を加えることは出来ないだろう? これが壊れてしまえば、世界は」
「―――破滅する。【フォーサイト・リング】には魔術が刻印されているものね。適合者以外がそれを破壊したとき、膨大な魔力が放出される。そして、適合者が居る状態で、適合者以外にそれが破壊された場合、適合者の魔力を全て奪い取って破滅を執行しようとする。オーパーツとしての効果を利用しようっていうのね…」
「正解。星治が隠していたから、探し出すのに苦労したんだよ。鎌にしてしまうなんて、よく考えたもんだ」

 ぶらり、とリノスにそのリングが見えるようにする。アーバインは、今リノスが彼にぶつけようとした魔力を全て、【フォーサイト・リング】に集中させようとしているのだ。
 それによってリングが破壊された場合、俐咋の命すら危ない。既に適合者として使役をしているのだ。例えその力が使えていなかったとしても。

「元々、【フォーサイト・リング】には予知・予見能力が備わっているわけだけど…。かつて俺はこのリングに1つの術式をかけた。次の適合者が、直ぐに力を行使できないように」
「行使されれば、未来に何が起こってしまうか判るから、ね?」
「ああ。だから次の適合者であった俐咋はその力を使えない。俺が解除しない限り、使えない」
「なのに、破壊されれば俐咋の命も危ない。何段構えにすれば気がすむのよ」
「そうだね、かつてチャイルドワールドに種を残したときからだから…10段階以上かな。長期戦にも程があるよ。でも、それをするだけの価値があるからね、このオーパーツ」
「…そう。あなたも昔から知っているのね、このオーパーツ」

 そんなにも用意をしていたのだ。恐らく、チャイルドワールドが出来る前から目を付けられていたのだろう、とリノスは考えた。チャイルドワールドが出来る前だとすると、星治が天上界に神として居た頃かそれ以前、人間であった頃からということになる。
 そんなときから、狙われていたのだ。

「つまり、君はその力を俺にはぶつけられないんだ。俐咋が死んじゃうもんねえ」
「…ッ……!」
「だからさ、そのまま死んでよ、リノス。俺の邪魔をしないでよ」

 急速に収束される魔力の塊。これをまともに受ければ、死んでしまう。かといってこれを避けてしまうと、バリアで守り切れずに地球が滅んでしまう。
 どうすればいいのか、とリノスの頭の中で手早く、方法を考える。この魔力を何処かに逃がすことは出来ないだろうか。または、この魔力を使うことは出来ないだろうか。

(……この魔力を取り込んでしまうことは?)

 ふと浮かんだ案。アーバインの魔力を、リノスが取り込んでしまう。それは自己を滅ぼすことに等しい。
 だが、アーバインの力はティオスティーラの波長に近いと言った。そのティオスティーラの力を持っていた星治も波長が似ている。ならば取り込んでもある程度耐えられるかもしれない。何百年と付き合ってきた旦那の波長に似ているのならば、だ。

 アーバインは俐咋をどこかにやったと言っているのだから、アーバインの監視・管理下である場所にいるはずだ。
 それは魔界か、それとも別の場所か。魔界には恐らくいない。他の悪魔も大勢いる場所だ。そんなところに俐咋を連れていけば、今彼はここに来ることなんて出来ない。身の安全がないからだ。

 それなら、アクセスが出来なくなった2セクターは? 俐咋の生きていた世界。アーバインが種を落とした世界。もしかしたら当たりかもしれない。

 一か八かだ。だが、試してみる価値はある。アーバインの力を使って、チャイルドワールドに戻る。

「ばいばーい、リノス」

 チャンスは一瞬。受けたと思わせて、取り込んで、その一瞬で冬哉とリノス、それからアーバインを飛ばす。
 魔力の剛球がリノスを目掛けて放たれる。これを吸収することはリノスの体にも辛いことだ。だけれど、それが今は最善の方法。

 リノスが剛球に手を向けて、取り込む態勢に入る。そして、それに吸い寄せられるように剛球が形を変えた。これはいけそうだ。

「こんなところで、くたばるわけにはいかないのよ!!!」

 剛球が、弾け飛ぶ。それは一抹の飛沫となり、降り注ぐ。それと同時に、アーバインの視界が歪んだ。何が起きたのか理解できない、といった顔のまま、アーバインの姿は虚空へ消えてゆく。そして、振り向くと冬哉の姿も消えていた。
 転送した実感がある。成功している。この力で、リノスもチャイルドワールドに戻ることにした。

 ―――生きているかは、判らないけれど。

* * * * * * * *

「……ッ…」

 目が覚めて、冬哉は光に目を細める。天井は見慣れていたゼフィアの館。どうしてここにいるのか理解できなかった。
 暫く遅れて、どさりと音がする。別の何かが来たことが判り、気だるい体を起こしてその存在を見た。

 そこには、悪魔の羽を伸ばしたままの母の姿。外傷こそないものの、顔色はとても悪かった。

「っ、母さん!」
「……冬哉……? ああ、よかった、無事ね」

 今にも閉じてしまいそうな程に細く目を開けて、リノスは微笑んだ。

「ここ、ゼフィアの館だよな? どうして…」
「アーバインの魔力を一時的に吸収して、転送の力に変えたの。恐らく俐咋は2セクターにいるわ、あそこはアーバインの支配下になってるはずだから」
「な…」
「冬哉、聞いて。あなたに管理者権限を譲渡するわ。一時的じゃない、完全に、よ」
「完全に、って…、俺が管理者になるってことか」
「ええ、そう。あなたの力なら、今の2セクターに行けるはずよ。アーバインはさっき、だいぶ力を使ったから…少し弱まってると思うの。その上で、あなたが管理者になれば2セクターに1人で渡ることが出来る」

 だから、その方法を教えるわ、とリノスの口元は笑みを形成した。

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2010/05/08-22

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