*10 アンバランスな関係/後編*

 俐咋は、施設を出ようとして、受付で引き留められる。何があったのだろうと疑問を浮かべていると、あなた宛てに呼び出しの伝言がありました、と受付で言われた。

「呼び出し…、ですか?」
「ヴァンガットリー中佐からです。第5棟会議室に出頭してほしいとのことでした」

 先程冬哉が話をしていた人物からの呼び出し。場所も、冬哉が向かった場所だ。

「案内をする軍人が暫くしたら来ますので、お待ちください」
「待たずとも来たよ。賀瀬さん、こんにちは、また会ったね」

 比較的最近耳にした声が聞こえた、と思いながら俐咋が振り返ると、そこにはイーデリヒがいた。どうやら、案内をする軍人は彼の様だった。
 受付に別れと御礼を告げ、イーデリヒの横に並んで、軍部を歩く。先日来たところだが、そう直ぐに覚えられるような場所ではない。暫く他愛もない会話をしながら、俐咋はイーデリヒについていった。

* * * * * * * *

「ヴァンガットリー中佐って、俺の直属の上司なんだ。特殊部隊でもチーム構成とかあるからさ。その全体統括を或河大佐がやってるってヤツでね」
「そうなんですか。特殊部隊って一つの区切りだとばっかり思ってました」
「良く言われるよ。或河大佐が有名すぎるから」
「あれ、長坂。その子は? もしかしてお前の彼女?」

 すれ違いざまに聞こえた青年の声に、イーデリヒがまさか!と言葉を返す。どうやら知り合いのようだ。
 イーデリヒが当たり前だ、というように胸を張って、俐咋は冬哉の彼女だ、と口にした。

「彼女じゃないです。親戚です」
「へえ、流石大佐の息子。見る目がある…ね゛ッ?!」

 言葉を発していた青年が後ろのめりになる。何が起きたのだろうと後ろに目をやると、そこに冬哉の姿があった。怖いほどににこやかだ。

「せぇーんぱーい、俺の彼女に何か用でもあったんですか?」
「ひぃっ、あ、或河…! あ、いや、別に、何もないよー。流石、或河だなーと思ってさ、スタイルいいなーって…思って…」
「人の彼女に色目使うのやめてもらえません? ま、そんなんで彼女が靡くとは思いませんけど」
「はははははは、そうだよなー、或河の彼女だもんなー。じゃあな、或河!また今度!」

 すたたた、と走り去る軍人の青年を、冬哉は憐れな目で見送る。それから短い溜息を吐き出すと、イーデリヒに向きなおった。

「イール、遅い。俺が探して来いって言われちまっただろ。面倒くせぇ」
「あの人せっかちだからさ、ちょっとくらい待ってもらったっていいじゃないか、って言っておいてくれよ」
「ま、そうだな。さっさと来いよ」
「え、ちょ」

 すたすたと先に行ってしまう冬哉を追いかけるようにして、イーデリヒと俐咋は第5棟会議室へ向かった。

* * * * * * * *

 すっかり冬哉の姿が見えなくなった。そんなに足が速かっただろうか。

「…それにしても、びっくりしたね。賀瀬さんって冬哉の彼女じゃないんでしょ?」
「でも長坂さん、彼女だって言いましたよね」
「ああ、ああいうのはそうしておけば手出しはしないだろうと思って。彼氏がいない、なんて言ったら何されるか、だよ」
「そういうものですか」
「うん、そういうもの。冬哉の彼女じゃないのに、冬哉は彼女に何してる、って言ったよね」
「ああ…そうですね」

 俐咋が冬哉に好意を持っていることは、冬哉にも判っていることだ。それを判った上でいつも振る舞ってくれる。

「先に行ってしまったのも、照れ隠しかもね。いいなあ、愛されてて」
「……愛されてても、私はそれに答えられないんです」
「…、それでも、冬哉は君を好きなようだけど」

 どうして、と問うようにすうっと目を細めて、イーデリヒが質問した。それに、俐咋は判っています、と短く答えて、うつむきながら歩く。

「それでいて、毎日同じ屋根の下で生きてると。俺なら我慢できないなあ」
「今は家に同級生もいるし、忙しいしで自制が効いてるみたいです。同級生いなかったら耐えきれそうになかったですよ」
「……でも、あいつのこと嫌いじゃないんだね?」
「ええ、嫌いじゃないです。どちらかと言えば好意があるほうですから。私のわがままなんです、彼の思いに答えないようにしているのは…」
「それでも、均等が取れてるようだね。アンバランスなのによく取れてるな…」

 不思議な関係ですよね、と俐咋が苦笑いをしながら呟く。少なからず好きではあるのに拒否をしている俐咋と、彼女をとても好きでいる冬哉。
 アカデミーで人気の高い青年が、拒否をされている光景。それが、不思議なものだ―――とイーデリヒが口にして、そこで言葉が終わり、一つの扉の前で立ち止まった。どうやらここが第5棟会議室のようだ。
  イーデリヒが自分の名を言いながら扉にノックをすると、短く返事が返ってきた。それを確認して、イーデリヒは扉を開けて、俐咋を中に招き入れた。

 部屋の中に入ると、難しい顔をしている冬哉が見えた。一度こちらをチラリと見て、溜息を吐き出す。何かしただろうか、と疑問に思っていると、もうひとつの声がした。

「君が賀瀬俐咋か」
「は、はい」

 軍服を纏っているが、冬哉やイーデリヒより何かが多いように見える。その違和感は、軍人の階級を現す紋章のようなバッジだった。先日、星治の部屋を訪れた時には、彼が軍服を纏っていなかったから、気付かなかったのだろう。

「行き成り呼び出して申し訳ない。或河大佐の家に居候していると聞いたのでな」
「別に俐咋に言う必要はないだろ、中佐」
「冬哉、お前相変わらずだなー…。仮にも階級上なんだから昔の通りにするなよ」
「中佐って呼んでるだけましだと思わねえ?」
「……お前は2年経っても変わらんな、冬哉。別にそのままでもいい、こういうときだけは構わん」
「おー、じゃあ中佐じゃなくてじっちゃんで」

 そのやりとりが判らない、と俐咋が頭を悩ませていると、イーデリヒが説明してくれた。ヴァンガットリー中佐は昔、冬哉の面倒を見てくれていたのだそうだ。それ故、祖父の様な存在にあたる。じっちゃん、と彼が呼ぶのもその名残だそうだ。

「で、じっちゃん。なんで俐咋まで?」
「親戚なのだろう? それなら知っている方が良いだろう。冬哉にも知っておいてもらわねばならん」

 ヴァンガットリーは足を組みなおして、溜息を一つ吐く。それから、沈痛な面持ちで言葉を口にした。

「或河大佐の行方が判らなくなった」

 その言葉に、この場が一瞬にして凍結した。

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2010/01/16

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