*11 こころのありか/後編*

 風景が草原になって驚いていると、冬哉が手を離した。大丈夫なのかと不安になっていると、その心を読み取ったのか、冬哉がもう大丈夫だから、と言って俐咋に笑いかける。俐咋は、その笑顔に安心して、その草原を見回した。

 見えるのは、ひたすら雲のない青空と、生い茂る若葉。その二色の分かれる地平線が、あまりにも綺麗過ぎて言葉を失った。
 それにしても、ここは一体どこなのだろうかと見回していた首を止め、考える。どこか現実味のない空間。ただ草原しか広がっていない場所。人の姿も、動物の姿も、それぞれの気配もない。この世界にあるのは、俐咋と、冬哉の二つの存在だけのように思えた。
 悩んでいたのを見かねたのか、冬哉が口を開いた。

「ここは、ある意味で異空間だから」
「ある意味、って…」
「マザーワールドでも、チャイルドワールドでもない、空間の狭間」

 ざああっ、と強い風が髪を浚う。草原は風に合わせて波を起こしていた。その光景がまた綺麗で、俐咋はそれに心を奪われそうになっていた。
 ぼうっとその光景を見ていると、一筋の光が降って来た。なんだろう、とそれを見ていると、光の玉となって纏まった。それを見て、冬哉の顔が歪む。良くないらしい。

「父さん、聞こえる?」

 声を投げかけても、言葉は帰ってこなかった。冬哉は肩を竦め、その場に座り込んだ。それと同時に、球体ははじけるように消えた。

「……連絡、つかないみたいだ」
「星治さんに…?」
「ああ」

 先程の光は通信機器のようなものだったということか。一人で納得をすると、座り込んだ冬哉の隣に座る。

「どうする?」
「とりあえず、元の世界に戻る。長い間、この空間にいると俺はともかく、俐咋に影響でそうだしさ」
「あ……、ごめん。着いて来ちゃったから」
「いや、別に謝ることはねえよ」

 よいしょ、と声を出して冬哉が立ち上がる。それを追うように俐咋も立ち上がった。すると、目の前に黒い球体が現れ、冬哉が母さん、と小さく呟いた。
 どうやらこちらは唯との連絡が出来るようだ。

『……ここにいるってことは、何かあったわね?』
「父さんが行方不明だとさ」
『……そう』
「母さんは戻ってこなくていいよ、そっちの仕事もまだ残ってるだろうし、俺がどうにかする。正式に特殊部隊配属になったから、身動きは楽になったんだ。じっちゃんに頼んで動けそう」
『判ったわ。暫く、ミーデでまだ仕事をすることにする。何かあったら、連絡なさい』
「……うん、判った」

 苦しそうな笑顔を作って、笑う。無理やり作ったように見えたのは、彼が苦しそうにしているからだったのかもしれない。

* * * * * * * *

 星治が行方不明だと言われて、早いことで数日経った。ここ連日、冬哉は不思議なぐらい元気に振る舞っているように、俐咋の目には映っていた。イサトや巳捺は星治が行方不明だということには気づいていないようで、その噂も流れていないようだった。

 アカデミーが休みの日、4人で買い物に行った。食材が足りなくなってきて、料理が出来ないのだ。スーパーで野菜や調味料などを買い、それからショッピングモールで遊ぶように買い物をしていた。
 あれいいな、これいいな、と言いながらウィンドウショッピング。たまにとてもほしいものがあって、と巳捺がお店に突撃することもある。それを微笑ましく見ながら、俐咋は冬哉を追いかけるように見ていた。

 自分の肉親が行方不明で、どうしてそんなにも気丈に振る舞えるのか。それが不思議で仕方がなかった。俐咋が心配することではないというのは判っていても、あまりにも気丈に振る舞うものだから、気になって仕方がなかった。
 その心情を、冬哉は察しているのかすら判らない。察していないのではないだろうか。

 買い物を終えて家に戻る。今日の担当は誰だという話になって、イサトだと巳捺が言うと、冬哉がとても嫌そうな顔をする。それに対してイサトがその顔はないだろと抗議をする。
 これが日常になりつつあって、不思議だった。

* * * * * * * *

 夕飯を食べて、順番にお風呂に入って。今日は俐咋が最後で、湯を抜いて湯船を洗ってから風呂場を出た。長い髪をバスタオルで拭き、水気を取りながら、廊下を歩く。
 既にイサトと巳捺は寝てしまったようで、静まり返っていた。

 俐咋の足は、自然と冬哉の部屋に向かっていた。どうして気丈に振る舞えるのか、不思議で仕方がなかったからなのだろうか。扉を軽くノックすると、誰だ、と声が聞こえてくる。俐咋が、私、と答えると入れよ、と短く聞こえた。
 扉を開けて、部屋に入る。冬哉はベッドの縁に腰かけていて、どうした、と俐咋に問うた。俐咋は、疑問に思っていたことを声に出そうと、冬哉の顔を見て気付く。目の下にクマが見える。余り寝れていないようだ。

「………目の下」
「え? …ああ、これね…。ここのところ、寝れなくてさ」
「星治さんのことで?」
「……当たり。昼間はイサトや牧本にはばれないようにしなきゃ、ってするけど、夜は…一人になるから、思い出して眠れなくなるんだよ。今、父さんがどこにいるのか判らない。それが、不安で仕方ないんだ」
「なのに、どうしてあんなに気丈なように振る舞えるの? 私には、から元気にしか見えなくて、不安になる」
「なんだ、俺のこと、心配してくれてんだ?」

 けたけたと笑いながら言う冬哉に、茶化さないで、という。思った以上にきつい言い方になって、俐咋は我に返ったようにごめん、と呟いた。
 俯いていると、冬哉にこっちに来たらどうだと呼ばれて、隣に座ろうとする。腕を引かれて、冬哉に後ろから抱きしめられる形で座らされた。それから、肩にかけていたバスタオルでわしゃわしゃと髪を拭かれる。

「風邪ひくぞ」
「そんなヤワじゃないよ、私」
「でも、風邪は誰でもひくもんだぜ。折角髪伸ばしてんだからちゃんと乾かせよ」
「ドライヤーやると痛むんだもん」

 ぶう、と唇を尖らせながら言う俐咋に、冬哉が笑う。

「……気丈に振る舞えてる訳じゃねえよ。ああしてないと、俺は我慢が出来ない。一人で父さんを探しに行きかねない。だから、いつも通りにしようとしてるんだ」
「いつも通り…か。そうは思えないけどね」
「イサトも牧本も気付いてないみたいだし、いつも通りではあるんだと思うよ。俐咋には気付かれてるけどさ」

 わしゃわしゃ、としていた手が止まり、小さな溜息が聞こえてきた。俐咋は、それを聞かなかったふりをした。彼は、やはり無理をしているのだと判ったからだ。

 俐咋は、冬哉が悩んでいるのを、自分だけが知っていればいい、と思った。閉鎖的かもしれない。けれど、少なからず、彼の手伝いを出来るかもしれないのは自分だけだと思っていた。彼の親が作った世界に生まれた自分が、そんなことを思うのはおこがましいのかもしれない。でも、チャイルドワールドの住人であり、マザーワールドに来ているという秘密を持っていて、冬哉が本来人間ではないということを知っている。だから、冬哉のことを判っていると、自負しているのだろう。

 俐咋は、彼のことなんて、全然判っていないのに、とまた髪を拭き始めた冬哉をチラと見て、思ったのだった。

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2010/02/01

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