*13 変遷/後編*

 葬儀が終わった翌日、冬哉は早朝から制御を確固たるものにする、と軍の施設に向かった。アカデミー教員を務める唯と学生である冬哉はアカデミー自体は忌引きとして休みを申請しているから問題はない。俐咋も或河家に関わりのある者として忌引きの扱いにされているらしい。

 どうして冬哉がそんなに強く居られるのか、俐咋には不思議で仕方なかった。何十年、いや、彼の場合は何百年なのかもしれないが、そんなに長く一緒にいた肉親が亡くなってしまったというのに。
  父の遺志を直ぐに継ごうとする彼に、驚きを覚えた。それと同時に、尊敬すらしてしまう。

 俐咋は、忌引きで休みになって、何をすればいいのか判らなくなった。リビングでぼうっとしてみたり、部屋で本を読んでみたり。葬儀が終わってから、唯が家にいるようになって、イサトと巳捺は寮に帰ってしまっているから、話相手も居ないのだ。
 どうしても落ち着かなくて、冬哉に差し入れを持っていくか、と立ち上がった。

* * * * * * * *

 冬哉に差し入れ持って行って、施設を後にする。彼の姿に本当に熱心だ、と尊敬を覚えてしまう。どうしてあんなに頑張れるのか。俐咋にはまったく理解できなかった。

「あれ、賀瀬さん?」

 突然聞こえた声に、驚いて振り向く。そこには、灰色のVネックに黒いジャケットを羽織っている姿。俐咋は、それが一瞬誰なのか判らなかった。彼はマコトと同じ顔付きをしていて、マコトと呼んでしまいそうになったが、この世界にマコトはいない。
 つまり、佐伯 泰樹なのだ。

「佐伯、さん」
「こんにちは、久し振りかな」

 俐咋は、どうして名前を知っているんだ、と突っ込まずには居られなかった。自己紹介なんてしたことがないのだ。
 泰樹の表情は、冬哉と対峙していた時とは違う、柔らかな表情だった。こんな表情も彼にはできるのか、と思った。彼のことを何一つ知らないのに、だ。

「折角だし、お茶でもどう? ちょっと聞きたいこともあるし」
「え、私に…ですか」
「今のアカデミーがどうなってるかとか、聞いてみたいと思って。冬哉は教えてくれないしね」

 ふわり、と微笑むその表情。そのギャップに俐咋は目を見張ってしまった。
 強要されているわけでもなく、その至極自然な会話に、断るわけにもいかなかった。

* * * * * * * *

「アイスティのアールグレイ1つ。賀瀬さんは?」
「あ、ええと…、ロイヤルミルクティを1つお願いします」
「茶葉は何になさいますか?」
「ええと…セイロンでお願いします」

 店員がオーダーを取り終わって、暫くしたところで紅茶が二つ運ばれてくる。それに口を付けると、ふわり、とセイロンの良い香りが広がった。

「…おいしい」
「それは良かった。俺の行きつけなんだ、ここ。最近は飛び回っていたからこれなかったけど」
「ここにしかないお店なんですか?」
「そうだね、他の惑星では見ないし…。地球の中でもここにしかないと思うよ」
「へえ…。あまり大きなお店でもないですよね」
「そうだね、それがいいんだけど」

 アールグレイを口にしながらふわりと微笑む泰樹に、マコトのデジャブを感じる。やはり、彼はマコトにとても似ているのだ。でも、彼はマコトではなく泰樹である。マコトとは違う口調で、穏やかなのだ。

「ああ、そうだ。今のアカデミーについて聞きたかったんだ。俺、アカデミーでは一般クラスで、卒業してからオーパーツの適合者だって判ったから、技能クラスのことは詳しく判らないんだけど」
「私も今年転学したので、詳しくは判らないですよ」
「今年転学? そうだったんだ。じゃあ詳しいこと聞いても困るよね」

 くすくす、と笑いながらごめんね、と言う彼に、俐咋の表情も緩くなっていった。覚えていた危機感も少しずつ緩和されていく。そんなに悪い人じゃない、と俐咋の中で結論が出かけていた。冬哉が言うほど悪くはないのだ。
 ただ、大悪魔のアーバインとの繋がりがある、というそれだけが気になっていた。

「でも、技能にいるってことは、賀瀬さんオーパーツの適合者なんでしょう? どんなオーパーツなの?」
「形は指輪で…。ああ、これなんですけど」

 左手の人差し指にはめている指輪。予知の能力を秘める指輪だと説明されたが、俐咋はその能力を全くと言うほど使えてない。何度練習をしても、何も視えないのだ。

「触ってみてもいい?」
「はい、どうぞ」

 左手を前に出して、触れやすくする。その左手に、泰樹の手が触れて、普通の指輪だね、と一言。見ていたり、触っているだけでは普通の指輪でしかない。裏側に刻印がされていて、それがオーパーツである証拠なのだと以前、冬哉に説明された。

「そうなんですよ。見ているだけならアクセサリーとなんら変わらなくて… っ…!?」

 俐咋は、左手を戻そうとして、身動きが取れないことに気付く。何故だと疑問に思っていると、泰樹がふっと笑った。俐咋は、その笑いが突然怖くなった。もしかして、と考えた時には既に遅い。泰樹が何かをしたのは明白だった。

「ごめんね、俐咋。君をこのまま冬哉の所に戻すわけにはいかないんだ。少し、眠っていて」

 それが合図であるように、俐咋の意識はふっと遠のいた。

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2010/03/20

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