*09 Determinazione/後編*

「おかしいと思わなかった?」
「何が?」

 屋上に来て、設置されているベンチに俐咋が腰かける。その隣に冬哉が座った。

「佐伯さん、アーバインと繋がりがある疑いをかけられてるはずよね? それってつまり、危険な存在ってこと。それを、星治さんは自ら招き入れてるのよ?」
「…父さんなりの考えがあるんだろ。いくらアーバインと繋がりがあるからって、父さんそんなに弱いわけじゃないし…。何か確証を持って、そうしたのかもしれない。俺にはそれは判らない」
「……あんた、それでいいのね?」
「……良いと思ってると思うか」

 溜息の混ざった声音で沈んだように言う冬哉。その姿に、俐咋は驚いた。納得していると思っていた。

「良くないに決まってるだろ。いくら父さんが神であって、人とは違う特別な力を持つ強い存在だと知っていても、泰樹が加わることは心配だよ。アーバインと関わりがあるっていうのを抜きにしても、怖いんだ。だけど…」

 と、続く言葉を言おうとしたと同時、携帯端末・EMNTに着信がある。それに冬哉が慌てて応答すると、モニタに唯の姿があった。

『……授業出なさいよ?』
「第一声がそれってどうなの、母さん」
『屋上にいるみたいだから、サボらないように一教員として忠告』

 くすくす、と笑いながら言う唯に、2人の顔が綻ぶ。そこは流石アカデミー教員だと思った。

「母さん、何か用事があるんだろ?」
『ええ、使節団の話で。星治が手が開かないから話しておいてくれって』

 息子に連絡するよりも先、妻に連絡をする。なんとも彼らしい、と冬哉が心の中だけで呆れた。

『追加募集の貼り紙見た? 見たわよね、アカデミーにいるんだし』
「見たよ。ついでに朝軍人に参加するなって父さんからの言伝貰った」
『あら、そうだったの? …伝えておく必要があるんだけど、普通の軍人にその話をするわけにはいかなかったからそうしたらしいわ。怒らないでね』
「ああ、怒っちゃいないから大丈夫。で、言えないってことは少なからずアーバインが関係してる可能性があるんだよな」
『そう、とても関係しているわ』

 それから唯が話を始めた。今星治はアーカデオ星系にいること、その地の出身であるが故に泰樹を連れていくこと、その間に冬哉には力の制御を確実なものにしてほしいことを言われた。
 確実なものにする必要がどうしてあるのか、と俐咋が問うと、冬哉が呆れたように言いだした。

「……実は、今もだいぶ不安定。ギリギリで維持できてる状態なんだ」
『多分、今冬哉が身につけてる腕輪取ったら危ないでしょうね。一時的に抑制してるだけだから、そのうちそれも意味なくなるんだと思うけれど』

 腕輪?と首をかしげて問うと、これ、と冬哉が示した。それはシルバーの腕輪だった。冬哉が普段身につけているピアスと同じ黒曜石が、幾つか埋め込まれている腕輪。その他に、解読できない言語が記述されていた。どうやらこれが制御するために使われているようである。黒曜石のピアスを身につけていることから、もしかするとそのピアスにも抑制効果があるのかもしれない。
 話を聞いて、俐咋が起きるよりも前に能力が不安定になったらしく、唯に連絡を取った結果がこの腕輪だと言われる。制御しようとしても出来ないというのは困ったものだと思った。

 不安定な状態で、泰樹から喧嘩を吹っかけられようものなら、何が起こるか判らない。だからその能力を確実なものにする時間を取りたかったそうだ。同時に、泰樹を近くに置いて動向を見たいとも言っていた、と唯が告げる。

 それから暫く他愛もない話をして通信が切れ、冬哉が短く溜息を吐きだした。

「どうしたの?」
「体が重くて仕方ねえんだよ。自分がこれだけ魔力持ってたんだと思うとげっそりする。制御できないせいで肉体に負荷掛かって仕方がない。未だにアルコール残ってるし、加えてそれだ、もう家帰って寝たい…」
「こらこら、サボるな。唯さんに言われたばっかでしょ!」
「そうだけど…。どっちにしろ軍に行かなきゃいけない用事あるし、授業公欠にして行ってくるかな…」
「いや、出ようよ…」

 俐咋にじとり、と睨まれて、冬哉は苦く笑った。

* * * * * * * *

 俐咋はいつも通りに授業を受けて、イサト、巳捺と共に或河家に戻ってきた。結局冬哉が授業に顔を見せることはなかった。教員にも通達があったらしく、軍の用事で欠席になっていた。

 家に帰ってきても、冬哉の姿はなかった。イサトがEMNTで通信を入れても通じないらしく、冬哉の夕食は冷蔵庫行きとなってしまった。帰って来たときに温めて食べろ、とメモ書きをしていた夜11時頃に扉の開く音がして、玄関に急ぐと冬哉の姿があった。

「ああ、なんだ、起きてたのか」
「随分遅かったじゃない。連絡つかなくてどうしようかと思ってたとこだったんだけど」
「あー…、まあ、ちょっとね。野暮用。制御を優先しなきゃいけないから、当分夜中に帰ってくると思う。軍の施設使ってるんだ」

 なるほど、だから軍に用事があると言ったのか。俐咋は納得すると、ご飯は冷蔵庫に入れてしまったことを告げる。温めてくれと言われて、今日作ったの誰だと聞かれる。

「イサトだけど。悪くなかったわよ」
「まあ、あいつら寮とはいえ独り暮らしだから、それなりにできるんだけどさ…。あいつが作るとさ、家庭的な味がしないわけで」
「……意外ね、家庭料理のほうが好きだったんだ?」

 ゼフィアの館での暮らしを知っているからこそ言える言葉だ、と冬哉が俐咋に言う。そう言われてみると確かにそうかもしれない。ゼフィアの館では一流とも言えるシェフの料理が並んでいた。豪華だと言えば豪華だが、確かに家庭の味が懐かしくなる。

「まあいいや、食べるよ」
「明日の朝は? 直ぐに行くの?」
「いや、普通に授業受けてから放課後に行くよ」
「そ。じゃあ巳捺に冬哉もいるって言っておく」
「…え…牧本なんだ?」
「え、なんでそこで悲しそうな顔するのよ」
「いや、牧本の料理は…。俺は俐咋のほうが良いんだけど」
「無理。暫くあんた以外の当番制だから。差し入れなら持って行ってあげるけど」
「差し入れを希望します」

 仕方ないわね、と俐咋が笑って、冬哉もそれにつられるように笑う。こうしているだけならただの平和な日常なのに、と冬哉は口にしようとして、やめた。
 俐咋にとってこの世界は本当の世界じゃない。彼女の本当の世界は冬哉や星治が管理している世界。その為に今ここにいるということを、忘れてはいけない。制御することを急いでいるのも、彼女の生きる世界のためのことなのだ。半分は自分のためだと判っていても、それに先行する思いは、彼女の生きる世界を守りたいという想い。

「なんか、冬哉ばっかり頑張ってるね」
「頑張ってるっつったって、自分の生存のためだぜ、これ。制御出来なかったら生きることが出来ない」
「でも、頑張ってることは確かでしょ。……私も、頑張らなきゃ。オーパーツ全然使えないんじゃ意味ないよね」

 自分の生きてきた世界を救いたい。そう思って俐咋はこの世界で生活している。それなら、普通に生活をしているだけではいけないのだ。相応の努力をしなければいけないのだ。

「私も頑張るよ。私の世界のために」

 平穏なあの世界を取り戻すために。

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2010/01/01

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