*10 アンバランスな関係/前編*

 冬哉が、軍の施設で修練をするようになって数日。俐咋は、漸く差し入れを作る時間が取れたため、簡単な食事を弁当箱に詰めて、その施設にやってきた。

 入口で身分証明を提示すると、身分証明と顔を何度も見られる。別に悪いことはしていないし、身分証明の写真が間違っているわけでもない。何か、と尋ねると、何でもありません、と短く答えが返ってきて、そのICカードをリーダーに通して確認を受ける。賀瀬 俐咋で間違いないと確認が取れ、身分証明が手元に戻る。

 冬哉は施設の最下層の最奥にいると説明されて、そこまでの経路も教えてもらった。エレベーターに乗って地下まで行くと、人気のない一本の通路だけが現れ、その道をただ進んだ。

* * * * * * * *

 一つの扉が見えて、その扉を開ける。するとそこには、想像もしていなかった人物がいて、俐咋は思わず動きを止めてしまう。
 俐咋の目に映ったのは、一人の少女。年齢は同じぐらいの様で、アカデミーの制服を纏っていることから、学生であることが窺える。手には紙袋があった。どうやら差し入れを持ってきていたらしい。どうして少女にこの場所が判ったのか、と考えるが、冬哉は修練していることを隠しているわけでもない。どこかでその話を聞いたのだろう、と合点した。

 少女の視線の先は、ガラス張りの部屋にいる冬哉。少女は俐咋に気付いていないようで、ただ冬哉を見ている。
 俐咋は、ガラス張りの部屋へ続く扉を叩くと、ドアノブに手をかけて扉を開けようとする。するとそれに気付いた冬哉が、部屋に入るなと声を張り上げた。折角差し入れを持ってきたのにそれはない。怒り心頭した俐咋は、扉越しに怒鳴った。

「ざけんじゃないわよ!人に作れって言っておいてそれないんじゃないの!?」

 返答は返ってこない。そのことに更に苛立って数分間怒鳴っていると、扉が開いた。開けたのは勿論冬哉だった。彼の姿を見やると、暗緑色の髪は湿っており、水滴が垂れていた。だが、汗臭いというわけでもない。どうやらシャワーを浴びてきたようだ。

「……何よ」
「悪い、説明し忘れてた。お前に魔力吸収されると困るから、修練中は入ってほしくなかったんだよ」
「それを先に言いなさいよ! 怒ったの無駄だったじゃない!? 髪乾かさないと風邪ひくわよ!? 唯でさえあんた長いんだから!」
「そう怒るなって。ていうかお前は俺の母さんか。体が人より弱いったって、これぐらいで風邪はひかないって」
「……怒ったのが馬鹿みたいだったもんだから、つい。調子に乗りました」

 そこまで言って、はっとする。差し入れを持ってきたことを忘れるところだった。
 冬哉に弁当箱を入れた包みを手渡すと、早めに食べろと念を押す。腐っても知らん、と付け足すとそれは酷い、と笑いが返ってきた。

「嘘よ。いくら、殺したいと思ったことがあったとしても、食事に毒を盛るなんてことはしないから」
「うーん、これは俐咋が担当の時に、誰かに先に毒味をしてもらう必要が出てきたかな」
「嘘だって言ってるじゃない。本気にしたの?」
「本気にしたわけないだろ。母さんと館のシェフの次に食べ慣れた味だぞ」

 笑いながら言われて、俐咋は思わず呆れ笑いをした。だが、その笑いは突然響き渡った警報にかき消される。部屋に不自然に置かれていた、真っ暗だったモニターに人が映った。

『或河冬哉、いるか?』
「います。見えてるはずですよね、中佐」
『………そちらのお嬢さんは?』
「うちに居候してる親戚の賀瀬 俐咋です。それよりもヴァンガットリー中佐、何の用件ですか」
『至急出頭してほしい。場所は第5棟の会議室だ。あの件の決定が出たのと、別に言うことがある』
「判りました」

 冬哉が頷いたのを確認すると、ヴァンガットリーと呼ばれた人物からの通信が切れ、モニターがまた暗くなった。暗くなったのを確認すると、冬哉がやれやれ、という感じに溜息を吐きだして、修練していた部屋に戻った。
 出頭するのではないのか、と俐咋の頭に疑問が過ぎった数分後、泰樹やイールが着ていた軍服を身に纏って、俐咋の前に姿を現した。

「軍服…、なんで」
「昨日、正式に軍属になったんだ。宇宙連邦軍特殊部隊エリートA+、オーパーツ【エーデルシュタイン】適合者として」

 その言葉に、俐咋は目を丸くした。帰ってきたときにも、アカデミーにいた時にも言われなかったのだ。冬哉が軍人になった、だなんて。
 普通ならアカデミー在籍中は軍人という扱いを受けても実際は学生で、軍服を着用することは許されていない。卒業していないというのに、軍服を着用することを許可されたのか。

「アカデミーは卒業するよ。それが本当に出来るかは、判らないけど」

 出来るか判らないその理由を、チャイルドワールドのことがあるからだ、と小声で冬哉が言う。その場にいる少女に気付いているらしい。

「この【エーデルシュタイン】という名前は、古い昔、いや、あのセクターにならあっただろうな。ドイツという国で主に使われていた言語で、【宝石】を指し示す言葉なんだとさ。父さんが管理するようになってから見つかったものは、父さんが名付けてるから、ある程度関連のある言葉だとは判ってたけど…。そのまんますぎるよなあ?」
「そうだね…。そのまんま」
「っと、そろそろ行かないと中佐に怒られるか。じゃ、また後で」

 そう言って、軍服を翻し、部屋の外へ出ていく冬哉。俐咋は、その後ろ姿を見送りながら、どうして正式に軍属になったのだろう、とただそれだけを考えていた。考えていると、俐咋を呼びとめる声が一つ。先程からその場にいた少女だ。

「…何、か?」
「賀瀬さん、ですよね」
「あ、うん、はい。賀瀬 俐咋です」
「或河くんの御親戚なんですよね。学内での噂は聞いてます」

 どんな噂が流れているのか、俐咋は知らない。冬哉だって知らないかもしれない。どんな噂、と少女に聞くのも気が引けて、俐咋は、そうですか、と短く返事をするに留まった。
 それから、俐咋は少女が手にしていた紙袋を見る。差し入れなのは明らかで、冬哉に気があるのだということも判る。申し訳ないことをしたかな、と思い、その紙袋、と俐咋が口を開くと、少女が悲しそうな顔をして言った。

「或河くん、受け取ってくれないんです」
「え…?」
「私のは、受け取ってくれなかったんです。だから、賀瀬さんが持ってきたのを受け取ったのを見た時は、いくら頑張っても、あなたには勝てないんだなあって思いました。或河くんは、賀瀬さんを特別視してる。それは、学校でも直ぐに判りましたから。羨ましいです」

 特別視している、と言われて、俐咋は困惑した。それはどう言う意味でのことなのか、判っているのに考えてしまった。そして、俐咋自身がデスマスターであり、彼が管理する世界に存在する存在だからなのだと理屈をつけてしまう。
 本当はそうじゃない。それくらい、判っていた。痛いほど、彼の思いは判っているつもりだった。まっすぐに向けられている好意。それを、受け取ろうとしないのは俐咋が頑なであるからだ。

 少女にはとても悪いことをしてしまった、と思った。俐咋自身、冬哉に対して好意があるのは事実だが、それを受け入れてはいけないと拒否をし続けている。その好意が、彼女に向けばいいのに。
 そう考えていたのを察したのか、少女はもう諦めます、と短く呟いて、踵を返して部屋を出て行った。その姿が見えなくなるまで見送って、俐咋も少女の後を追うように部屋を後にした。

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2010/01/16

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