*14 差し伸べられるは悪魔の手/後編*

(……嫌な予感しかしない)

 冬哉は街中を走りながら、ざわつく心を抑えきれずにいた。
 軍の施設にいるわけもないだろうと思いながら、念のためと訪れて、受付に聞いたが、俐咋は冬哉が施設を出てから現れてはいないと言われる。それからアカデミーに出向いて、俐咋を見たかと聞いて回ったが、誰ひとりと見ていないと返事が返ってきた。

 俐咋が行きそうな場所は全て回ったのに、と街中で足を止めて、はあ、と大きな溜息を吐き出し、咽る。全力で街中を走りまわったことなんて久し振りだった。

(俐咋、何処にいるんだよ…!)

 ふ、と、冬哉はショーウインドウに映った自分の表情を見て、徐々に焦りが顔に出てきていると気付く。ポーカーフェイスでいようとしても、俐咋のことになると直ぐに顔に出てしまう。つくづく、彼女のことを好いてやまないのだと思った。

 他にどこを探せばいいのだろう、とあたりを一度見回して、もう一度溜息を吐き出した。それと同時に、キィン、と耳鳴りが頭痛のように突き刺さった。思わず、いてえ、と呟いてしまう。
 耳鳴りが収まって、なんだったんだ、と顔を上げると、ぞっ、と身の毛がよだつ感覚に陥った。

 明らかにおかしい。街の雰囲気が、だ。ぞっとする感覚なんて、この街で味わったことなどなかった。誰かが自分をじっと見て、追いかけてくるような感覚。それと同時に感じる、とても強い力。

「ああ、気付いたのか」

 近くから聞こえた声。ばっと振り向いても、誰もいない。どうしてだ、と恐怖を覚えると、急に視線が絡んだ。見覚えのある顔、聞き覚えのある声、それは誰でもない、冬哉が敵だと認識している人物の姿。

「…泰樹」

 そこまで名前を呼んで、それが違うと気付く。泰樹に似ているが、泰樹ではない。かといって彼に似ている2セクターの青年、マコトでもない。
 では誰だ―――。そこまで考えたと同時、冬哉の体を激痛が襲った。それは、痛みだけではなく、酷い吐き気まで催すもので、言うなれば貧血を起こしたような気持ち悪さ。頭がくらくらして、その場に立っていることすら苦しくて、冬哉は地面に手をついた。

 その痛みや吐き気は、自分の体の中で暴れまわる魔力が原因だ、と直ぐに理解した。冬哉にはまだ、自分の魔力をコントロールする力はない。外に溢れださないように、と中で抑えるのに必死なのだ。
 本来魔力は溜め込むと危険なものである。俐咋にとって、冬哉の魔力が毒になるのと同じことだ。自分自身の魔力で会ったとしても、暴発してコントロールを失ってしまえば、自身の身を滅ぼすことも大いにあるのだ。

「まだ君にはコントロールが出来ていないみたいだねえ」

 その言葉で、場の空気が凍結したような冷たさを帯びた。遠いはずなのに、近くに声が聞こえる。それがどうしてなのかと考えて、頭に直接語りかけてきているからなのだと理解するのに時間がかかってしまった。あまりにも自然に聞こえてきて、それすら恐怖を植え付けるのに十分だった。

「じゃあ、そのまま消えちゃおうか、セイジの息子」
「……!」

 ぶわっ、と魔力が終結した。その魔力の恐ろしさに気付いた周辺の人間が、悲鳴を上げながら走ってゆく。何故悲鳴を上げるのか、それは魔力に対してだけだろう、とうっすらと考えたが、そうではなかった。それだけではなかった。
 彼の背に、その種族特有のモノがあったのだ。古代から恐れられている存在の証明―――悪魔の翼。それが、彼の背に存在していた。

 つまり、彼は悪魔だ。

「…アーバイン…!?」
「軍に記録されているものとは違うんだけどな、君には判るのか。流石はあのセイジの息子」

 くくく、と笑って、片手に魔力を集約するアーバイン。その魔力は留まるところを知らない。悲鳴を上げて逃げ去る人々の声がまだ聞こえる。店の中から店員が血相を変えて走り去る姿も見える。

「魔力がコントロールできなくて、自分の中で大暴れ。吐き気は酷いし、立ち上がれない。そんなリタンダ、全く使えない」
「……ッ!」
「俐咋を守るとか、ふざけたこと言わないでほしいね。君にあの子が守れるわけないだろ。元々リタンダは体が弱いんだからさあ」

 くす、とアーバインが微笑んだ。それと同時に、集約された魔力が剛球のように飛んだ来た。その速度は速く、冬哉はふらつく体を叩き、その塊を防ごうと防御膜を張ろうとする。
 だが、吐き気と頭痛が体を襲い、意識すら朦朧としてきて、防御膜が間に合わない―――、と唇を噛み締めた。これが当たったら、どうなるんだろうか。そんなことすら考えた。

 アーバインの言うとおりだ。俐咋を守ろうなんて、出来ないじゃないか。
 そこまで考えて、冬哉の意識はぼうっとなり、周囲の認識が出来なくなってしまった。

(ああ……、俺、何にもできなかったんだ)

 死ぬのかもしれない。悔しい。
 広がる暗闇で、そう考えていた。

 だが、そこまで考えて、アーバインのあれだけの魔力がもう当たっていてもおかしくないのに、ということに気付く。自分はまだ生きているのか、それとも死んでいるのか。死後の世界にいるのではないか、とすら考えてしまった。
 ふ、と目が開いて、認識できた姿が一つ。

 常盤色の長髪を靡かせる姿。それはとても見慣れている気がして、懐かしい気がした。背にはアーバインと同じ黒い翼が見える。

(ああ、これはもしかして……)

「………お前、生きてたのか」
「そんなに驚くことかしら、アーバイン。私の旦那を知っているあなたなら、判っていたでしょう?」
「……リノス」
「あなたにその名前を呼ばれるのも、久しいものね」

(……母さん、だ)

 冬哉はリタンダという混血種族。神様と悪魔の血を引く子供だ。父は神様である。つまり、母は悪魔。しかも、歴史に登場してしまうような、大悪魔だ。
 その名前は、リノス。青葉 唯でもなく、或河 唯でもない。今の存在としての本来の彼女の名前。

 決して、彼女のことを今ここで、母さんと呼ぶことは出来ない。一般的に恐怖の対象である悪魔を母に持っている、なんて言えないのだ。言ってはいけない、と彼女に何度念を押されたことか。

「……子供を守る、か。いいだろう、お前ごと潰してやろう」
「潰せるものなら、潰してみなさい」

 ふふ、とリノスが不敵な笑みを形成したのを合図に、地球を守る悪魔と、地球を壊そうとする悪魔の戦いは開幕した。

Back | Next
> Top <
2010/03/31

Copyright © OzoneAsterisk All Rights Reserved.